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3,300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1,000億稼ぎます  作者:


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第61話 床下外縁ゲートと、鈴の置き土産

 聖都の外は白い。

 だが、聖都の「内側」は黒い。


 床下へ降りる階段は、白い壁の裏に隠されていた。

 祈りの声は遠のき、香の匂いだけが粘ついて残る。

 鼻の奥が痺れるような――あの麻痺の香だ。


 石が湿っている。

 水滴が落ちる音が、規則正しく響く。


 斥候蜘蛛の映像が闇を舐め、角の先を覗き込む。

 視界の端に、細い通路。梁。排水溝。床の継ぎ目。

 1号が声を落とした。


「……ここは『聖都の裏側』だ」


 ロザリーが肩をすくめる。

「裏って、だいたい面白いよね」

「面白がるな」


 ソフィアが冷たく返した。

「吸うな。香が残ってる。倒れたら回収費が増える」

「請求ですか」


 レオンが嬉しそうに言う。

「黙って」


 1号が切った。

 高橋の声が、耳の奥で硬い。


「澪さんは床下で中継されました。出口は聖都外縁へ繋がってる。

 番号――枝番が1本に絞れてます。先回り、できます」


 俺は司令室のコタツで、湯飲みを置いた。

 動かない。姿は見せない。だが、判断だけは遅らせない。


「先に出口を潰せ。澪を『出口で止める』。上は2の次だ」

「了解」


 1号の返事は短い。

 高橋が続ける。


「……澪さんは、まだ近いです。

 中継が雑になってる。300秒前の遊びが無い。焦ってます」


 焦っているのは、向こうだ。

 なら、こちらはいつも通り「効率」で勝てる。


 レオンが収納ボックスの口を指で撫でた。

 地下用の封鎖材が並ぶ。木箱、石材、布、縄。

 音を吸うもの、重量で塞ぐもの、視界を潰すもの。


「マスター。地下だと、派手なのは向きません」

「派手にしない」


 1号が言う。

「静かに取る。出口を取る」


 ロザリーが後方へ回り、通路の空気が薄くなる。

 そこにいるだけで、逃げる気が削れる。

 火薬無しでも、あいつの圧は十分だ。


 ソフィアは袋と縄を整え、淡々と数を数える。

「叫びは1発アウト。

 ここで騒げば、聖都の権力が全員で踏みに来る。生還率が下がる」

「感謝です」


 レオンが小声で言った。

「黙って」


 1号がまた切った。


 床下通路は、分岐が多い。

 10字路、T字路、梁の陰。床の石がわずかに沈む場所。

 追えば追うほど落ちる――60話で見せられた「沈む床」が、至る所に仕込まれている気配がある。

 だから、追わない。


 蜘蛛を先に置く。

 分岐の天井梁に1体。床の端に1体。排水の水の流れ沿いに1体。

 そして――出口側に2体。

 水や空気は嘘をつかない。

 揺れが来れば、通った証拠になる。


 しばらく進むと、湿りが薄れる。

 風が混じった。外気だ。

 斥候蜘蛛の映像の端で、薄い鉄扉が見えた。

 扉には聖印の刻印。だが古い。磨かれていない。表の門じゃない。

 外縁の「裏口」だ。


 高橋が、通行票の番号と照合する。

 指先が止まる。

「……ここです。出口は、この扉。枝番一致」


 1号は頷き、指示を最短化した。

「扉の外を押さえる。中は追わない。

 出てきた瞬間を取る」


 レオンが静かに笑う。

「待ち伏せですね、マスター」

「待ち伏せだ」


 1号の声に迷いがない。

「出口側封鎖。いつも通り」


 扉の外へ出る。

 外縁は、人目が少ない。

 巡礼路から少し外れた石畳の脇。草が低く、白い壁が背中を冷やす。

 夜風が冷たい。


