第53話 影の協力者と、次の受取地点
王都の行列は、今日も伸びていた。黒鉄要塞の出張所は、もう店じゃない。王都の生活そのものだ。
その現場を、1号が回す。高橋が受注を捌く。レオン隊が配送を走らせる。俺は司令室のコタツから動かず、斥候蜘蛛の映像で盤面を見ていた。王都支配を止めない。止めた瞬間に、首輪が締まる。だが今日は、別の首輪を握る。
「倉庫の周り、増えてる」
高橋の声が入る。裏窓口の伝票を片手に、彼女は目だけで外を見ていた。
「影が警戒してる」
「警戒しても動かす」
俺は短く返す。
「餌を2段にする。損失を大きく見せろ。時間を短く切れ」
「了解」
高橋が伝票に何かを書き足す。文面は丁寧で、無駄がなく、妙に整っている。地球側の匂いを、こちらから投げる。相手が匂いを嗅げば、必ず反応する。
倉庫周辺。斥候蜘蛛が4体。入口の上。裏路地の壁。屋根の影。地下通路へ繋がる古い排水口の近く。
1号は表の顔のまま、倉庫から少し離れた場所で立っていた。武器は見せない。兵站の人間のふりをして、ただ待つ。レオン隊は配送の装いで近づく。いつもの荷物。いつもの足取り。敵に警戒させない。
「マスター、今日は捕獲ですか」
レオンが小声で尋ねる。
「仕事」
1号が冷たく切る。
「感謝です」
レオンは嬉しそうに口角を上げた。胃が痛くなるが、今はそれどころじゃない。ソフィアが淡々と告げる。
「壊したら請求。喋れなくしたら請求。逃がしたら請求。余計な血を出したら請求」
「3重に」
「4重にする」
「最高です」
狂っている。だが現場は回る。必要な狂いだ。
餌が投げられたのは、倉庫のすぐ近くだった。受取場所は裏路地の角。受取時間は短い。受取しないと損が出る、そういう条件で釣った。
数分後。倉庫の裏口が、わずかに開く。影が出た。背は低い。動きが軽い。顔は布で隠している。ただし足が迷わない。暗い路地でも一直線だ。盗賊じゃない。訓練を受けた動きだ。
影が角を曲がった瞬間。屋根の蜘蛛が位置をずらす。壁の蜘蛛が先回りする。排水口の蜘蛛が逃げ道を塞ぐ。逃げられるはずの線が、全部消える。
「今だ」
1号の声。レオンが1歩で詰めた。影が身を翻す。速い。だが速さは、逃げ道があって初めて意味を持つ。路地の先に回った蜘蛛が、影の足元へ糸を投げる。絡む。
影がバランスを崩した瞬間、レオンの手が背中を押さえ込んだ。
「おいで」
優しい声で言うのが一番怖い。影が暴れる。1号が近づき、迷いなく手首を取る。関節の角度が変わる寸前で止めた。
「壊すな」
「はい」
レオンが名残惜しそうに押さえを強める。ソフィアが布の袋を投げる。
「口も縛りなさい。噛まれたら治療費は自腹」
影の口が塞がれる。呼吸が荒い。だが目だけは死んでいない。
倉庫の中。暗い。空っぽ。ただ、匂いがある。ここで何かを扱っていた匂いだ。床には紙片が落ちていた。薄い。白い。滑る。繊維が見えない。
高橋が拾い上げ、指で弾く。
「これ、王都の紙じゃない」
「見せろ」
1号が言う。紙片の端には、黒く均一な文字。筆圧がない。書いたものじゃなく、刷ったものだ。さらに、英数字が混ざっている。
影が身をよじった。布の袋越しに、焦りが滲む。
「地球の匂い、確定」
高橋が低く呟く。1号は影の耳元で言った。
「指示系統を吐け。吐けば、生きて帰れる」
影は唸った。布の袋の奥で、舌が動く音がする。高橋が顔を近づける。
「あなた、ここで何をしてたの」
影は首を振る。しらを切るつもりだ。高橋が伝票を1枚、影の目の前に出した。
「この文面。あなたが受けた依頼と同じ癖。句読点の打ち方。行間。無駄のなさ。王都の人間はこう書かない」
影の瞳が揺れる。揺れたのは、恐怖じゃない。懐かしさだ。高橋が続ける。
「地球側ね。違うって言える」
影の喉が鳴った。1号が淡々と告げる。
「吐け」
影は抵抗した。だが抵抗は、逃げ道があって初めて成立する。ここにはない。ソフィアが、影の足元にしゃがむ。
「吐かないなら、拘束期間が延びる。延びた分だけ、治療費も食費も請求する」
影の目が、露骨に嫌がった。高橋が小さく息を吐く。
「お金が嫌いじゃない。地球側の人間だ」
影は諦めたように肩を落とした。布の袋越しの声が、くぐもって出る。
「……受け取って……渡すだけだ……」
「誰に」
「名前は……言わない……」
1号が腕を少しだけ捻る。壊さない。だが痛い。
「言え」
「……指示が来る……文字で……」
高橋が身を乗り出す。
「どんな文字」
「数字が……細かい……秒で……」
高橋が目を細める。
「秒で指定するのは地球側だよ。こっちじゃ分で切る。指示はどこから」
影は唸り、そして吐いた。
「……神々の市場……本部……じゃない……でも……本部の言葉を……使う……」
それで十分だ。本部と誘拐犯が繋がっている。少なくとも、同じ回線を使っている。1号が質問を切り替える。
「次の受取地点」
影が首を振る。まだ最後のカードは握っている。高橋が紙片を指で弾く。
「これ、いくらで渡してたの」
影の目が反射した。金額に反応する。やはり地球側だ。高橋は笑わない。
「吐けば、あなたの取り分は守る。吐かなければ、全部こちらが押さえる」
影の喉が鳴った。沈黙が数秒続く。そして、影がようやく言った。
「……南門……検問所の裏……」
1号が目を細める。
「いつ」
「……日没……300秒前……」
高橋が舌打ちする。
「また300秒」
影は続けた。
「……古い水路……石の蓋……そこに置く……受け取るのは……別のやつ……俺は見ない……」
1号が即座に確認する。
「南門の検問所裏。古い水路。石の蓋。日没の300秒前。置くだけ」
影は小さく頷いた。高橋が低く言う。
「そこ、1号が行ったことある。配送圏内だ」
「だから選ばれた」
俺は司令室で呟く。相手は俺たちの配送網を理解している。理解しているなら、利用する。利用するなら、捕れる。
1号が影を床に転がしたまま、立ち上がる。
「レオン。拘束を維持。ソフィア。管理を頼む」
「了解。請求の準備もしておく」
ソフィアは楽しそうに言った。
「マスター。次は現場ですか」
レオンの目が輝く。
「仕事」
1号は同じ言葉で切り捨てる。高橋が俺の方を見上げた。視線が言う。行くね。今夜。
俺は頷く代わりに、短く言った。
「王都は回し続けろ。その上で、南門に罠を張る」
高橋が笑わないまま言った。
「了解。日没までに、裏窓口の伝票も整える」
1号が扉へ向かう。背中が迷わない。盤面が動き出す。本部の手が澪を運ぶなら、こちらはその手元を叩く。俺はコタツの上で指を組み、呟いた。
「次の受取地点に、先に届く」
南門。検問所裏。古い水路。石の蓋。日没の300秒前。今夜、そこが戦場になる。




