第44話 コールセンター・エンジェルと、救出費用の見積もり
『本日は神々の市場をご利用いただきありがとうございます♪』
画面の中で、ふわふわした天使のアイコンが羽をぱたぱたさせた。
『ゴールドランク顧客様ですね。いつも戦略級防御装備「アイギス」など大口のお買い上げ、まことに感謝しております』
「……なんかムカつくわね、このテンション」
高橋が、スマホを覗き込みながら眉をひそめる。
「テンプレ対応ですから」
1号が淡々と返す。
「こういう窓口は、最初に「お客様を持ち上げる」のが基本です」
「お客様は神様だからな」
俺はコタツに肘をつきながら、親指で短く打ち込んだ。
【案件ID:MIO-***について問い合わせ。当該魂が、俺の取引と無関係に「箱庭世界・世界樹計画」に紐づけられている理由を知りたい】
数秒の沈黙。画面右上の「……」が点滅を繰り返す。
『ただいま上位レイヤーにて当該案件を確認中です。少々お待ちくださいませ』
天使アイコンの輪っかが、くるくると回り始めた。
「「少々」って、どのくらい?」
「システムによります」
1号の言葉が終わるより早く、通知音が鳴った。
『お待たせいたしました♪』
『案件ID:MIO-***について――当該魂は現在、上位管理レイヤー監督下の「希少魂」として登録されております』
「レア……アセット」
ソフィアが、呆れたように息を吐く。
「人の魂を資産扱いね。いい趣味してる」
「「希少魂」ってことは、向こうにとって相当な当たりってことだな」
俺は画面を見つめたまま、ペンを指に挟んで回した。
【その「希少魂」を、俺の知らないところで持っていったのはそっちだろ。地上で延命治療を続けていた患者を、神々の市場経由で引き上げた。俺はアイギスを買ったが、「希少魂」なんて商品を頼んだ覚えはない】
『……確認いたします』
また輪っかが回る。今度は、ほんの少しだけ長く感じた。
『ご指摘の通り、当該魂の1次回収は「延命処置打ち切り」に伴う自動フローとなっております』
『その後、当市場の「魂資産管理プロセス」により、箱庭世界の世界樹計画へとアサインされました』
「自動フロー、ね」
高橋が鼻で笑う。
「便利な言葉よね。責任の所在が一番ぼやける」
【自動フローだろうがなんだろうが、本人にも家族にも説明も同意もなしに「アサイン」した時点でアウトじゃないか】
俺は続けて打つ。
【このままだと、俺としては神々の市場の利用を見直さざるを得ない。レビュー欄に長文を書きたくなるレベルだ】
「脅し方が完全にクレーマー」
「事実だから仕方ない」
数秒の沈黙。画面の輪っかが止まり、今度は違うマークが点滅した。
『……ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません』
『本件、ゴールドランク顧客様からのご意見として、魂資産管理部門にエスカレーションいたしました』
『結論から申し上げますと――』
そこで1拍、間が空く。
『案件ID:MIO-***につきましては、「完全返却」は極めて困難です』
「知ってた」
ソフィアが肩をすくめる。俺は続きを待った。
『しかしながら、「配置先の変更(部署異動)」であれば、条件付きで審査対象になります』
「部署異動て」
高橋が額を押さえる。
「澪ちゃん、もう会社員扱いなの?」
「魂の社畜コースだな」
『当該希少魂は、「世界樹計画」のコア候補として高い期待収益を見込まれております』
『そのため――』
『同等以上の期待収益が見込める新規箱庭プロジェクトをご提示いただける場合に限り、配置先の変更申請(移管)の審査を受け付けることが可能です』
「……つまりこういうことね」
ソフィアが、ホワイトボードにさらさらと書く。
《世界樹計画(期待収益:高)》
その隣に、空欄の丸を描いた。
《???計画(期待収益:世界樹以上)》
「「世界樹」より稼げる箱庭を用意しろ、ってわけ」
「無茶振りにもほどがあるだろ……」
高橋がぼやく。
「というか、「期待収益」って何よ。人の一生を何で換算してるわけ?」
