第27話 物理的清算
深夜。
埼玉拠点、5階リビング。
俺はコタツに足を突っ込んだまま、モニター越しに指令を出す。
「いいか、今夜で全て終わらせる。ターゲットは二つ。優先順位は、カサネ屋が先だ」
テーブルを囲むのは、高橋、レオン、ロザリー、ソフィアの四人。
彼らは黒い戦闘装束に身を包み、静かに立っていた。
「あそこは俺をモノとして売り飛ばした、すべての因縁の始まりだ。データという鎖を断ち切る前に、まず恨みを清算する」
俺はレオンを見た。
彼は胸を張って、大盾を鳴らす。
「レオンの胃袋を最大容量まで使わせてもらうぞ」
「御意! 私の体こそ、マスターの愛を収める最高の金庫! 存分にお使いください!」
レオンが恍惚とした表情を浮かべる。
彼の腹の中には、3億の【無限収納庫】が眠っている。
「ロザリーとソフィアは護衛。高橋は運転と侵入経路の確保だ。行くぞ」
「了解。夜中の襲撃は得意よ」
高橋が小さく頷く。彼女は元産業スパイだ。この種の仕事は本職だろう。
夜が深まる東京。
カサネ屋の事務所は、古い雑居ビルの地下にあった。
俺はモノクルを通し、事務所内に侵入させた斥候蜘蛛の映像をモニターで確認する。
「侵入します」
高橋が囁く。
彼女が工具を取り出すと、ロックは音もなく外れた。
地下の事務所は、蛍光灯が落ちたオフィスがさらに陰湿だ。
「まずはカメラよ。レオン、回収」
高橋が天井を指差す。
事務所内には数台の防犯カメラが設置されている。
レオンは優雅な動作で手をかざした。
シュンッ。
天井に埋め込まれていたドーム型のカメラが、筐体ごとレオンの亜空間へと消滅する。
「よし。監視の記録は残らないわ。行くわよ」
高橋が指示を出す。
彼女たちの動きに迷いはない。
まるで、最初からそこに何があるか知っていたかのように、奥の金庫室へ向かう。
「ターゲット確認。金庫室とサーバーラックだ。全て回収」
高橋がテキパキと指示を出す。
金庫室の前で、ロザリーとソフィアが護衛の陣形を敷く。
「レオン、金庫室の壁の向こう側だ。一括回収」
「承知いたしました! いただきます!」
レオンが金庫室の壁全体に向かって手をかざす。
彼は鋼鉄の壁を無視し、レオンの腹部を中心に発生した亜空間の渦が、部屋の中の全ての物品を狙う。
ゴポッ……シュンッ。
金庫の中に収められていた現金、証券、違法な書類の束、そして何よりも重要な顧客データが詰まったサーバーが、鋼鉄の壁を透かして一瞬で回収された。
金庫の扉は閉ざされたままだが、中身は空っぽだ。
次に、事務所のオフィス部分。
高橋がテキパキと指示を出す。
「デスクのPC。ファイルキャビネット。全て回収」
レオンがオフィスを歩き、手をかざすたびに、家具とデータが消滅していく。
「監視カメラ、PC、電話機、全てね。これで証拠はゼロよ」
高橋が満足げに告げる。
カサネ屋の事務所は、壁と床以外、文字通りもぬけの殻になった。
彼らはもう、二度とビジネスを再開できない。
過去の債務記録も、現在の違法なデータも、全てレオンの胃袋の中で永遠に凍結された。
「ターゲット1、完了よ」
高橋がインカムで報告を入れる。
彼女とアバターたちは、この後すぐに次のターゲットであるクロノス本社へ向かう。
『了解。お前たちは次の座標へ。1号は既に動いている』
俺は埼玉のコタツで、視界を切り替えた。
右腕が修復されたスーツ姿の1号が、人気の少ない裏道で誰かの後をつけている。
次のターゲットは、闇金の社長、大山だ。
同時刻。
東京都内を走る高級セダンの中。
ハンドルを握る男の名は、大山。
表向きは金融コンサルタントを名乗っているが、その正体は闇金『カサネ屋』の代表だ。
かつて俺を「3300万の債権」としてクロノス社に売り飛ばし、地獄へ突き落とした張本人である。
上機嫌だった彼のスマホが鳴ったのは、その時だった。
契約している警備会社からだ。
「はい、大山だ」
『夜分に恐れ入ります。……あー、社長。事務所の件なのですが』
オペレーターの声が、妙に歯切れが悪い。
『先ほど、事務所からの信号が……その、全て途絶えました』
「あ? 誤作動か? 警報は鳴ったのか?」
『いいえ、警報信号も来ません。
監視カメラの映像、火災報知器のパルス、電話回線の応答……
全てが、一瞬で「ロスト」しました。
異常信号すら出さずに、ただ反応だけが消えたんです』
「……は?」
大山は眉をひそめた。
停電か?
