第47話 紅蓮の景観整備と、唸る鋼鉄の巨人
要塞司令室のメインモニターに映し出される景色を見て、俺は思わず舌打ちを漏らした。
クレイモア地雷によって肉塊へと変わった数千の魔獣たちが、黒い大地を埋め尽くしている。
だが、そんな戦果よりも俺の神経を逆撫でさせたのは、モニターの隅でノイズを走らせている無駄な緑だった。
「高橋、南西エリアの視界補完率が70パーセントを切っているぞ。斥候蜘蛛のレンズに付着した湿気と、この生い茂った原生林が邪魔で、魔獣の死骸の正確なカウントができない。経理上の誤差は、そのまま俺のストレスになる」
「しょうがないじゃない、ここは霧の森なのよ。自然の木々が監視カメラの都合で動いてくれるわけないでしょ。あんた、戦場に何を求めてるのよ」
隣で端末を操作する高橋が呆れたように肩をすくめるが、俺にとって視界の不良はそのまま管理精度の低下であり、排除すべき損失だ。
何千もの魔獣が潜むこの領域で、死角を残しておくのはリスク管理の観点から見てあまりにもROIが低すぎる。
「環境が俺に従わないなら、管理しやすいように書き換えるだけだ。……ロザリー、聞こえるか」
インカムの向こう側、要塞の屋上の縁で退屈そうに杖を弄んでいた銀髪の少女が、弾かれたように顔を上げた。
「あら、オーナー。ようやくわたくしの出番ですの? あの変態騎士ばかりが痛がって目立っていて、わたくし、少々苛立ちが募っておりましたのよ」
「南西方向の障害物が監視業務を妨害している。掃除しろ。1本の草さえ残すな」
「うふふ、承知いたしましたわ。わたくしも、このジメジメした空気は肌に合いませんの。美しいわたくしの髪が湿気で台無しになる前に、すべて片付けて差し上げますわ」
屋上に立つロザリーが、優雅に、けれど凶悪な意志を込めて身の丈以上の杖を構えるのが見えた。
その頃、門の外では聖騎士セイルたちが、地鳴りさえ止んだ後の沈黙に耐えかねていた。
目の前で3000の魔獣が1瞬で肉塊に変えられた理解不能な結果に、彼らの信仰心は激しく揺さぶられている。
「何が……何が起きているんだ。神の奇跡もなしに、これほどの厄災を。我々が守ろうとした世界の理は、ここでは通用しないというのか……」
セイルの震える呟きに、監査官リオネルも答えることができない。
彼らが守ろうとした地上の法は、この黒鉄の要塞の前ではただの紙切れ同然だった。
だが、彼らの驚愕はまだ序の口に過ぎなかった。
「おい、見ろ! あの屋上の娘が……!」
1人の神官が指差した先、ロザリーの杖の先端に、太陽を強引に閉じ込めたかのような白熱した光が集積され始めていた。
本来、霧を払うための魔術は、穏やかな風や光を用いるのがこの世界の常識だ。
だが、ロザリーの辞書に穏やかという言葉は存在しない。
彼女は、自分たちを不快そうに見下ろしている原生林の巨木たちを一瞥し、慈悲のない笑みを浮かべた。
「燃やしますわよ! このジメジメした森ごと!」
その瞬間、世界から色が消え、すべてが真白な熱に塗りつぶされた。
ロザリーの杖から射出されたのは、単なる火球ではなかった。
それは、大気中の魔力を燃料にして連鎖爆発を引き起こし、酸素を強制的に消費しながら数千度の熱波を発生させる、破壊の奔流だった。
ドォォォォォォォォォンッ!!
爆圧が要塞の防弾ガラスを激しく震わせる。
門の前にいた監査団の1行は、衝撃波に煽られて地面に這いつくばった。
銀の鎧に身を包んだセイルさえも、その圧倒的な熱の壁に押され、呼吸を奪われている。
「ひっ、あ、あああ……っ!」
リオネルが、自らの眼前に広がる光景に絶叫した。
彼らが精霊が宿ると信じ、神聖視していた霧の森の古木たちが、1瞬で炭化し、灰へと変わっていく。
それもただの延焼ではない。
ロザリーの魔力によって精密に制御された熱線が、指定された座標の森林だけを物理的に消去していた。
火柱が天を突き、滞留していた霧が1気に蒸発する。
視界が開ける。
数秒前まで鬱蒼とした魔境だったはずの南西エリアは、今や滑らかな黒い大地へと変貌していた。
1本の切り株さえ残さない、徹底的な景観整備だ。
「ふぅ……少しは風通しが良くなりましたわね。オーナー、監視カメラの視界、これでよろしいかしら?」
「ああ、完璧だ。斥候蜘蛛全機のリンク感度良好。死角はゼロになった」
俺はモニターに映し出された、丸裸になった平原を見て頷いた。
だが、更地にしただけではまだ不十分だ。
地面には魔獣の焦げた残骸や、焼き払われた後に残ったデコボコとした岩肌が散乱している。
これを踏み固め、舗装しなければ、今後の車両運用に支障が出る。
「高橋、日本側のマスターに連絡。資材置き場の奥、3番レーンに用意させておいた重機を転送する」
「本気なのね、あんた。……了解。マスター、転送リクエスト送ったわよ」
俺は意識を集中させ、座標を固定した。
異世界の空気が、突如として別の物理法則に侵食される。
ズ、ズズ……ッ!!
