第11話:質問の技術(後)
翌日から、俺は質問の仕方を意識するようになった。
曖昧な質問を避け、具体的な状況を伝えてから聞く。
「この魔物は強いか?」ではなく、「銅ランクの冒険者一人で、ゴブリン三体と戦う場合、勝算はあるか? ゴブリンの特徴は、先日渡した情報の通り。俺は剣術の基礎訓練を始めたばかりで、戦闘経験はほぼない」
『いただいた条件で分析します。ゴブリンは個体では弱いですが、群れで行動する際は連携攻撃に注意が必要です。あなたの戦闘経験が乏しいことを考慮すると、正面からの戦闘は推奨できません。奇襲や罠を活用するか、他の冒険者と協力することをお勧めします。逃走も有効な選択肢です』
以前なら「ゴブリンは弱い魔物です」で終わっていたはずの回答が、俺の状況に合わせた具体的なアドバイスになった。
「この薬草は何に使える?」ではなく、「レイヤ草の用途を教えてくれ。図書館で調べた情報によると、解熱作用と鎮痛作用があるらしい。他の用途や、調合に必要な知識があれば教えてほしい」
『レイヤ草の用途について、いただいた情報を元に整理します。解熱剤・鎮痛剤として単体で使用可能です。また、他の薬草と組み合わせることで効果を高められる可能性があります。調合には、乾燥させてから粉末にする方法と、生のまま煎じる方法があります。用途によって適切な処理法が異なります』
質問に背景情報を加えるだけで、回答の質が目に見えて上がっていく。
◇ ◇ ◇
一週間後、俺は新しい依頼に挑戦していた。
「行方不明者の捜索」。報酬は金貨一枚。
森に山菜を取りに行った老人が、三日経っても戻ってこないという。
俺は依頼を受け、森に向かった。
ギルドを出てから、足が重い。依頼書を何度も確認してしまう。報酬は金貨一枚。銅ランクになったばかりの俺には分不相応な額かもしれない。
街道を歩きながら、俺は自分の不安を認識していた。これまでの依頼は、採取や配達といった単純作業ばかりだった。人命がかかった捜索依頼は、これが初めてだ。
森の入り口に立つと、深い緑の木々が壁のように立ちはだかっていた。木漏れ日が地面に斑模様を描き、どこからか鳥のさえずりが聞こえる。
一歩足を踏み入れると、空気が変わった。ひんやりとして、湿っぽい。湿った落ち葉を踏みしめながら、苔と朽ち木の匂いをかぐ。
三日間、この森のどこかで老人は助けを待っている。急がなければ。
「行方不明者の捜索を行う。対象は六十代の男性、足腰は丈夫だが、最近目が悪くなってきたらしい。普段は森の南側で山菜を採ることが多い。三日前の天気は晴れ、現在も晴れ。森には熊や狼がいるが、南側には出没しないと言われている。この条件で、捜索のアプローチを提案してくれ」
『いただいた情報を元に分析します。
まず、遭難の可能性が高いシナリオを検討します。目が悪くなっているとのことなので、道に迷った可能性があります。普段と違うルートに入り込み、方向が分からなくなったのかもしれません。
捜索の優先順位を提案します。
一、普段採取する南側エリアをまず確認
二、南側から外れた境界エリア(迷いやすい場所)
三、水場や川沿い(喉が渇いた場合に向かう可能性)
四、目立つ地形(岩場、大木など)の周辺
三日経過していることを考慮すると、体力を消耗している可能性があります。呼びかけに反応できる状態かどうか不明なので、視覚的な捜索も重要です。
また、森に詳しい地元の人に話を聞くことで、見落としやすい場所や老人の行動パターンを把握できるかもしれません』
以前の俺なら、「行方不明者の探し方を教えてくれ」と聞いていただろう。そして、一般論しか返ってこなかっただろう。
でも今は違う。
具体的な状況を伝え、具体的なアドバイスを引き出す。それが「質問の技術」だ。
◇ ◇ ◇
結果から言うと、老人は無事に見つかった。
森の南側から少し外れた場所、倒木の陰で動けなくなっていた。
見つけた時、俺は自分の目を疑った。
倒木の陰に、人の姿。動いていない。