いや、予備電源が作動するはずだ。
機器の故障にしては、全システム同時というのはおかしい。
「……分かった。今から帰るところだ。確認しておく」
大山は通話を切り、舌打ちをした。
(クソッ、システムの不具合か? 安物を使わせやがって)
彼はまだ、事態の深刻さを理解していない。
ただの機器トラブルだと思い込み、ハンドルを切った。
向かう先は、事務所ではない。
こんな時間にトラブル対応など御免だ。
今日は自宅に帰って寝て、明日の朝、部下に叩き起こさせて確認させればいい。
数十分後。
都内の高級住宅街。
大山は自宅のガレージに車を滑り込ませた。
「……なんか、胸騒ぎがするな」
彼はふと、背筋が寒くなるのを感じた。
事務所の件が、妙に引っかかっている。
念のため、自宅のセキュリティレベルを最高に上げた。
窓のシャッターを下ろし、電子ロックを二重にかける。
「ふぅ……」
リビングに入り、彼はネクタイを緩めた。
妻と娘は2階で寝ている。
静寂に包まれたリビング。
彼は一番奥、窓から見えない位置にあるソファにどかっと腰を下ろした。
「……今日はもう寝るか」
彼がリラックスして、サイドテーブルのブランデーに手を伸ばした、その時だった。
庭の植え込みの陰。
修理を終え、完全なステルス状態で待機していた1号が、その瞬間を見逃さなかった。
『マスター、ターゲット確認。リビングのソファで静止しました』
埼玉のコタツで待機していた俺の脳内に、1号の視界がリンクする。
ARウィンドウ越しに、ソファでくつろぐ大山の姿が、赤いヒートマップとして表示される。
「……捉えたぞ」
俺はコタツから立ち上がり、足元の工具箱を開けた。
冷たい鉄の感触。
俺がこの復讐のために買い溜めていた、無骨な鉄杭を2本、手に取る。
「座標固定」
1号の目が、大山の位置をミリ単位で特定する。
壁一枚隔てた向こう側。
油断しきっている男の顔。
「まずは一本目……挨拶代わりだ」
俺はスキルを発動する。
「【配送】――ターゲット、壁際!」
ズクン。
脳に走る負荷と共に、夜の闇へ殺意が放たれた。
同時刻、大山の自宅。
ドスッ!!
ソファの背後の壁に、乾いた音が響いた。
大山は心臓が止まるかと思い、悲鳴を上げて飛び退く。
音の発生源は、壁。
彼の頭があった場所の、数センチ上だ。
壁に、黒い鉄の杭が一本、深々と突き刺さっていた。
「な、なんだ……!?」
大山は腰を抜かしそうになりながら、その杭を見た。
窓も割れていない。
警報も鳴っていない。
壁をすり抜けて、突如として「凶器」が出現したのだ。
大山は青ざめた顔で、その杭を恐る恐る抜き取った。
杭には、折りたたまれた紙片が結びつけられていた。
彼は震える指でそれを開き、読み上げる。
「き、貴様が……売った、人間の……対価……だ……」
その文字を読み終えた瞬間。
彼は完全に理解した。
これは、ただの強盗ではない。
怨恨だ。
だが、誰だ?
裏稼業だ、恨まれる心当たりなど山ほどある。
大山はパニックになり、次の行動を考えるため、顔を上げた。
その瞬間。
ドスッ!!
音は、彼の顔の真横から響いた。
頭を10センチも動かせば、側頭部を貫いていたであろう位置。
2本目の鉄杭が、枕代わりのクッションに深々と突き刺さっていた。
そして、その杭の先端には、小さく丸められた別の紙片が巻き付いている。
「ひぃッ……!?」
大山は呼吸を忘れた。
超常的な力で、自分が最も安心できる場所が、容易に突破されている。
しかも、いつでも命を奪えたのに、あえて外したのだ。
彼は血の気を失った顔で、2本目の杭に巻き付いていた紙片を引き剥がし、読み上げた。
そこに書かれていたのは、たった一行の数字だった。
『 33,800,000円 』
3300万円の債務と、80万円の架空医療費。
その正確すぎる金額。
大山の脳裏に、1年前の記憶がフラッシュバックする。
金に困り、妹のような女の治療費を乞い、最後には自身の身柄ごと売り払われた、あの冴えない男の顔が。
「……九条、真也……?」
彼は膝から崩れ落ちた。
杭の隣。
その枕元には、小さな紙片がもう一つ転がっていた。
そこには、恐ろしいほどの正確さで「九条真也の新しい借用書」のデータが書き込まれていた。
債務額:0円。
だが、その下に、追記されていた。
「債務者:大山社長(カサネ屋)」
「債務額:33,800,000円(慰謝料及び機会損失分)」
(……契約が逆転している……!?)
ありえない。
あのゴミのような男に、こんな力があるはずがない。
だが、現実に杭は突き刺さり、事務所は消滅した。
彼は恐怖で震えながら、助けを求めてスマートフォンを手に取った。
警察か、それとも暴力団か。
誰でもいい、助けてくれ。
その時だった。
窓の外で、微かな人影が動いた。
大山が震える目で窓を睨む。
庭先の暗闇。
そこに立っていたのは、スーツ姿の男だ。
彼は、窓の格子越しに、大山を無表情で見つめていた。
九条真也。
「ひぃっ……!!」
大山は悲鳴を上げ、スマホを取り落とした。
彼は悟った。
自分が最も安心できる場所が、すでに敵の支配下にあることを。
そして、この男からは、もう二度と逃げられないことを。




