第39話 異世界産業革命と、豚骨ラーメンのギルド勧誘
異世界転移から、1週間。
霧の森の奥深くに、その異形の城は完成した。
「……やりすぎたか?」
俺は完成した拠点を見上げ、少しだけ呆れた。
元々は古びた石造りの廃墟だった場所だ。
だが今、そこに鎮座しているのは、中世ファンタジーの世界観を真っ向から否定する、鉄とコンクリートの塊だった。
レオンの【無限収納庫】から吐き出された大量のセメントと鉄骨。
ロザリーの極小火球による精密溶断と溶接。
そして、カップ麺で買収された村人たちの労働力。
これらを組み合わせ、俺が指揮したのは突貫工事ではない。
徹底的な工程管理と分業制による、産業革命的建築だ。
「A班、セメント流し込み終了! 次、B班鉄骨搬入!」
「休憩はありませんよ。疲労は私が吸い取りますから」
現場では、ソフィアが笑顔で範囲回復魔法をかけ続けている。
村人たちは肉体的な疲労を感じることなく、24時間3交代制で動き続ける永久機関と化していた。
ブラック企業も裸足で逃げ出す労働環境だが、彼らの顔は明るい。
休憩のたびに振る舞われるシーフードヌードルとサバ缶が、彼らにとっては王侯貴族の饗宴に等しいからだ。
結果として、森の中に忽然と現れたのは、無骨なコンクリート打ちっ放しの要塞。
窓には強化ガラスが嵌め込まれ、屋上には大型の発電機が唸りを上げている。
夜になれば、4隅に設置されたLED投光器が森を昼間のように照らし出す。
「……不夜城、ね。現地の人が見たら腰を抜かすわよ」
高橋が、完成したばかりのリビング――最高級ソファと大型モニターが設置された快適空間で、コーヒーを飲みながら苦笑する。
「それが狙いだ」
俺は窓の外、LEDの光に怯えて近づこうとしない夜行性の魔獣たちを見下ろした。
「ただの修繕じゃ意味がない。
俺たちが別次元の文明を持っていることを、一目で分からせる必要がある。
未知への恐怖と、圧倒的な技術力への畏怖。
それが、余計な干渉を防ぐ一番の防壁になる」
この城は、ただの住居ではない。
異世界に対する、俺たちのマウントだ。
石と木で暮らす連中に、鉄と電気の力を見せつける。
それだけで、交渉の主導権は俺たちが握れる。
「さて……箱はできた。次は中身だ」
俺はモニターのチャンネルを切り替えた。
映し出されているのは、要塞の正面ゲート付近。
これから建設予定の城下町の入り口だ。
「1号。開店準備はどうだ?」
『準備完了しています、マスター。
スープの仕込みも上々。匂いにつられて、すでに数名のお客様が様子を窺っています』
画面の中。
無機質なコンクリート壁の前に、場違いな赤提灯が揺れていた。
屋台『麺屋・幻影』。
異世界侵略の、第1歩となる店舗だ。
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要塞の入り口。
そこには、異様な香りが漂っていた。
森の瘴気でも、花の香りでもない。
もっと暴力的で、脳髄を直接刺激するような、濃厚な脂と塩の匂い。
「……なんだ、この匂いは」
森を抜けてきた1組の冒険者パーティが、鼻をヒクつかせて立ち止まった。
彼らは森の魔獣狩りを生業とする、Bランク相当の実力者たちだ。
だが、今の彼らは満身創痍だった。
ポーションは尽き、食料もなく、疲労困憊でふらついている。
「おい、あれを見ろ」
リーダーの剣士が指差した先。
闇夜に輝く光の城の足元に、小さな屋台があった。
暖簾の奥から、白い湯気が立ち上っている。
「……毒、か?」
「いや、美味そうな匂いだぞ」
警戒心よりも、空腹と好奇心が勝った。
彼らが恐る恐る近づくと、屋台の中には奇妙な服――忍者装束に前掛けを着た男が1人、湯切りをしていた。
1号だ。
「いらっしゃい。
疲れているようだね」
1号は愛想笑い一つせず、カウンターにドンと丼を置いた。
「特製豚骨ラーメン。
1杯、銀貨1枚だ」
「銀貨!? 高ぇよ!」
剣士が抗議する。銀貨1枚あれば、宿屋で豪遊できる。
だが、丼の中身を見た瞬間、言葉が詰まった。
白濁した黄金色のスープ。
その上に浮かぶ、トロトロに煮込まれた魔獣チャーシュー。
そして、未知の香辛料――ニンニクと胡椒の刺激臭。
ゴクリ。
喉が鳴った。
本能が、その液体を求めていた。
塩分。脂質。炭水化物。
疲労した身体が最も欲するエネルギーの塊。
「……食うぞ。毒なら毒で構わん」
剣士が震える手で銀貨を置き、丼を掴んだ。
スープを一口、啜る。
カッ!!
