第32話 掃除屋の襲来と、0円の最強セキュリティ
埼玉拠点、5階。
要塞化されたリビングで、俺は3つのモニターを同時に監視していた。
右の画面には、株価が暴落し、炎上し続けるタイタン商事のニュース。
左の画面には、1号が持ち帰った内部資料のデータ解析画面。
そして中央には――「最愛の人」が眠る、隣室の監視映像。
ガチャリ、と扉が開く。
診察を終えたソフィアが、部屋から出てきた。
いつもの人を食ったような笑みはない。能面のような真顔で、俺に報告書を突きつけた。
「マスター。単刀直入に言います」
「……どうだ」
「肉体は完璧です。私の結界とこの拠点の隠蔽機能で、外部からの干渉は遮断できています。
ですが――『中身』が限界です」
ソフィアは冷徹に告げた。
「魂の定着率が低下しています。
肉体という器に対して、魂がサイズ違いの服を着ているようにズレ始めています。
このままでは、遠からず魂が霧散し……彼女はただの綺麗な肉人形になります」
「……期間は」
「保って半年。早ければ3ヶ月」
半年。
その言葉が、俺の胸に鉛のように沈んだ。
1000億という数字が、急激に現実味のない壁として立ちはだかる。
今のペースでは間に合わない。
「……もっとだ。もっと太いパイプがいる」
俺は手元のスマホを強く握りしめた。
残高、約6億クレジット。
小金持ちにはなったが、1000億の前では端金だ。
チマチマ稼いでいる時間はない。
「1号、準備だ」
俺は黒いアタッシュケースから、30センチサイズの人形を取り出した。
タイタン商事を退職し、回収したばかりの1号だ。
田中の顔はもう捨てた。
これからは、ファントム・ロジスティクスの「実働部隊」として動いてもらう。
俺は神マケを開き、新しい装備を購入した。
《冒険者用軽装備セット・東方隠密モデル(忍者)》
《価格:50,000クレジット》
「……忍者、ですか」
展開し、黒装束に身を包んだ1号が、鏡を見て絶句した。
顔半分を覆うマスク。動きやすさを重視した鎖帷子。
どう見ても、ステレオタイプな忍者だ。
「顔も隠せるし、隠密行動には最適だ。文句を言うな」
「いえ、別にいいんですけど……これ、逆に目立ちませんか? 職質されそうです」
「されたら逃げろ。お前にはそのための『武器』をやる」
俺は続けて、神マケで別のアイテムを購入した。
《スキルスクロール:【Fランク・配送】》
《価格:30,000クレジット》
「使え」
1号がスクロールを開くと、光の粒子が彼の体に吸い込まれていく。
「……覚えました。
【配送】。最大射程5km。
対象の重量に比例して精神力を消費……って、これ」
「ああ。俺が表向き登録している『ゴミスキル』と同じやつだ」
俺はニヤリと笑った。
俺の【ワールド・デリバリー】はユニークスキルだが、このFランク【配送】は市場に流通している下位互換のスキルだ。
燃費は最悪、戦闘には使えない、ただの荷運び用。
「お前にはこれを使ってもらう。
そうすれば、お前が人前でスキルを使っても、誰も俺(本体)のユニークスキルだとは気づかない。
『ああ、あいつはFランクの配送持ちか』と侮ってくれる」
「なるほど……カモフラージュですね」
「そうだ。だが、ただ持っているだけじゃ意味がない。
実践で使えるレベルまで叩き込むぞ」
俺は部屋の隅にある空き缶を指差した。
「あれを、隣の部屋のゴミ箱へ送れ」
「え、あそこですか? 簡単そうですが……」
1号が手をかざす。
俺は【魂の共有】を通じて、彼の中に流れる魔力の回路を感じ取る。
コツを教える。
(イメージしろ。空間を掴んで、座標を重ねる感覚だ。
力むな。脳の血管じゃなく、魔力の脈を使え)
「……はい、やってみます。
【配送】ッ!」
1号が気合を入れた瞬間。
ガタンッ!
空き缶はゴミ箱の縁に当たり、床に転がった。
そして1号は――
「ぐぅッ……!?」
膝から崩れ落ち、カーペットに手をついた。
肩で息をしている。脂汗がマスクの下から滲み出ている。
「はぁ……はぁ……なんですかこれ……!