「そこは後で殴るとして」
俺は画面に視線を戻す。
【他の選択肢は?】
即座に返事が来た。
『現時点でご提示できる選択肢は、以下の通りです』
『A案:当該魂の期待収益評価額に相当するクレジットを1括支払い → 魂の完全返却』
『B案:当該魂と同等ランクの代替魂を提供 → 当該魂を解放』
『C案:同等以上の期待収益を見込める新規箱庭プロジェクトを顧客様ご自身が運営 → 当該魂を当該プロジェクトへ移管』
数字付きで並ぶ。
「はい、Aアウト」
高橋が即座に線を引いた。
「「期待収益評価額」って、桁が狂ってるに決まってるでしょ」
「たぶん、今から死ぬまで俺が働いても届かんだろうな」
俺も頷く。
【A案は現実的でない】
送る。
『承知いたしました♪』
『参考までに、現在の評価額は――』
その先に表示された数字を見て、思わず笑いそうになった。
「ゼロが、多すぎる」
「……これ、国1つ買えるわね」
ソフィアが目を細める。
『※レアアセット案件のため、評価額は変動する可能性がございます』
「変動しても無理だよ」
【B案も却下だ】
俺は短く打つ。
【代わりの魂を差し出すくらいなら、最初から諦める】
少しだけ、応答が止まった。
『……倫理的なご判断を尊重いたします』
「そこは褒めていいところなんですかね」
1号が小さく笑う。
『では、現実的な選択肢はC案のみとなります』
『新規箱庭プロジェクトの概要をご提示いただければ、当市場にて期待収益の仮評価を行い、移管審査の可否を通知いたします』
「箱庭プロジェクト、ね」
俺はホワイトボードを見やった。そこには既にいくつかの単語が並んでいる。
《霧の森特区》《黒鉄要塞》《物流》《ギルド》《ボルドー領》《魔獣資源》
「――今やってること、そのまんまじゃない?」
高橋が言った。
「霧の森を特区にして、魔獣を資源にして、交易の流れを組み替えて。要塞を拠点に、辺境を丸ごと「箱庭」にする計画」
「名前はまだないけどな」
俺はペンを取り、世界樹計画の隣に新しい丸を描いた。
《霧の森再開発計画》
その下に、さらに書き足す。
《箱庭コードネーム:「ファントム・ロジスティクス・フィールド」》
「世界樹の代わりに、「物流と人間の欲望」を育てる箱庭、って感じかしら」
ソフィアが腕を組む。
「病気の子の魂を、黙って木に埋めるよりはマシね」
「褒め言葉として受け取っておく」
1号が指先でホワイトボードの写真を撮る。
「オーナー。現時点での事業計画を、箱庭プロジェクト用に整形して送ることは可能です」
「教会の監査団も、いい材料になるわね」
高橋がモニターを指差す。別画面には、霧の森へ向かう監査団の行軍が映っている。
「地上の視察団が、「この箱庭は伸びそうだ」ってレポート出してくれれば、神マケ側の評価も上がるんじゃない?」
「……地上営業と本社が、めちゃくちゃ仲悪い企業なら別だけどな」
俺は苦笑しつつ、スマホに指を走らせた。
【C案を選択する。霧の森一帯を対象とした新規箱庭プロジェクトを提示したい】
【名称:仮称「ファントム・フィールド計画」】
【概要:霧の森を中心とした辺境地帯において、魔獣資源と物流網、人間社会の欲望と恐怖を1体運用する経済箱庭を構築。既存の世界樹計画と比較して、以下の点で優位性あり――】
そこから先は、1号と高橋が用意してくれていた文面を貼り付けていく。
魔獣駆除と住民防衛。交易路再編による税収の増加。新ギルド設立による冒険者の流入。ボルドー領への配当と王都への年貢安定化。
要するに、「この箱庭を放っておくと、別の神に持っていかれますよ」と遠回しに脅しているような内容だ。
『……内容を確認いたしました』
『とても魅力的なプロジェクトですね♪』
天使アイコンが、やたらご機嫌に輝く。
『ただいま仮評価に回しております。なお、当該箱庭の現地状況を確認するため、提携パートナー様による「監査」結果も参考とさせていただきます』
「提携パートナー様、ねぇ」
ソフィアが、鼻で笑った。
「教会の監査団、完全に「現地調査員」扱いじゃない」