目が見開かれた。
衝撃が走る。
塩辛いだけのスープではない。
骨の髄まで煮出した濃厚なコク。舌に絡みつく脂の甘み。そして、脳を痺れさせるようなうま味調味料の爆発。
「う、うおおおおおおッ!?」
剣士は絶叫し、麺をかき込んだ。
縮れ麺がスープを絡め取り、口の中で弾ける。
美味い。
美味すぎる。
硬い黒パンと干し肉しか知らない彼らにとって、それは食の革命だった。
「なんだこれは!? 力が……力が湧いてくるぞ!?」
食べたそばから、顔色が良くなっていく。
当然だ。
このラーメンは、ただの食事ではない。
地球の高カロリー食に、現地で狩った魔獣の肉と骨を煮込んで作った、実質的な回復薬だ。
塩分と魔力が、枯渇した細胞に染み渡る。
「親父! おかわりだ! 俺にもくれ!」
「こっちもだ! 金ならある!」
仲間たちも雪崩れ込んだ。
屋台は一瞬で戦場と化した。
彼らは夢中で啜り、汁まで飲み干し、恍惚の表情でカウンターに突っ伏した。
「……ふぅ。生きた心地がする」
「こんな美味いものが、世の中にあるなんて……」
1号は、その様子を冷静に観察していた。
依存性の確認。
成功だ。
化学調味料と脂の味を覚えた彼らは、もう元の味気ない食事には戻れない。
「気に入ってもらえて何よりだ」
1号は空になった丼を回収しながら、低い声で囁いた。
「ここは『ファントム・ギルド』の出張所だ。
魔石を持ってくれば、金貨の代わりにこのラーメンや、他にも珍しい地球の品と交換してやることもできる」
「……なんだって?」
剣士が顔を上げた。
「金じゃなくて、魔石でこれが食えるのか?」
「ああ。
それだけじゃない。
疲れを一瞬で消す水、夜を照らす光、鉄より硬い剣。
我々は、あらゆる異界の宝を取り扱っている」
1号は背後の要塞――光り輝く不夜城を指差した。
「興味があるなら、奥へ行くといい。
そこが、新しい時代の入り口だ」
冒険者たちは、ゴクリと唾を飲み込み、要塞を見上げた。
怪しい。
だが、このラーメンの味は本物だ。
この味を作り出せる組織が、他にどんな奇跡を隠し持っているのか。
欲望が、警戒心を上書きしていく。
「……行くぞ。
手持ちの魔石を全部叩き込んででも、見る価値がある」
彼らはフラつく足取りで、しかし確かな意志を持って、要塞のゲートへと歩き出した。
モニター越しにその様子を見ていた俺は、ニヤリと笑った。
「一丁あがりだな」
撒き餌は食いついた。
ラーメンの匂いと口コミは、風に乗って森の外まで広がるだろう。
数日もしないうちに、この要塞の前には、食と未知のテクノロジーを求めて、長蛇の列ができるはずだ。
「高橋、ソフィア。準備はいいな」
俺はインカムで指示を飛ばした。
「客が来るぞ。
骨の髄までしゃぶり尽くす、準備をしておけ」
文化侵略の狼煙は上がった。
次は、経済支配だ。
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数日後。
拠点の要塞化と同時に、高橋とソフィアが新たな動きを見せた。
要塞の一角、かつての玄関ホールだった場所に、真新しいカウンターが設置された。
看板には、こちらの世界の言葉でこう書かれている。
『ファントム・ギルド 異世界支店』
噂を聞きつけて集まってきた冒険者や商人が、長蛇の列を作っていた。
彼らの目当ては、もちろんラーメンだ。
だが、このギルドが提供するのは、食事だけではない。
「はい、次の人。魔石の査定ね」
カウンターの中で、高橋がテキパキと魔石を鑑定していく。
彼女の背後には、地球から持ち込んだ商品が山積みにされている。
酒、タバコ、チョコレート、百均の便利グッズ、そして抗生物質などの医薬品。
「Cランク魔石3個。
買い取り額は……この万能ナイフ1本か、こちらの火酒1瓶ね。どっちにする?」
「うおおおっ! そのナイフをくれ!