たかが空き缶ひとつで、脳みそを雑巾絞りされたみたいに……!」
「燃費最悪だからな。俺も最初はそうだった」
俺はコーヒーを啜りながら冷たく言った。
Fランクスキルの欠陥だ。
魔力効率が悪すぎて、少し使っただけで精神をごっそり持っていかれる。
「もう一回だ」
「む、無理です……目が回って……」
「甘えるな。ソフィア」
俺が呼ぶと、白衣の悪魔がにっこりと笑って近づいてきた。
「はいはい。お注射の時間ですね♡」
ソフィアの手が光る。
回復魔法【ヒール】。
本来は肉体の傷を治すものだが、彼女のそれは強制的にバイタルを引き上げ、強引に意識を覚醒させる覚せい剤に近い効果がある。
「ガハッ……!?」
1号がビクンと跳ねて、飛び起きた。
虚ろだった目に、強制的な光が宿る。
「はい、元気になりましたね。さあ、続きをどうぞ」
「……鬼だ。ここには鬼しかいない」
1号は涙目になりながら、再び手をかざす。
「【配送】!」
失敗。失神。
「はい回復ー」
「ギャアッ!」
「【配送】!」
失敗。嘔吐。
「はい回復ー」
「ヒィィッ!」
無限のループ。
地獄のスパルタ研修だ。
だが、その甲斐あって、1時間後には1号の動きが変わっていた。
「【配送】」
シュッ。
手元にあった小石が消え、5メートル先の花瓶の中に音もなく落ちた。
1号はふらつきながらも、倒れずに立っている。
「……できた」
「上出来だ。
その感覚を忘れるな。戦闘中、敵の目潰しや牽制に使え」
俺は1号の肩を叩いた(実際には人形の肩だが)。
これで準備は整った。
「行ってこい、1号。
今日からお前は、ファントム・ロジスティクスの『運び屋』だ」
***
数時間後。
都内、湾岸倉庫街。
「……何よその恰好」
待ち合わせ場所に現れた1号を見て、高橋が心底呆れたような声を上げた。
黒装束に鎖帷子、背中には忍者刀(飾り)。
現代日本において、あまりにも浮いている。
「オーナーの趣味です。諦めてください」
「はぁ……まあ、顔が隠れるのはいいけど」
高橋はため息をつき、周囲を警戒した。
ここはタイタン商事の倉庫からほど近い、人気の少ない路地裏だ。
今後の打ち合わせのために合流したのだが――
キキーッ!!
タイヤがアスファルトを削る音が響いた。
黒いバンが3台、路地を塞ぐように滑り込んでくる。
「……来たわね」
高橋が眼鏡の位置を直す。
バンから降りてきたのは、黒いスーツを着た男たち6人。
手に武器は持っていないが、その立ち振る舞いからプロだと分かる。
殺気を隠しもしない、剥き出しの敵意。
「……掃除屋か」
インカム越しに、俺の声が響く。
タイタン社長・大門が雇った実力行使部隊だ。
『どうする? ここで暴れたらサードアイが飛んでくるわよ』
「構わん。迎撃しろ」
俺は即断した。
ポテチを口に放り込みながら、冷徹に指令を飛ばす。
「ただし、殺すな。手足を折って無力化しろ。
あいつらは『資産』だ。
大門との交渉に使う、最高のカードになる」
『……了解。
聞いたわね、あんたたち! 殺すんじゃないわよ!』
高橋の号令と共に、戦端が開かれた。
「やるぞォォォッ! 私を壊しに来たのか!? 歓迎する!!」
レオンが歓喜の声を上げて飛び出す。
掃除屋の一人が、懐から消音機付きの拳銃を抜き、発砲した。
シュッ、シュッ!
乾いた音が響くが、レオンは避けない。
弾丸を鍛え上げられた胸板で受け止め、さらに加速する。
「なっ!?」
「硬い……! だが痛みが足りない! もっと激しく愛してくれ!」
動揺した掃除屋を、レオンがタックルで吹き飛ばす。
数々のダンジョンで、鉄や岩の巨人に殴られ続けてきたレオンにとって、小口径の弾丸など小石にも劣る。
地道なレベル上げで培った基礎防御力が、近代兵器を凌駕している。
「燃やしますわよ! ……手加減、手加減……」
ロザリーが杖を振るう。
爆裂魔法ではなく、精密な火炎操作で、男たちの足元を焼き払う。
退路を断たれた男たちが怯んだ隙に、高橋のワイヤーが舞った。
「遅い!」
ヒュンッ!
