第14話:検証という武器(後)
作戦開始。
俺の心臓が激しく鳴っていた。これが初めての本物の戦闘だ。
アランが見張りのゴブリンに斬りかかった。剣が閃き、一匹目を倒す。返り血が飛び散り、獣臭が一気に広がった。
二匹目と交戦。残りの三匹が騒ぎ始める。キーキーと甲高い声で仲間を呼んでいる。
「来るわよ!」
エイダが叫び、火魔法が飛んだ。三匹目が炎に包まれ、悲鳴を上げて倒れる。焦げた臭いが鼻を突いた。
洞窟の中から、ゴブリンたちが湧き出してきた。
十匹、十五匹——いや、数えられない。数えている余裕がない。
緑色の肌。尖った耳。血走った目。そして、腐った肉のような臭い。本で読んだ情報なんか、何の意味もなかった。
これが、本物の魔物。
俺の足が竦んだ。心臓が喉まで上がってきて、視界の端が暗くなる。
逃げたい。ここから逃げ出したい。
でも、仲間がいる。アランが剣を振るっている。エイダが詠唱している。ジェフリーが後ろで構えている。
俺が逃げたら、連携が崩れる。
歯を食いしばった。奥歯がギリギリと鳴る。足の震えが止まらない。でも、立っている。まだ、立っている。
だが、ホブゴブリンは出てこない。AIの推測通り、リーダーは後方に控えているらしい。
「アラン、下がれ! 数が多すぎる!」
「分かってる!」
アランが後退しながら戦う。剣を振るうたびに、ゴブリンが倒れていく。だが、次から次へと新しい敵が現れる。
ジェフリーの回復魔法が飛び、アランの傷を癒す。チームワークが機能している。
俺は戦況を見守りながら——いや、見守る余裕なんかなかった。仲間の命を預かる判断者として、目の前の光景を必死で追いかけているだけだ。
今、どうすべきだ?
『外のゴブリンの数が減少しています。ホブゴブリンは巣の奥にいる可能性が高いです。今が——』
AIの声が聞こえるが、頭に入ってこない。目の前でゴブリンが倒れていく。血が飛び散る。悲鳴が響く。
「待機だ!」
そう叫びかけて、止まった。
待機? 何を言ってる。今が好機じゃないか。ホブゴブリンを仕留めるなら——
頭の中で二つの声がぶつかる。待て。行け。待て。行け。
——決めろ。
「突入だ」
声が震えていた。
「ホブゴブリンを狙う」
「了解!」
アランが迷いなく走り出した。俺の声を信じて。
間違っていたら? この判断で仲間が傷ついたら?
考えるな。もう動き出した。信じるしかない。
◇ ◇ ◇
洞窟の中は暗かった。
湿った空気が肺を満たし、獣の臭いが鼻を突く。足元の石がガラガラと音を立て、心臓が跳ねた。
エイダの火魔法が松明代わりになり、道を照らす。オレンジ色の光が岩壁に踊り、影が不気味に揺れていた。
中にはまだゴブリンが残っていた。
一匹が飛び出してきた。アランが前に出て斬り払う。鮮血が飛び散り、ゴブリンが倒れる。
二匹目、三匹目。アランは冷静に対処していく。エイダが後ろから支援し、火球が狭い洞窟を照らしながら敵を焼く。ジェフリーは回復に専念し、アランの傷を癒し続けた。
俺は直接戦えない。でも、やるべきことはある。
周囲を見渡しながら、声の方向を探った。耳を澄ませ、音の反響を読む。
奥の方から、あの低い声が聞こえる。命令するような響き。
「あっちだ!」
俺が指差すと、アランが突進した。
洞窟の奥、広い空間。そこに、普通のゴブリンより一回り大きな個体がいた。手には錆びた剣。ホブゴブリンだ。
「エイダ、今だ!」
「任せて!」
火球がホブゴブリンに直撃した。悲鳴を上げて倒れる。
その瞬間、周囲のゴブリンたちの動きが変わった。統率を失い、右往左往し始める。逃げ出す者、同士討ちを始める者。
「今のうちだ! 片付けろ!」
アランが残党を斬り、エイダの魔法が逃げる敵を焼く。
数分後、洞窟は静かになった。
◇ ◇ ◇