 香の痺れが薄れ、肺がようやく正直な空気を吸う。

 レオンはまず、扉の「外側」に荷を自然に置いた。

 木箱を2つ。布を掛けた棚を1つ。巡礼の荷に見える程度の配置。


 だが位置は完璧だ。

 扉が開いた瞬間、逃げ道を潰せる距離。


 ロザリーは少し離れて立ち、出口周りの空気を固めた。

 近づくほど息が詰まる圧。逃げようとする意思が先に折れる。


 ソフィアは袋と縄を手に、息を整える。

「短時間で終わらせる。怪我は禁止。

 倒したら、そのぶん請求が増える」


 高橋が小声で言った。

「澪さんの移送は、ここを通る。

 中継係が先に出る可能性が高い。様子見のために」


 1号が頷く。

「様子見を取る。取れば、澪さんの導線が固まる」


 しばらく、何も起きない。

 その「何も起きない」が、逆に怖い。

 夜風が草を撫でる音すら大きい。


 白い壁が光を跳ね返し、影が薄い。隠れづらい場所だ。

 斥候蜘蛛の映像が1度だけ揺れた。

 扉の内側、床下通路で誰かが歩いた揺れ。


 次の揺れは、扉のすぐ裏だ。

 金属が触れ合う小さな音。鍵。

 そして、扉の隙間から、薄い光が漏れた。


 最初に出てきたのは――澪じゃない。

 布で顔を隠した男が、扉から半身だけ覗かせた。

 周囲を見回し、すぐ胸元へ手を入める。

 番号を確認する仕草。


 高橋の声が、息を飲む音になる。

「……癖、同じ。地球側です」


 1号の合図は、1言だけだった。

「今」


 静かな確保戦は、1瞬で終わる。

 レオンが男の背後に滑り込み、手首を掴んで引き寄せる。

 関節は壊さない。だが逃げられない角度で固める。


 男が叫ぼうとした瞬間、ソフィアの袋が口を呑んだ。

 声が布に吸われ、音が消える。

 ここではそれが致命傷を防ぐ。


 蜘蛛の糸が足首に絡む。膝が沈む。

 立てない。走れない。

 ロザリーが1歩近づくだけで、男の抵抗が目に見えて弱まった。

 逃げる気が折れる。心が折れる。


「吐かないなら、ずっと追いかけるよ。ずっと」

 ロザリーが甘く言った。


 男は袋の中で呼吸を荒くする。

 恐怖の種類が、普通じゃない。時間が怖い反応だ。

 1号が耳元へ、淡々と落とした。


「澪さんの移送を止めたい。あなたは邪魔です。協力してください」


 男は首を振った。

 拒否というより、「喋れない仕込み」への怯えだ。


 ソフィアが冷たく言う。

「喋れないなら落とす。持ち物を全部出せ。時間を買え」


 レオンが収納ボックスの口を、男の胸元へ寄せた。

 次の1瞬、懐の硬い筒や札束が吸い込まれるように消えていく。


 男の抵抗が止まった。奪われる瞬間、人は1拍止まる。

 その1拍で、1号は男の懐から出た通行票を拾い上げた。

 聖印付き。

 だが印刷が均一で冷たい。王都でも聖都でもない文字の整い方。

 地球側。


 扉の向こうから――鈴の音がした。

 小さく、かすかに。

 布が擦れる音。


 そして、ほんの1瞬、斥候蜘蛛の映像の端に映ったもの。

 白い布の隙間。髪の先。夜の光を吸う黒。


 高橋の声が、喉で潰れる。

「……澪さん」


 1号の拳が1瞬だけ固くなる。

 だが足は動かさない。動けば、澪さんが遠ざかる。

 ここは出口だ。出口を取れば勝てる。


 俺は司令室で、短く落とした。

「封鎖を優先。澪を動かすな」

「了解」

 1号が答える。


 扉が、もう1度開きかけた。

 今度は、空気が違う。香が濃い。痺れが戻る。

 床下の「麻痺の香」が、外へ漏れてくる。


 そして――扉の隙間に、闇が「立った」。

 上だ。

 姿は1瞬だけ。

 輪郭は曖昧で、顔は見せない。

 だが目だけが、はっきりこちらを測っている。


 数を数える目。

 こちらの封鎖の厚みを、値踏みする目。

 ロザリーが笑いそうになるのを堪えて、舌で唇を湿らせた。

