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3,300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1,000億稼ぎます  作者:


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29/65

第29話 5億の要塞と、社畜の再就職

 翌朝。

 埼玉の拠点、5階のリビング。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、埃の舞う空気を白く照らしていた。

 俺はソファに深く沈み込み、壁掛けの大型モニターを眺めていた。


『――次のニュースです。中堅物流会社クロノス・ロジスティクスの巨額横領および不正取引事件について、新たな動きがありました』


 ニュースキャスターの淡々とした声が響く。

 画面には、捜査員に囲まれて連行される小杉の姿が映し出されている。

 顔を隠すことも忘れ、呆然とした表情でパトカーに押し込まれていくかつての上司。

 その姿は、かつて俺を怒鳴り散らしていた威厳など欠片もなく、ただの怯えた中年男にしか見えなかった。


『同社は、ダンジョン省庁への贈賄や、指定暴力団への武器横流しなど、組織的な犯罪に関与していた疑いが持たれています。

 証拠となる内部資料が流出したことを受け、探索者協会は同社のライセンスを無期限停止とし――』


「……終わったな」


 俺は手に持っていたコーヒーを飲み干し、リモコンで電源を切った。

 プツン、という音と共に、部屋に静寂が戻る。


 感傷はない。

 あるのは、計算機が弾き出した「タスク完了」の文字だけだ。

 俺を縛り付けていた3300万の借金。

 架空の医療費請求。

 そして、奴隷のような雇用契約。

 それら全てが、クロノスという巨塔の崩壊と共に、跡形もなく消え去った。


「おめでとうございます、オーナー。完全勝利ですね」


 キッチンから、高橋が焼きたてのトーストを運んでくる。

 彼女の表情も晴れやかだ。

 古巣への復讐を果たし、産業スパイとしての汚名も削いだのだから。


「勝利、か。……そうかもしれないな」


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。

 遠くに見える都心のビル群。

 平和そうに見えるその景色の裏で、今頃サードアイが血眼になって「犯人」を探しているはずだ。


 昨夜の派手な立ち回り。

 Bランクダンジョンでの水攻め。

 そして、クロノス本社からのデータ強奪。

 これだけの痕跡を残せば、国家の監視レベルは最高潮に達している。

 この拠点が特定されるのも、時間の問題かもしれない。


 俺は視線を、リビングの奥にある扉――澪が眠る特別室へと向けた。

 ソフィアの結界に守られ、彼女は安らかに呼吸している。

 だが、それが最大のリスクだ。


「……光りすぎている」


 澪を生かしているのは、ソフィアが展開しているSランク相当の持続魔法だ。

 これは、魔力を視ることができる人間からすれば、暗闇の中でサーチライトを点灯させているようなものだ。

 日本全土を監視するサードアイのレーダーには、この埼玉の廃ビルが異常な高エネルギー反応点として映っているに違いない。


「今のままでは、守りきれない」


 いずれ踏み込まれ、澪を人質に取られる。

 それだけは、絶対に許容できないリスクだ。

 ROIの鬼として、資産(澪)の損失だけは防がなければならない。


「金ならある。使うぞ」


 俺は神マケのウィンドウを開いた。

 残高、約5億2000万クレジット。

 1000億という目標を考えれば、1円でも多く貯金し、さらなる攻撃スキルや運用資金に回すべき金だ。


 だが、拠点の安全確保は全ての前提条件だ。

 足元が崩れれば、積み上げた金など何の意味もない。


 俺は迷わず【建築・拠点防衛】のカテゴリを選択した。

 無数に並ぶ防衛設備の中から、以前から目をつけていたSランクの設置型魔導具をタップする。


《Sランク設置型魔導具:【虚数座標の隠れ家】》

《価格:450,000,000クレジット》

《説明:指定した建造物の存在座標を現世からわずかにずらし、外部からの物理的・魔力的干渉をすり抜けさせる。外部からはただの廃墟にしか見えず、内部の魔力反応も完全に隠蔽される》