鉄よりも切れるって噂のやつだ!」
冒険者が食い気味に叫ぶ。
この世界の鍛治技術では作れない、ステンレス製の十徳ナイフ。
切れ味、耐久性、利便性。どれをとってもオーパーツ級だ。
「毎度あり。
次はもっと質のいい魔石を持ってきなさい。
会員ランクが上がれば、もっと凄い商品――例えば若返りの薬なんかも買えるわよ」
「マジかよ! 絶対持ってくる!」
冒険者たちが目の色を変えて森へ走っていく。
金貨ではなく、現物支給。
だが、その現物の価値が異常に高いため、彼らは喜んで搾取される。
既存のギルドなど目ではない。
この周辺の魔石流通は、すでにファントムが独占しつつあった。
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一方、拠点の裏庭――練兵場。
「声が小さい!! 筋肉が泣いているぞ!!」
レオンの怒号が響き渡る。
そこには、村の若者や、食い扶持を求めて集まった食い詰め傭兵たち数十名が整列していた。
彼らの装備は異様だった。
頭には、軽くて丈夫な工事用ヘルメット。
足には、踏み抜き防止鉄板入りの安全靴。
そして手には、切れ味鋭いステンレス包丁を加工した短剣。
地球のホームセンターで揃う装備だが、この世界ではミスリルより軽くて硬い兜と名工の短剣として崇められている。
「いいか貴様ら!
我々のボスは神だ!
神に忠誠を誓い、筋肉を捧げれば、無限の食料と力が与えられる!
だが裏切れば……分かっているな?」
「イエッサー!!」
傭兵たちが絶叫する。
彼らの目は、恐怖と狂信で満ちていた。
毎日支給される高カロリー食と、レオンによる地獄のしごき。
そして、ロザリーによる実戦形式訓練。
飴と鞭による洗脳教育は、彼らを死を恐れぬ精鋭部隊へと変貌させていた。
モニター越しにその様子を見ていた俺は、満足げに頷いた。
「順調だな」
経済は高橋が握り、武力はレオンが握る。
食料と物資は、日本のマスターから無限に送られてくる。
完全な植民地支配の縮図だ。
だが。
急激な膨張は、必ず敵を呼ぶ。
「……来たか」
俺は別のモニターに目を向けた。
1号が街道に設置した斥候蜘蛛の映像だ。
そこには、土煙を上げて進軍してくる軍勢が映っていた。
数にして約300。
立派な鎧を着た騎士団と、徴用された兵士たち。
そして中央には、豪華な馬車。
掲げられている旗印は、この地域を治める領主、ボルドー伯爵家の紋章だ。
「……領主様のお出ましか。
予想より早かったな」
俺はインカムのスイッチを入れた。
「総員、配置につけ。
客人が来たぞ」
領主は『違反』を取り締まりに来たのではない。
この場所が稼ぎ出している莫大な利益と、未知の技術を『奪いに』来たのだ。
なら、こちらもROIをくれてやる。
俺はモニターの敵軍をロックオンした。
「舐められるな。徹底的に叩き潰して、分からせてやれ。ここが誰のシマなのかを」




