第43話 監査団の行軍と、大口顧客の問い合わせ
ザザッ……ザザザ……。
「ノイズ多いわね。蜘蛛カメラ、もうちょい近寄れないの?」
高橋がモニターに顔を近づけながら、つい口を尖らせる。
要塞司令室。壁一面のスクリーンの一つに、石造りの部屋と白い服の男たちが映っていた。
王都神殿、奥の会議室。その柱の陰に1匹、天井の角に2匹、小窓の外に3匹――。斥候蜘蛛たちが、地道に拾ってきた映像だ。
『……黒鉄の城』『……無許可の奇跡』『……霧の森への監査』
割れた音声の中から、ところどころ意味のある単語が浮かんでくる。俺はコタツに顎を乗せたまま、ペンの先でメモを突いた。
「「無許可の奇跡」か。ずいぶん物騒な言い方するな」
「向こうからしたら、そうなんでしょうね」
1号が淡々と答える。
「許可制の独占事業を、無届でやっている「競合他社」……みたいなものです」
「その例え方やめろ。正しいけど腹立つ」
ソフィアが溜め息まじりに言いながら、別のモニターを操作していた。彼女の画面には、神殿内の人員の動きが簡単な図でまとめられている。
「でも、「監査」って言葉が出たわね。神殿、本気でこっちを覗きに来る気よ」
「バレたらまずい?」
高橋が視線だけこちらによこす。俺は少し考えてから首を傾げた。
「まずいかどうかで言えば、めちゃくちゃまずい」
「正直でよろしい」
「でも、だからこそ「おいしい」」
「……出たわね、そういう顔」
高橋が額を押さえる。モニターの中で、高位神官ラグナが、何かを読み上げている。音声はノイズで飛び飛びだが、肝心なところだけ妙にクリアだ。
『……霧の森』『……黒鉄要塞(仮)』『……迷子魂』『……MIO‐……』『……世界樹計画』
その1単語で、俺の背筋がぴんと伸びた。
「今の、もう一回」
1号が無言でリプレイする。文字起こしソフトが自動で字幕をつけていくが、肝心の部分だけは補正できないのか、アルファベットがそのまま浮かんだ。
『迷子魂:ID【MIO-***】』
喉の奥で、何かが引っかかった。指先に力が入る。ペン先がメモ用紙を突き破った。
「……澪だ」
声に出すと、空気が少しだけ変わった。高橋が息を呑み、ソフィアが顔を上げる。1号は目を閉じて、数秒だけ沈黙した。
「確定と見ていいですね」
「ああ。地球、日本、MIO。あれで別人だったら、世界のほうが間違ってる」
胸の奥がじりじりと焼ける。延命処置。聖域隔離。座標転送。そして、箱庭世界・北域・世界樹計画。モニターに並んだ言葉の断片が、全部澪の上に積み上がっていく。
(やっぱり、お前はこの世界の「商品」にされてる)
歯を噛みしめた瞬間、別の単語が耳に飛び込んできた。
『……霧の森に監査団を送れ』『……奇跡を真似る異端の調査』『……必要なら市場にも報告を』
「監査団、確定ね」
ソフィアが低く呟く。
「神官と聖騎士の編成かしら。形式上は「異端審問官」みたいなものでしょうね」
「こっちからしたら、「クレーム担当」ってとこか」
俺が言うと、高橋が肩をすくめた。
「クレーム処理が一番強い会社って、だいたいろくな企業じゃないわよ?」
「知ってる。だからこそ、対応を間違えると死ぬ」
俺はメモ用紙を新しいのに変え、ホワイトボードの方へ視線を移した。そこには既に、いくつかの単語が書かれている。
《王都神殿》《ラグナ=エルド》《黒鉄要塞(仮)》《迷子魂 MIO》《世界樹計画》《監査団》
ペンを走らせ、新しい1行を加えた。
《神々の市場(神マケ) 本店》
「……問題は、どのレイヤーを殴るかだな」
「レイヤー?」
1号が俺の言葉を繰り返す。
「神殿は、地上の出先機関に過ぎません。「市場」本体から見れば、支店のひとつにすぎない」
「そう。で、澪を今握ってるのは、その「本店側」の部署だ」
俺はボードに丸を描き、矢印を引く。
《地上(神殿・王都)》→《中間(神マケ窓口)》→《上位(箱庭・世界樹)》
「地上の神官を叩いても、澪のところまでは届かない。逆に上位レイヤーにいきなり喧嘩を売るのは……まあ、自殺だな」
「じゃあ、どこを?」