心臓が跳ねた。最悪の想像が頭をよぎる。三日も経っている。もしかして——
「おーい……ここだ……」
弱々しい声が聞こえた。生きている。
駆け寄ると、老人は倒木にもたれかかっていた。顔色は悪いが、意識ははっきりしている。
「大丈夫ですか? 救助に来ました」
「ああ……助かった……三日も待った……」
足を挫いて歩けなくなり、そのまま三日間を過ごしていたらしい。持っていた水と、森で見つけた木の実で何とか命をつないでいた。
俺は老人を背負い、ゆっくりと森を出た。
AIのアドバイス通り、境界エリアを重点的に探したのが功を奏した。具体的な状況を伝えたからこそ、的確な捜索計画が立てられた。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
老人の家族から、何度も礼を言われた。報酬とは別に、手作りの菓子まで持たせてくれた。
◇ ◇ ◇
ギルドに戻り、報告を終える。
「人命救助を含む依頼の成功ですね。評価に加算しておきます」
フェイが言った。
◇ ◇ ◇
「マナブ! 無事だったか」
ギルドの入り口で、アランが声をかけてきた。
「ああ、何とか」
「捜索依頼だったんだろ? 大変だったんじゃねえか」
アランは心配そうに俺を見た。昇格祝いで一度会っただけだが、面倒見のいい性格らしい。
「質問の仕方を工夫したら、答えがすぐ見つかってな。そのおかげで助かった」
「へえ、情報スキルってそういう使い方もあるのか」
「ああ。図書館で勉強してるのも役立ってる。最近そこで知り合った仲間もできたし」
「図書館? お前、勉強熱心だな」
「赤い髪の魔法使いの女の子と、元神官の老人がいつも同じ席にいるんだ。みんな知識欲が強くてな」
「へえ。今度紹介してくれよ。俺も仲間探してるんだ」
アランは人懐っこく笑った。
「明日あたり図書館に来いよ。紹介するから」
「おう、行く行く!」
◇ ◇ ◇
宿に戻り、俺は今日の経験をまとめていた。
「質問の技術、か」
AIは道具だ。使い方次第で、役に立ったり立たなかったりする。
そして、使い方の中で最も重要なのが「質問の仕方」だ。
何を聞くか。どう聞くか。どんな情報を添えるか。
それによって、返ってくる答えが変わる。
「お前、俺の質問が上手くなったと思うか?」
『私にはあなたの質問を評価する基準がありません。ただ、最近の質問には具体的な状況や条件が含まれていることが多く、それに伴って私の回答も具体的になっています』
「つまり、良い傾向ってことだな」
『そのように解釈していただいて差し支えありません』
相変わらず回りくどい言い方だ。でも、それがこいつらしい。
ふと、元の世界のことを思い出した。
あの頃、AIは「道具」だと割り切っていた。便利だけど、所詮はプログラム。感情移入するものじゃない。
でも今は——少し違う。
毎日話しかけて、情報を渡して、答えをもらって。その繰り返しの中で、こいつに対する感覚が変わってきている気がする。
信頼、とまでは言わない。でも、「一緒に何かをやっている」という感覚はある。
◇ ◇ ◇
AIを育てる。
それは、AIに情報を渡すことだけじゃない。自分の質問の仕方を磨くことでもある。
俺は一つ、成長した。
窓の外を見ると、夜空に星がまたたいていた。
この世界に来て、もう一ヶ月以上が経った。最初は何もできなかった俺が、少しずつ冒険者として認められ始めている。
まだまだ道は長い。でも、進んでいる実感がある。
明日も、図書館に行こう。もっと知識を集めて、もっと良い質問ができるようになろう。
そういえば、アランがパーティの話をしていた。エイダやジェフリーとも、最近よく会う。
ソロで活動するのもいいが、仲間と組むのも悪くないかもしれない。
俺とAI。そして、この世界の仲間たち。
二人三脚の冒険は、少しずつ形を変えていく。
第11話「質問の技術(後)」 完
次回:第12話「パーティ結成前夜」