鋼糸が男たちの手足を絡め取り、一瞬で拘束する。
「くそっ、なんだこいつら……!」
残った掃除屋の一人が、高橋の死角へ回り込み、ナイフを抜いた。
速い。
高橋が反応するより一瞬早く、刃が彼女の脇腹へと迫る。
その時。
「【配送】!」
1号の声が響いた。
シュッ。
男の目の前に、突如として「砂」が出現した。
足元の砂利を転送したのだ。
「ぐあッ!?」
男が目に砂を浴びて怯む。
致命的な隙。
高橋が振り返りざまに回し蹴りを叩き込み、男は壁に激突して沈黙した。
「……ふぅ。ナイスよ、忍者さん」
「はぁ、はぁ……死ぬ……頭が割れる……」
1号はその場に膝をつき、激しく嘔吐した。
たかが砂利を数メートル送っただけでこの有様だ。
だが、その一撃が戦況を決めた。
「……終わりですね。治療費が浮いて助かります」
ソフィアがつまらなそうに呟く。
戦闘時間、わずか1分。
プロの掃除屋集団が、手も足も出ずに転がされていた。
『オーナー、制圧完了。どうするの? 警察に突き出す?』
「いや」
俺はモニターを見つめ、ニヤリと笑った。
警察に渡せば、大門は逮捕されるだろう。
それでは意味がない。俺が欲しいのは、生きて金を稼ぎ続ける「財布」だ。
「1号。出番だ」
俺は現場にいる1号に意識を移した。
彼は震える足で立ち上がり、倒れている掃除屋のポケットからスマホを抜き取った。
発信履歴の最上位。
コール音。
『……どうした。終わったか?』
大門の重厚な声。
仕事の完了報告だと思っている。
「ええ、終わりましたよ。社長」
1号の声を聞いた瞬間、電話の向こうで息を呑む気配がした。
『……誰だ、貴様』
「ファントム・ロジスティクスです。
あなたの送ってくれた『プレゼント』、確かに受け取りました」
1号は、足元で呻く掃除屋の写真を撮り、そのまま送信した。
手足を拘束され、無様に転がる殺し屋たちの姿。
『……ッ!』
「単刀直入に言います。
この写真と、彼らの証言。そして、以前弊社が御社から『回収』させていただいた裏帳簿。
これらを警察とマスコミにばら撒けば、タイタン商事は明日にも消滅します」
『……脅しか』
「交渉ですよ。
弊社は、御社を潰したくない。
むしろ、発展してほしいと願っている」
俺は1号の口を借りて、本当の要求を突きつけた。
「弊社を、タイタン商事の『特別物流顧問』として契約してください。
今後、御社が扱うBランク以上の高額案件。
そのすべてを、弊社に優先的に回していただきます」
『な、なんだと……!?』
「もちろん、タダとは言いません。
業務委託費として、相場の3倍を請求させていただきますが……
その代わり、御社の抱える『在庫不足』は、弊社が即座に解消して差し上げますよ。
なにせ、我々は『高品質な魔石』を山ほど持っていますからね」
『……ッ!』
大門が絶句する。
俺たちが盗んだ在庫を、高値で買い戻させ、さらに今後の利益も吸い上げる。
会社を存続させ、株主には「有能な提携先を見つけた」と説明できる逃げ道を用意しつつ、実質的には利益のほとんどをファントムへ流させる。
生かさず殺さずの、完全な寄生契約だ。
長い沈黙の後。
電話の向こうから、絞り出すような声が聞こえた。
『……分かった。
……要求を、呑む』
「賢明な判断です。
契約書は、明日の朝一番で届けさせます。
……裏切らないでくださいよ?
いつでもあなたの寝室の枕元に、砂利だろうが鉄杭だろうが『配送』できることをお忘れなく」
通話が切れる。
勝利だ。
「……やったな」
埼玉の拠点で、俺は拳を握りしめた。
これで、業界最大手タイタン商事は、実質的に俺の財布になった。
彼らが稼ぐ巨額の利益は、経費という名の血となって、俺の懐に流れ込んでくる。
「高橋、聞こえるか」
『ええ。……あんた、本当に悪魔ね』
「褒め言葉として受け取っておく。
それより、朗報だ。
今回の件と、これまでの実績が評価されて、協会から通知が来ている」
俺は手元のタブレットを見る。
『ファントム・ロジスティクス。
Bランクパーティへの昇格試験、免除。
本日付で、Bランク認定とする』
「おめでとう。
これで名実ともに、一流の仲間入りだ」
『……Bランク』
高橋の声が震えた。
それは彼女がずっと目指していた場所だ。
だが、今の彼女にとって、それは通過点に過ぎないことを俺たちは知っている。
「喜んでいる暇はないぞ。
タイタンを傘下に収めたことで、俺たちの扱う金額は桁が変わる。
忙しくなるぞ」
俺は窓の外、広がる青空を見上げた。
5億など、もう過去の数字だ。
これからは、数百億という金が動く。
「……待ってろ、澪。
1000億まで、あと少しだ」
神マケの画面を見る。
国家探知危険度は24.8%のまま、変動していない。
1号にFランクスキルを使わせた判断は正解だったようだ。
これでサードアイの目を欺き続けられる。
そう、俺は思っていた。
***
同時刻。サードアイ本部。
特務捜査官の鬼道は、部下からの報告を聞いて眉をひそめた。
「……ファントム・ロジスティクスに、忍者のような恰好をした『配送スキル』使いがいるだと?」
「はい。湾岸エリアでの戦闘痕跡から、Fランク程度の微弱な空間転移を確認しました。
登録者名簿には該当する『忍者』はいませんが……」
「……配送、か」
鬼道の脳裏に、数ヶ月前の記憶が蘇る。
クロノス・ロジスティクスの事件。
あの時、自分が腕を切り落とした人形。
そして、その当時クロノスに在籍していたはずの、行方不明になった社員。
「……九条真也」
鬼道は凶悪な笑みを浮かべた。
「あの時のネズミが、姿を変えてまた現れたか。
Fランクだと侮っていたが……どうやら、ただのゴミではないらしい」
名簿に名前はなくとも、その特異なスキルだけで、点と点は繋がってしまう。
彼は立ち上がり、コートを羽織った。
「行くぞ。
今度こそ、その尻尾を掴んでやる」




