第10話:質問の技術(前)
図書館通いを始めて一ヶ月。
毎日のように本を読み、AIに情報を渡し、質問を繰り返す日々。地道な作業だったが、着実に成果が積み上がっていた。
そして今日——俺は銅ランクに昇格していた。
依頼の達成回数が規定に達し、ギルドからの評価も悪くなかったらしい。戦闘スキルがないのに昇格できたのは、調査系の依頼を堅実にこなしてきたおかげだ。
鉄から銅へ。たった一段階だが、冒険者として認められた証だ。
「銅ランクおめでとうございます。これで受けられる依頼の幅が広がりますね」
フェイが新しいプレートを差し出した。鉄色から銅色へ。見た目の変化は地味だが、冒険者としての信用は確実に上がっている。
「ありがとう。そろそろ、もう少し難しい依頼に挑戦してみようと思ってる」
◇ ◇ ◇
「おお、昇格か。おめでとう」
背後から声がかかった。振り向くと、筋肉質の男が立っていた。年齢は俺より少し上、三十前後といったところか。剣を背負い、日焼けした肌に傷跡がいくつかある。
「……誰だ?」
「俺はアラン。お前さん、最近よく見かけるな。情報系のスキル持ちだって聞いた」
「ああ、まあな」
アランは人懐っこい笑みを浮かべた。
「俺は剣士なんだが、脳筋すぎて作戦とか苦手でさ。いつか組めたら心強いなって思ってたんだ」
「……組むって、パーティか?」
「そうそう。ソロでやってると限界があるだろ? 俺は前衛しかできないけど、お前みたいな頭使えるやつがいると助かる」
いきなりの提案だ。でも、悪い話じゃない。
「考えておく」
「おう、いつでも声かけてくれ」
アランは手を振って去っていった。
「アランさん、銅ランクの剣士ですよ。粗削りですけど、仲間思いで信頼されてます」
フェイが補足した。
「そうか。……まあ、ソロにも限界があるのは確かだな」
「では、こちらの依頼はいかがですか」
フェイが指差したのは、「遺失物の捜索」という依頼だった。
「商人が馬車で移動中、荷物を落としたらしいんです。どこで落としたか分からないとのことで、ルートを辿って探してほしいと」
報酬は金貨一枚。今までの依頼とは桁が違う。
「受けよう」
◇ ◇ ◇
依頼主の商人から話を聞いた。
五十代くらいの太った男性で、焦った様子で俺を迎えた。汗を拭きながら、事情を説明してくれる。
三日前、王都から隣町へ向かう途中で、木箱が一つなくなっていることに気づいたらしい。中身は高価な香辛料。金貨にして十枚分の価値があるという。
「どこで落としたか、心当たりはないんですか?」
「それが分からんのです。途中で何度か休憩を取りましたし、道も一本道ではないので……」
ルートの情報と、休憩を取った場所の大まかな位置を聞き出した。
俺は街を出て、商人が辿ったという道を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「なあ、落とし物を探すコツって何かある?」
心の中でAIに質問した。
『落とし物を探す際の一般的なアプローチをお伝えします。まず、落とした可能性のある場所を絞り込みます。次に、その場所を重点的に捜索します。落とし物の特徴を明確にし、目立つ部分を手がかりにすると効率的です』
「……それは分かってる」
俺は少しいらだった。AIの回答は正しいが、役に立たない。
「もっと具体的に教えてくれよ。今回の状況で、何を優先して探すべきだ?」
『申し訳ありません。「今回の状況」について、私は詳細を把握していません。状況を教えていただければ、より具体的なアドバイスが可能です』
ああ、そうか。
俺はAIに「状況」を伝えていなかった。「落とし物を探す」とだけ聞いて、具体的な条件を何も言っていない。
前世でも同じだった。チャットAIに「いいアイデアを出して」と言っても、ぼんやりした回答しか返ってこない。でも「〇〇という課題があって、△△という制約の中で、□□を実現したい」と具体的に伝えると、的確な提案が返ってくる。
「すまん、説明が足りなかった。状況を整理する」
俺は深呼吸して、頭の中で情報を組み立てた。
「依頼内容は、商人が移動中に落とした木箱を探すこと。木箱の中身は香辛料。三日前に落としたらしい。ルートは王都から隣町までの街道。途中で三か所、休憩を取っている。道は一本道ではなく、分岐がいくつかある。この条件で、どこを優先的に探すべきだと思う?」
『状況を整理いただきありがとうございます。いくつかの仮説を提示します。
一つ目:荷物は休憩中に落ちた可能性が高いです。移動中よりも、荷物を降ろしたり積み直したりする際に落下リスクが上がります。休憩地点を優先的に確認することをお勧めします。
二つ目:分岐点では減速や方向転換が発生するため、荷物がずれやすくなります。分岐点周辺も確認対象です。
三つ目:三日経過しているため、他の人が拾っている可能性があります。休憩地点の近くに人家や店があれば、聞き込みも有効です。
優先順位としては、休憩地点→分岐点→その間の道、という順序をお勧めします』
さっきとは全然違う回答だ。
具体的で、行動に移せるレベルの情報。俺が質問に「状況」を加えただけで、AIの回答はここまで変わる。
「なるほど、休憩地点から当たってみるか」
◇ ◇ ◇
最初の休憩地点は、街道沿いの大きな木の下だった。
旅人がよく休む場所らしく、地面には焚き火の跡や馬の蹄鉄の痕跡があった。
俺は周囲を丹念に探したが、木箱は見つからなかった。
次に向かったのは、二番目の休憩地点。小さな泉がある場所だ。ここも念入りに探したが、成果はない。
三番目の休憩地点は、道沿いの小屋だった。旅人向けの簡易休憩所らしい。
小屋の周りを探し、管理人らしい老人に話を聞いた。
「木箱? ああ、三日前に道端に落ちてるのを見つけてな。中身が香辛料だったから、誰かが落としたんだろうと思って預かっとるよ」
見つかった。
木箱を確認すると、依頼主が説明した通りの刻印が入っていた。間違いない。
「ありがとうございます。依頼主に返しますので、引き取らせてください」
「おう、持ってってくれ。うちに置いといても邪魔だしな」
◇ ◇ ◇
依頼を完了し、金貨一枚を受け取った。
質問の仕方を変えただけで、こんなにも結果が変わる。
俺は一つ、大事なことを学んだ。
「なあ」
心の中でAIに話しかける。
「さっき、俺が状況を詳しく伝えたら、お前の回答が全然変わっただろ。あれ、何が違ったんだ?」
『私の回答は、与えられた情報に基づいて生成されます。情報が少ない場合は一般的な回答しかできませんが、具体的な状況が分かれば、その状況に特化した回答が可能になります。あなたが「落とし物を探すコツ」と聞いた際は、どのような落とし物か、どのような状況かが分かりませんでした。状況を伝えていただいた後は、その情報を元により具体的な分析ができました』
「つまり、質問の仕方が大事ってことか」
『その通りです。私の回答の質は、質問に含まれる情報の量と質に大きく依存します。より詳細な質問には、より詳細な回答が返せます』
これは発見だ。
「良い質問」をすれば「良い回答」が返ってくる。逆に言えば、「悪い質問」には「悪い回答」しか返ってこない。
質問の技術——俺はその入り口に立ったばかりだ。
第10話「質問の技術(前)」 完
次回:第11話「質問の技術(後)」