「向こうもそれくらい察してるだろうさ」
俺は画面をスクロールする。
『審査結果の通知まで、一定期間を要します』
『それまでのあいだ、案件ID:MIO-***の「確定配置」は保留といたします』
「「保留」」
喉の奥で、その単語を転がす。完全な救出じゃない。だが、世界樹の芯に固定されるよりはマシだ。
「やる価値はあるわね」
ソフィアが頷く。
「世界樹の根っこになるより、こっちの箱庭で働いてくれたほうが、ずっと健康的よ」
「ブラック企業感は否めませんけど」
「それはこれから改善する」
俺は、苦笑混じりに返した。
【了解した。現地の監査結果がそちらの評価に反映されるなら、俺たちは全力で「箱庭としての伸びしろ」を見せてやる】
『ありがとうございます♪ ファントム・フィールド計画のご成功を、心よりお祈りしております』
天使アイコンが、ぴこんとウインクをして消えた。チャットウィンドウが縮み、画面の端に小さく常駐する。
「……決まりだな」
俺はペンを回し、ホワイトボードに大きく書いた。
《澪救出条件:霧の森箱庭を「世界樹以上」にする》
「最低な条件ね、本当に」
ソフィアが苦笑する。
「でも、分かりやすくて嫌いじゃないわ」
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霧の森の手前で、風向きが変わった。
街道を進む1団の先頭で、若い聖騎士が馬の手綱を引く。
「ここから先が……霧の森か」
灰色のマントが風に揺れる。銀の鎧には、神殿の紋章。腰の剣はよく研がれており、鞘から覗く柄には祈りの文字が刻まれている。
「そうだ、セイル」
隣に並んだ神官が、フードを押さえながら答えた。
「ここから先は、霧と獣の領域だ。黒鉄の城も、そのさらに奥」
神官の名はリオネル。王都神殿・監査局所属。白い外套の内側には、分厚い帳簿と古い聖典が収まっている。
「本当に、城があるんですか」
セイルと呼ばれた若い聖騎士が、霧の中を睨む。
「霧の森のど真ん中に、魔獣を退ける黒鉄の城が」
「報告はそう伝えてきている」
リオネルは淡々と答える。
「魔獣を薙ぎ払い、兵を癒やし、食を与える城だと」
「……神の奇跡じゃないですか、それ」
「もし本当に神の奇跡なら、何の問題もない」
リオネルは胸元の聖印を指でなぞった。
「だが、神殿を通さぬ奇跡は、いつだって誰かの手品だ」
隊列の後ろから、ひそひそ声が聞こえてくる。
「黒鉄の城に入ると、1晩で折れた足がくっつくらしいぞ」
「ラーメンとかいう汁物を食わせてもらえるって話も」
「ラーメン?」
セイルが振り返る。年配の聖騎士が、肩をすくめた。
「王都の食堂で聞いた噂だ。細い麺と、煮込んだ骨の汁と……なにか悪魔的に中毒性のある油で出来ているらしい」
「それはそれで異端っぽいですね」
セイルの真面目な顔に、かすかな笑いが走る。リオネルはため息をついた。
「食べ物の話は後にしろ。我々の役目は、「城」が神の名を騙っていないかを確かめることだ」
霧の向こうで、なにかがうごめいた。白い靄の中に、ぼんやりと黒い影が浮かぶ。
高く、平らな壁。城壁というには無機質で、岩というには滑らかすぎる輪郭。鈍い黒鉄の要塞が、霧の向こうから顔を覗かせていた。
「……見えたな」
セイルが、剣の柄に手をかける。
「ファントム・ロジスティクス」
リオネルが、その名を噛みしめるように口にした。
「神々の市場と、どこまで繋がっているのか。それとも、本当にただの「異端の商人」なのか」
霧の中から、低い唸り声が響いた。次の瞬間、要塞の壁面がひとりでに開き、黒鉄の門がゆっくりと持ち上がっていく。
中から、黒いスーツを着た男が1歩、姿を現した。胸には、小さな社名プレート。
「ファントム・ロジスティクス代表取締役、九条と申します」
彼は、霧の中の1団に向かって、丁寧に頭を下げた。
「王都神殿の監査団の皆様――遠路はるばる、ようこそ霧の森特区へ」
セイルの背筋が、ぞくりと震えた。神殿で教わったどんな祈りの言葉よりも、その声はよく通り、よく響いた。