 4億5千万。

 ほぼ全財産だ。

 クリック一つで、中小企業の生涯年収が消える。


 だが、物理的な壁で防ぐのではなく、存在そのものを隠すという機能が重要だ。

 どれだけ頑丈な扉をつけても、場所がバレればいつかは破られる。

 だが、そこにないものは、見つけようがない。


「購入」


 チャリーン、という重厚な音が脳内に響く。

 残高の数字がごっそりと削られ、手元には拳大の虹色の結晶が現れた。

 ずっしりと重い。

 これが、4億5千万の重みだ。


「設置」


 俺が結晶を床に置くと、それは水のように溶け出し、床材へと染み込んでいった。


 ズズズズズ……。


 廃ビル全体が微かに振動し、空気が変わる。

 気圧が下がったような、耳が詰まる感覚。

 窓の外の景色が、一枚の薄い膜を隔てたように、少しだけ遠く感じられる。


「……展開完了か」


 俺は息を吐いた。

 これで、このビルは現世の座標から切り離された。

 澪から発せられる強烈な魔力反応も、この結界が完全に遮断してくれる。

 サードアイのレーダーから、この拠点の輝点は消失したはずだ。


「これで、夜も眠れるな」


 だが、油断はできない。

 これはあくまで隠れ家だ。無敵の要塞ではない。

 俺がここで【ワールド・デリバリー】を乱発すれば、隠蔽容量を超えてノイズが漏れる。

 ここを特定されないためには、もう一つ、手が必要だ。


「攪乱だ」


 敵の目を、この埼玉から逸らし続ける必要がある。

 俺は部屋の隅に置かれた黒いアタッシュケースを開けた。

 中には、昨夜の任務で腕を失い、その後ソフィアによって修復された1号が横たわっている。


「起きろ、1号」

「……おはようございます、本体」


 1号が身を起こす。

 五体満足だ。傷跡ひとつない。

 だが、このままでは使えない。

 彼の顔と魔力波長は、鬼道によって完全に特定されている。

 一歩でも外に出れば、即座にあの時の端末だとバレて、追跡されるだろう。


「お前には、別の顔になってもらう」


 俺は神マケで、残りの資金を投入して新たなアイテムを購入した。


《Aランク魔導具:【欺きのチョーカー】》

《価格:30,000,000クレジット》

《説明:着用者の容姿、声、そして魔力波長を、指定した別人のものへと完全に偽装する。Sランクの鑑定スキルでも看破は困難》


 3000万。

 安い買い物ではないが、1号という最強の駒を再利用するためには必要な出費だ。


「装着」


 俺は1号の首に、黒革のチョーカーを巻いた。

 目の前に設定画面が開く。

 俺はスライダーを操作し、1号のパラメータを細かく調整していく。


 身長を5センチ低く。

 体格を少し猫背気味に。

 髪は白髪混じりの短髪にし、肌のツヤを消す。

 顔立ちは、どこにでもいそうな、疲れ切った中年男性風に。

 そして何より重要なのが、オーラの設定だ。

 無害で、押しに弱く、使い潰しやすそうな社畜全開の雰囲気に調整する。


 ボワン、と煙が出て、1号の姿が変わる。

 そこにいたのは、もはや俺のコピーではない。

 人生に疲れ、定年間際でリストラされたかのような、哀愁漂う初老の田中さんだった。


「……鏡を見てみろ」


 1号が鏡を覗き込む。

 自分の新しい顔を見て、彼は深くため息をついた。


「……うわぁ。なんか、人生に疲れてますね俺。涙が出てきそうです」

「完璧だ。これなら鬼道もスルーする」


 俺は満足げに頷き、インカムで高橋を呼び出した。


「高橋、仕事だ。この男のIDを用意しろ」

『……誰? そのおじさん』


 キッチンから顔を出した高橋が、怪訝な顔をする。


「1号だ。偽装した」

『あー、なるほどね。サードアイ対策か。趣味悪いわね』

「名前は田中だ。

 戸籍、住民票、マイナンバー、そして運転免許証。

 明日までに完璧な身分を用意しろ。お前のコネなら造作もないだろ?」

『……また無茶を。まあいいわ、昔のツテを使うから300万ほど経費がかかるけど』

「許可する。最優先で頼む」


 これで、1号は社会的に実在する人間となる。

 準備は整った。

 俺はタブレットを取り出し、ある求人広告を表示して1号に見せた。


『【急募】倉庫管理・配送スタッフ。

 未経験歓迎、体力に自信のある方。

 ※繁忙期につき残業あり。寮完備』


 募集主は――『タイタン商事』。

 クロノス社が潰れた今、その利権をハイエナのように食い荒らし、業界シェア1位に躍り出ようとしている最大手企業だ。

 噂では、クロノス以上にブラックで、えげつない商売をしているという。

 Bランク素材の市場価格を操作し、暴利を貪っている巨悪だ。


「お前にはここに潜入してもらう」

「……また社畜ですか? しかも、さらにブラックな香りが」


 1号がげんなりした顔をする。


「そうだ。だが、今度はただの荷運びじゃない」


 俺はニヤリと笑った。


「お前の任務は二つだ。

 一つは、タイタン商事の巨大倉庫に入り込み、内部から座標を確保すること。

 奴らが市場を独占するために溜め込んでいる在庫……その全てを、俺たちのものにする」

「そしてもう一つは……東京のど真ん中で、派手に動いて囮になることだ」

「囮……ですか」

「そうだ。お前が東京で微弱なスキル反応や騒ぎを起こせば、サードアイの目はそちらに向く。

 その隙に、俺はこの拠点で安全に過ごせるというわけだ」

「……つまり、俺は敵陣のど真ん中で、サンドバッグになれと?」

「人聞きが悪いな。エリート・デコイと呼べ」


 1号は諦めたように肩を落とした。

 だが、その目には奇妙な覚悟が宿っていた。

 彼は知っているのだ。

 自分が働けば働くほど、本体である俺が強くなり、1000億というゴールに近づくことを。


「……分かりました。やってやりますよ」


 1号は高橋が手配した偽造書類を鞄に詰め込み、田中としての顔を作った。

 最強のトロイの木馬にして、最高級の囮。

 新たな戦場へと、1号が放たれた。


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