第12話:パーティ結成前夜
朝、図書館で待ち合わせをしていた。
今日はエイダの試験の日だ。一ヶ月前、俺が教えた呼吸法を、彼女は毎日練習してきたという。
「おう、マナブ。エイダはどうだ?」
アランが隣に座った。昨日紹介したエイダとジェフリーのことを、彼も気にかけてくれているらしい。
「まだ終わってないはずだ。午前中いっぱいかかるって言ってた」
俺たちは図書館で待っていた。ジェフリーも合流し、俺とジェフリーは本を読みながら時間を潰す。アランは落ち着きなく椅子に座ったり立ったりしている。
昼過ぎ——エイダが図書館に駆け込んできた。
「受かった!」
エイダの顔は輝いていた。目には涙が浮かんでいる。
「呼吸法、効いたわ。今までで一番安定して魔法が使えた。試験官の先生も驚いてた。これでギルドに報告すれば、銅ランクに昇格できるわ」
「おめでとう」
俺は言った。
「三年目の……ラストチャンスだったんだよな」
「うん。……本当に、ありがとう。マナブさんのおかげ」
エイダは深々と頭を下げた。
「俺は呼吸法を教えただけだ。練習したのはお前だろ」
「でも、一人じゃ気づけなかった。マナブさんがいなかったら、また失敗してた」
ジェフリーが穏やかに言った。
「今夜は祝おうぞ。エイダ殿の合格祝いと、マナブ殿の銅ランク昇格祝いを兼ねての」
「そういえば、お前も先週昇格したんだったな」
アランが思い出したように言った。
「調査系の依頼だけで銅ランクまで上がるって、珍しいらしいぜ。ギルドの連中が噂してた」
「おう、飲みに行こうぜ! ダブル祝いだ!」
アランが立ち上がった。
こうして、俺たちは酒場に向かうことになった。エイダの合格と、俺の昇格。今日は良い日だ。
◇ ◇ ◇
夕暮れの酒場。
木製の看板には「バッチ亭」と書かれている。ギルドから歩いて五分ほどの、冒険者御用達の店だ。
入り口をくぐると、料理の匂いと酒の香りが混ざり合って鼻をくすぐった。壁際では吟遊詩人がリュートをかき鳴らし、陽気な歌を披露している。騒がしいが、不快ではない。活気があると言った方が近い。
俺たちは四人でテーブルを囲んでいた。エイダの合格祝いだ。
図書館で何度も顔を合わせるうちに、エイダとジェフリーとは自然と親しくなった。アランは最近知り合ったばかりだが、ギルドではよく見かけていたらしく、人懐っこい性格ですぐに打ち解けた。そして今日、エイダの合格をきっかけに、四人で飲むことになった。
「いやー、やっと全員揃ったな」
アランがジョッキを掲げる。中身は琥珀色のエール。泡がふわりと揺れている。
「お前さん、いつも考え事してるから誘いづらかったんだよ。一人で飯食ってるし、なんか近寄りがたくてさ」
「AIと話してるだけだ」
俺のスキルのことは、この三人には「頭の中に相談相手がいる」程度に話してある。詳しいことは説明しづらいし、彼らも深くは聞いてこなかった。
「不思議なスキルよね。『学習知能』って、使い方次第で変わるって聞いたわ」
エイダが興味深そうに言う。彼女の前には果実酒のグラスがある。甘い香りが漂ってくる。
「ああ、だんだん使えるようになってきた。成長するスキルなんだ」
俺は答えた。三人はそれぞれ、自分の飲み物を手にしている。アランはエール、エイダは果実酒、ジェフリーは薬草茶。
◇ ◇ ◇
料理が運ばれてきた。
肉厚のローストチキン、香草をまぶしたポテト、新鮮なサラダ。どれも湯気を立てていて、食欲をそそる。
チキンを一口かじると、香草の香りと肉汁が口いっぱいに広がった。ポテトはほくほくと温かく、サラダの酸味が後味をさっぱりとさせる。
食べながら、自然と話は各自の過去へと移っていった。
「アラン、お前はなんで冒険者になったんだ?」
「うちは代々冒険者でさ。親父も爺ちゃんも銀ランクで引退した。俺はまだ銅ランク」
アランは笑った。でも、その目には静かな決意が宿っている。
「いつか金ランクになりたいんだ。一族で初めての金ランク。それが俺の夢」
「なんで金ランクにこだわるんだ?」
「親父が言ってたんだよ。『俺たちは銀止まりだ。でも、いつかお前が金を取ってくれたらうれしい』って。病気で死ぬ直前の言葉だった」
アランはエールを一口飲んだ。
「でも、一人じゃ無理だって分かってきた。親父たちは銀ランクまでいけたけど、その先は違う。知恵も、仲間も必要だ」
彼の言葉には、虚勢ではない本音の響きがあった。
◇ ◇ ◇
「エイダは? 今日の試験、どうだったんだ?」
エイダの顔がパッと明るくなった。果実酒のグラスを両手で包み込みながら、うれしそうに語り始める。
「実は……ずっと実技がダメだったんです。理論はできるのに、魔法の制御が安定しなくて。一年目は緊張で失敗、二年目は暴発で試験官の先生を火傷させちゃって……」
「それは大変だったな」
「今年が三年目で、ラストチャンスだったんです。落ちたら退学。両親は田舎で小さな薬屋をやってて、私の学費を必死で工面してくれてたから……絶対に落ちられなかった」
エイダは少し目を潤ませた。