「……いい目」


 1号は半歩だけ前へ出かけた。

 だがソフィアが即座に止める。

「追うな。ここは出口。澪さんが先」


 その1瞬、視界がざらりと削れた。

 短いノイズ。

 押さえつける嫌悪。

 本部の干渉。


 白が引いた時、扉の隙間の目は消えていた。

 上が消えた。

 代わりに――扉の内側で、石が擦れる音がした。


 床が、沈む。

 60話の「床が開く」音だ。

 扉の向こうで、重いものが落ちる気配。布が擦れる気配。鈴が遠ざかる気配。

 澪が、また床下へ落とされる。


「……っ」

 高橋が声を上げそうになり、喉で潰した。

「澪さん……!」


 1号が歯を食いしばる。

 だが――今回は、ただ見送らない。


「レオン。扉を殺せ」

「了解です、マスター!」


 レオンが収納ボックスを開き、重量物を連続排出した。

 石材、金属箱、木箱。

 扉の前に積み上がり、扉は「出る」ことも「戻る」こともできない形になる。


 出口封鎖。

 逃げ道を先に殺す。

 この勝ち筋だけは変わらない。


 ロザリーが1歩、扉に近づいた。

 圧が増す。

 扉の向こう側で何かが動こうとして――1拍遅れる。

 その1拍が、致命的になる。


 扉の隙間から、何かが滑り出た。

 小さな防水袋。

 透明の膜。濡れても崩れない。

 中に薄い札が入っている。


 1号が即座に拾った。

 ソフィアが男を押さえつけたまま、冷たく言う。

「それ。捨てたのか、落ちたのか。どっちでもいい。読む」


 高橋が袋を受け取り、手早く開ける。

 中の札を見た1瞬、顔色が変わった。

「……上位札。番号束の先頭札みたいなやつです。

 枝番が違う。次の受取地点が――聖都の外、『第4地点』」


「どこだ」

 1号が問う。


 高橋は唇を噛み、読み上げた。

「巡礼路外れ……『灰の運河・第3水門』。

 それと、受取人コード。英数字。……『QC-17』。地球側です」


 俺はコタツの上で指を組み直した。

 第4地点。聖都の外。灰の運河。第3水門。

 出口は1つではない。向こうも学んでいる。

 だが、番号が割れたなら先回りできる。


「間に合う」

 声だけ落ろす。

「澪を取り返す場所は、次だ」


 高橋が、震える息で言った。

「……はい。澪さんは、まだ動いてます。でも……まだ生きてます」


 足元で、何かが転がった。

 鈴だ。

 小さな鈴。布に縫い付けられていたのか、紐が切れている。

 床下へ落ちる直前に、どこかに引っかかって外へ滑ったのかもしれない。


 高橋がそれを拾い上げ、喉を鳴らした。

「……澪さんの。間違いない」


 1号は鈴を見て、息を1つだけ深く吸った。

 怒りではない。焦りでもない。

 次で決めるための呼吸だ。


「澪さんは、ここにいた。触れられる距離だった」

 1号が低く言う。

「……次は出口を2つ潰す。逃げ道ごと取る」


 レオンが頷いた。

「マスター。灰の運河、行けます。荷も人も出せます」


 ロザリーが鈴を1度だけ指で弾き、笑った。

「置き土産、いいね。……次は取ろう」


 ソフィアが淡々と締める。

「走る。怪我は禁止。請求は増やさない」


 白い城壁を背に、夜風が強くなる。

 扉の向こう側はもう塞いだ。

 出口は殺した。

 だが澪は床下へ落とされた。触れられない距離は、まだ続く。


 それでも、番号は割れた。

 第4地点は割れた。

 鈴がここにある。


 高橋が鈴を握りしめ、言った。

「行きましょう。澪さんは……待ってくれません」


 1号が1言だけ返した。

「行く」


 次は、灰の運河。第3水門。

 聖都の外縁を抜けた先の「出口」で――今度こそ、澪を止める。


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