高橋が尋ねる。俺は一拍置いて、口角を上げた。
「「お問い合わせ窓口」だよ」
「…………は?」
高橋とソフィアが同時に変な顔をする。1号だけが、すぐに理解したように頷いた。
「神々の市場には、上位顧客向けの窓口があります」
「ああ。あれ、使うの?」
「使わないほうがもったいないだろ」
意識をほんの少しだけ、内側に向ける。次の瞬間、視界の右上に、半透明のウィンドウがふわりと立ち上がった。
黒地に金色の紋章。この世界に来てから何度も見てきた、神々のマーケットのインターフェースだ。視線だけでカーソルが動く。トップ画面の最下部――普段なら見過ごしそうな位置に、小さな文字列がある。
『法人・大口顧客の方はこちら』
そこへ意識を合わせて、「決定」を思い浮かべる。短いロードのあと、見慣れない新しいウィンドウが開いた。
『大口顧客専用ダッシュボードへようこそ』
半透明のパネルに、いくつかの項目が浮かび上がる。
『総取引額:701,230,000,000クレジット』
『戦略級防御装備【アイギス】:取引履歴あり』
『ステータス:ゴールドランク顧客』
「……ほんとに開いた」
高橋が、俺の目の前に手をかざしながら、浮かぶウィンドウを覗き込んで絶句する。
「いや、開かなかったら泣くぞ。こっちは退職金どころか、人生ごと突っ込んでるんだから」
俺は苦笑し、意識でスクロールを送る。新しい項目が並んでいた。
『担当オペレーターへのチャット』
『カスタマイズ注文のご相談』
『上位レイヤー案件に関するお問い合わせ』
最後の一行だけ、妙に小さな文字で注意書きがついている。
『※魂・世界線・箱庭プロジェクト等に関するご相談は、当項目からのみ受け付けております』
「……あるじゃない」
ソフィアが呆れたように笑った。
「魂とか世界線とか、普通の人、ここまで辿り着けないでしょ」
「だからこそ、俺たちは「普通じゃない」取引をした価値がある」
俺は、表示された項目の一番下――『上位レイヤー案件に関するお問い合わせ』に視線を合わせた。
「1号」
「はい」
「監査団は、いつ出る?」
「蜘蛛カメラの別フィードからすると……」
1号が別のモニターを操作する。そこには、神殿の中庭が映っていた。銀の鎧をまとった聖騎士たちが整列し、白い外套の神官たちが祈りの言葉を唱えている。旗に描かれた紋章が、朝の風に揺れていた。
『霧の森へ向かう。黒鉄の城と、そこにいる者たちを「確かめよ」』
ラグナの声が、ノイズ越しに聞こえる。1号が簡潔にまとめた。
「本日中に王都を出発。馬車と騎兵を合わせて30。到着は3日後が目安です」
「3日か」
俺は、指を組んで息を吐いた。3日あれば、受け身で怯えることも、慌てて隠すこともできる。そしてなにより――。
「3日あれば、「本店」と1回くらい口利きできるだろ」
視界のウィンドウに視線を戻す。『上位レイヤー案件に関するお問い合わせ』を選び、「決定」をイメージする。ポン、と軽い音がして、新しいチャットウィンドウが開いた。
『担当オペレーターに接続中です……しばらくそのままでお待ちください』
「……おお」
高橋が思わず声を漏らす。ソフィアが身を乗り出す。1号はわずかに口角を上げた。俺は、心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを自覚しながら、ウィンドウを見つめ続けた。
「澪」
小さく名前を呼ぶ。
「クレームは、俺が全部まとめて出してやる。だから――」
モニターの中で、聖騎士たちの列が動き始めた。霧の森へ向けて出発する、教会の監査団。
同じタイミングで、視界の隅のチャットウィンドウに、新しい文字列が現れる。
『神々の市場 上位オペレーター【コールセンター・エンジェル】が応答しました』
天使のアイコンがピコン、と光る。
『本日はどのような「案件」について、お問い合わせでしょうか?』
喉の奥で笑いがこみ上げる。
「――「迷子の魂」の取扱いについてだよ」
俺は、最初の1文を入力欄に流し込み、「送信」のイメージを強く思い浮かべた。