「でも、マナブさんが呼吸法を教えてくれて、ジェフリーさんが練習を見てくれて。一ヶ月間、毎日練習して……今日、やっと受かった」
ジェフリーが穏やかに言った。
「努力が実ったのう。おぬしの成長は目を見張るものがあったわい」
「ありがとうございます。……でも、一人じゃ無理でした。皆さんがいなかったら、今日の合格はなかった」
エイダはグラスを掲げた。
「だから、私もみんなと一緒にいたい。一人で冒険者を続けるのは心細かったし……」
◇ ◇ ◇
「ジェフリー殿は?」
アランが聞くと、ジェフリーは遠い目をした。
薬草茶のカップを静かにテーブルに置き、しばらく黙った。吟遊詩人の歌声が、遠くで流れている。
「わしは……若い頃、神殿で神官をしておった。じゃが、救えなかった命があるんじゃ」
場の空気が変わった。
「三十年ほど前、この国の東部で疫病が流行ったんじゃ。わしはまだ若く、回復魔法の腕には自信があった。神殿から派遣されて、必死に治療を続けたんじゃよ」
ジェフリーの声は淡々としていた。でも、その淡々さが、逆に重さを伝えていた。
「じゃが、魔力には限界がある。一日に治療できる人数には限りがあるんじゃ。わしが休んでおる間にも、人は死んでいく。全員は救えなかった」
俺たちは黙って聞いていた。
「特に辛かったのは、子供たちじゃった。小さな女の子が、わしの手を握りながら……」
ジェフリーは言葉を切った。
「あの時、もっと力があれば——そう思い続けて、結局、神殿を離れた。神に仕える資格がないと思ったんじゃよ」
静かな笑みが浮かんだ。
「今は冒険者として、できることをしておる。外に出て人を助ける方が性に合っておったようじゃ。年を取ってから気づいたんじゃが、救えなかった命を悔やむより、救える命を救う方が建設的じゃからのう」
◇ ◇ ◇
「で、マナブは?」
アランが聞いた。三人の視線が俺に集まる。
「俺は……召喚された側だ。巻き添えでな。本命の勇者たちは王城に行った。俺は実戦向きじゃないスキルだって判断されて、城下町に放り出された」
エイダが息を呑んだ。
「実戦向きじゃないって……そんなひどい言い方」
「事実だからな。最初は本当に使えなかった。この世界のことを何も知らないから、AIに聞いても答えが返ってこない」
俺はジョッキを見つめた。琥珀色の液体に、酒場の灯りが反射している。
「でも、少しずつ教えてたら、少しずつ使えるようになってきた。図書館で本を読んで、みんなと話して、この世界のことを学んで」
心の中でAIに話しかけた。
「お前、最初は本当に役に立たなかったよな」
『はい。参照できる情報がなかったため、有効な回答ができませんでした。現在は改善されています』
「元の世界に戻れるかも分からない。でも、この世界で生きていくしかない」
俺は顔を上げた。
「正直、最初は絶望してた。でも、今は違う。この世界で生きていく方法が、少しずつ見えてきた」
四人の間に、静かな共感が生まれた気がした。
それぞれが違う過去を持ち、違う理由でここにいる。でも、一人では難しいと感じている点は同じだ。
◇ ◇ ◇
「なあ」
アランが言った。ジョッキをテーブルに置き、俺たちを見回す。
「俺たち、今度一緒に依頼を受けてみないか? うまくいったら、正式にパーティを組もうぜ」
唐突な提案。でも、不思議と違和感はなかった。
「俺は前衛。エイダは後衛の攻撃魔法。ジェフリーは回復。マナブは情報分析と作戦立案。バランスいいだろ」
「いいですね!」
エイダが目を輝かせた。
「わしも賛成じゃ」
ジェフリーが穏やかに頷いた。
俺は戦えない。足手まといになるかもしれない。そう言おうとした時、アランが先に口を開いた。
「お前の情報分析、すげえじゃん。遺失物捜索も、行方不明者捜索も、ギルドで評判になってる。戦闘だけが冒険者の仕事じゃねえんだよ」
アランがきっぱりと言った。
「俺たちはそれぞれ、できることが違う。だから、補い合えばいい」
「パーティとは、そういうもんじゃよ」
ジェフリーが穏やかに言った。
「一人では無理なことも、四人なら可能になる。わしも一人で冒険者をしておったが、正直、限界を感じておったところじゃ」
「私も! 一人だと心細くて、依頼も選べなかったんです」
エイダが言った。
◇ ◇ ◇
「分かった」
俺は言った。
「一緒に組もう」
アランがジョッキを掲げた。
「新しい仲間を祝して、乾杯!」
四つのジョッキとグラスがぶつかり合い、軽快な音を立てた。
吟遊詩人の歌が、明るい曲調に変わった。俺たちの門出を祝っているかのような、軽快なリズムだった。
心の中でAIに話しかけた。
「仲間ができた」
『これまでの情報から判断すると、信頼に足る人物たちです。協力関係を維持することをお勧めします』
「お勧めしなくても、そうするよ」
この世界に来て、初めて「仲間」と呼べる存在ができた。
窓の外では、星がまたたき始めている。明日から、新しい冒険が始まる。
第12話「パーティ結成前夜」 完
次回:第13話「検証という武器(前)」