リオネルたちの目の前、灰が舞う平原に、突如として巨大な鋼鉄の山が出現した。
それは生き物のようでありながら、命の鼓動を感じさせない、無機質で圧倒的な質量。
鮮やかなイエローに塗られたボディと、地面を削り取るための巨大なブレード、そして太い鉄の履帯を備えた、地球の土木工事の覇者――ブルドーザーだ。
「な……なんだ、あの鉄の魔獣は……!? 魔法陣もなしに、これほどの巨体を……」
セイルが腰を抜かして後ずさる。
だが、怪物の出現はそれだけでは終わらない。
続いて、巨大なローラーで地面を押し潰すロードローラー、そして長い首のようにアームを伸ばす油圧ショベル。
「1号、搭乗しろ。これより霧の森・第1号幹線道路の敷設を開始する。監査団の連中に、文明の歩みを間近で見せてやれ」
「了解しました。……マスター、これ操作にかなり精神力を使うので、後で糖分高めのおやつを要求しますよ」
1号がブルドーザーの運転席に飛び乗り、エンジンを始動させた。
ドグォォォォォォン!!
灰に覆われた南西エリアに、鋼鉄の咆哮が響き渡った。
1号が乗り込んだイエローの巨躯、ブルドーザーのエンジンが、この世界の理を無視した重低音を上げている。
門の前で呆然と立ち尽くす監査官リオネルと聖騎士セイルの目には、それが地獄から逃げ出してきた無機質の魔獣にでも見えているのだろう。
「……1号、出力はどうだ。地面の抵抗値は計算内か」
俺は司令室のコタツの中で、マルチモニターに映るテレメトリデータを指でなぞった。
1号からの回答は、思考共有を通じて即座に返ってくる。
「問題ありません、マスター。……ただ、これだけの巨体を動かすには、燃料の消費が激しすぎます。地球から送られてきた軽油の備蓄だけでは、この森をすべて平らげる前に底をつきますよ」
1号の指摘はもっともだ。
重機という圧倒的な物理質量を稼働させるためのコストは、この世界では馬鹿にならない。
だが、ROIの鬼を自称する俺が、そんな単純な計算ミスを犯すはずがない。
「案ずるな。燃料なら、現地でいくらでも調達できる。……高橋、例の粉砕機を起動しろ。レオンが溜め込んでいたゴミを全部ぶち込め」
「了解。レオン、掃除の時間よ」
高橋の指示で、血まみれの鎧を着たまま中庭にいたレオンが、自身の無限収納庫を開放した。
そこから溢れ出したのは、これまでの冒険で溜め込んだ低ランク魔石の山だ。
通常、ギルドでも二束三文で買い叩かれ、街の街灯の使い捨て燃料にすらならないような、不純物だらけの屑魔石。
俺は神々のマーケットから配送しておいた工業用超高圧粉砕機に、その山を放り込ませた。
凄まじい金属音と共に、神の恵みとされる魔石が、ただの無機質な粉末へと変えられていく。
「な、何を……何をしているのだ、貴様ら……!」
リオネルが、顔を引きつらせて絶叫した。
彼らにとって、魔石とは神殿を通じて分配される聖なる資源であり、祈りの対象ですらある。
それを、正体不明の機械で砂利のように粉々に砕く光景は、彼らの教典にあるどんな冒涜よりもおぞましく映ったに違いない。
「……1号、吸気口から粉末を直接送り込め。内燃機関の爆発力を、魔力の急速燃焼で底上げする。粉塵爆発の要領だ」
「了解……供給開始」
1号が運転席のレバーを引くと、粉砕された魔石の粉末が、ブルドーザーの心臓部へと吸い込まれていった。
直後、エンジンの音が一段と高くなり、排気筒から7色の魔力光を帯びた黒煙が噴き出す。
ドグォォォォォォン!!
大気を震わせる衝撃波。
魔石という高エネルギー体をただの燃料として消費した鋼鉄の巨人が、1気に前進を開始した。
巨大なブレードが灰と土をえぐり取り、ロザリーが焼き払った原生林の残骸を、紙細工のように押し流していく。
「あ、ああ……魔石が……神の賜りし魔石が、あんな黒煙を吐くためだけに……」
リオネルは膝をつき、祈りの言葉さえ忘れて、ただその光景を呆然と見つめていた。
聖騎士セイルもまた、抜いた剣を地面に突き立て、自らの無力さを噛み締めている。
彼らが命を懸けて守り、神殿が権威の象徴として独占してきた資源が、ここではただの土木工事を効率化するための消耗品として燃やされているのだ。
「聖騎士様、そんなところに立っていると邪魔ですよ。これは弊社の第1号幹線道路の敷設作業です。工期の遅れは、そのまま損害賠償として請求対象になります」
1号が、唸りを上げるエンジンの音に負けない声で告げた。
ブルドーザーのブレードによって削り取られ、整地されていく大地。
その後ろからは、ロードローラーが地面を平坦に踏み固め、漆黒のアスファルトにも似た舗装材が、俺の配送スキルによって次々と敷き詰められていく。
魔境と呼ばれた霧の森に、突如として出現する、1点の歪みもない直線道路。
それは、自然への調和を説く神殿の教えを真っ向から否定する、人類の欲望と文明の象徴だった。
「……予定通りだな。南西エリア、視認性100パーセントを確保。物流効率、前日比400パーセント向上」
俺はコタツの中で、ポテチのカスを払いながら呟いた。
モニターの中では、俺たちのルールに従って、世界が形を変えている。
「さて、リオネル監査官。……この道の通行料、神殿側でもサブスクリプション契約を結んでいただけますか。1括払いなら、特別割引を適用させていただきますよ」
俺は1号の口を通じて、絶望に沈む老神官へ、死神の勧誘よりも冷酷な営業スマイルを投げかけた。