「終わった……」
アランが剣を下ろし、大きく息を吐いた。
「お疲れ様。怪我はないか?」
「ジェフリーの回復のおかげで、大したことはない」
「私も無事よ。それにしても、作戦通りにいったわね」
エイダが言った。
「マナブの情報がなかったら、こうはいかなかった」
「俺一人の力じゃない。AIの推測と、みんなの知識と、実際の偵察。全部を組み合わせたから上手くいった」
検証。
AIの回答を鵜呑みにせず、他の情報源と突き合わせる。実際に確認できることは確認する。
レイヤ草の失敗から学んだ教訓が、今日、形になった。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻り、討伐報告を済ませた。
報酬の金貨四枚を四人で分け、一人あたり金貨一枚。今までの依頼とは比べ物にならない額だ。
「正式にパーティを組まないか?」
アランが言った。
「お前の情報スキル、やっぱりすごかった。これからも一緒にやりたい」
「私も賛成。戦闘中に状況を整理してくれるのは助かるわ」
「わしも異論はない」
俺は少し考えて、頷いた。
「ありがとう。こっちこそ、よろしく頼む」
四人で握手を交わした。アランの手は剣ダコで硬かった。エイダの手は意外と温かかった。ジェフリーの手は、優しく包み込むような握り方だった。
これが、俺のパーティだ。
◇ ◇ ◇
ギルドの酒場で、俺たちは初勝利を祝った。安いエールで乾杯し、今日の戦闘を振り返る。
「あの時、マナブが『あっちだ』って叫んでくれなかったら、ホブゴブリンを見つけるのに時間がかかってたな」
アランが言った。
「私も、戦闘中に指示を出してくれるのは助かったわ。一人で判断するより、安心できる」
エイダはエールを一口飲んでから、俺をじっと見た。
「ねえ、マナブ。あなたのやり方、面白いわね」
「面白い?」
「情報を集めて、仮説を立てて、検証する。魔法学院では教えてくれなかったやり方よ。学院は『こうすればこうなる』っていう結果だけ教えるから」
エイダは少し悔しそうな顔をした。
「私、ずっと『なんで上手くいかないんだろう』って悩んでたの。でも今日、マナブのやり方を見て分かった気がする。結果だけじゃなくて、過程を検証しなきゃいけなかったのね」
「……俺も、失敗して学んだだけだけどな」
「それでも、教えてくれてありがとう。次からは私も、もっと考えながら魔法を使ってみるわ」
エイダが素直に言ってくれたことが、少しうれしかった。
「これからも、頼むぞ」
ジェフリーがエールのジョッキを掲げた。
「ああ。俺も、もっと役に立てるようになる」
◇ ◇ ◇
初めてのパーティ。初めての戦闘依頼。そして、初めての成功。
AIは俺の武器だ。でも、それだけじゃ足りない。仲間の力、自分の目で見た情報、そして検証。全部を組み合わせて、初めて使える武器になる。
ふと思った。こいつ、いつの間にか頼りになってきたな。
最初は「使えない」と思った。でも今は違う。俺が情報を渡して、こいつが整理して返す。そのやり取りを繰り返すうちに、少しずつ息が合ってきた気がする。
「検証という武器」。
俺はこの日、新しい武器を手に入れた。
◇ ◇ ◇
その夜、宿で眠りにつこうとした時だった。
頭の中に、不思議な感覚が走った。
『——情報量が一定水準を超えました。新機能の解放準備を開始します——』
一瞬だけ聞こえた、機械的な通知のような声。
俺は目を開けたが、何も変わっていない。AIに確認しても、通常通りの応答が返ってくるだけだった。
「……気のせいか」
でも、何かが変わりつつある予感がした。
俺のスキルは、まだ成長の途中なのかもしれない。
第14話「検証という武器(後)」 完
次回:第15話「ゴブリン討伐の余韻」




