第21話 崩壊する連携と、コタツの現場監督
週末の早朝。
Cランクダンジョンの正面ゲート前は、いつになく騒然としていた。
粗野な男たちの怒号や、装備が擦れ合う金属音ではない。
どよめきだ。
何か場違いなものを見た時に生じる、困惑と好奇心の混ざったざわめき。
その中心にいたのは、4人の男女だった。
「……おい、なんだあれ」
「モデルか? 映画の撮影じゃないのか?」
周囲の探索者たちが、呆気にとられた顔で噂し合う。
先頭を歩くのは、輝くような金髪の騎士。
身長190センチを超える恵まれた体躯に、仕立ての良いフルプレートアーマーを纏っている。
兜を小脇に抱え、爽やかな笑顔を振りまくその姿は、絵本から飛び出してきた勇者そのものだ。
その背後には、対照的な二人の女性。
一人は、身の丈ほどある杖を抱えた銀髪の少女。
フリルのついたゴシックドレスは、泥臭いダンジョンにはあまりに不釣り合いだが、その可憐さは人形のように整っている。
もう一人は、慈愛に満ちた聖女のような美女。
純白の修道服の上からでも分かる豊満な肢体と、柔らかな微笑みは、すれ違う男たちの視線を釘付けにしていた。
そして、彼らを率いるのは、黒髪を一つに束ねた眼鏡の女性。
知的で冷ややかな美貌を持つ彼女が、受付カウンターにIDカードを提示する。
「パーティ名『ファントム』。チェックインお願いします」
受付嬢が頬を赤らめながら端末を操作し、少し意外そうな声を上げた。
「確認しました。……Dランクパーティですね? 本日は第3層までの探索許可が出ています」
Dランク。
その言葉に、周囲の空気が少しだけ緩んだ。
「なんだ、Dかよ」
「見掛け倒しか」
「金持ちの道楽じゃねえの?」
嫉妬混じりの嘲笑が漏れる。
だが、黒髪の女性――高橋は、そんな雑音など聞こえていないかのように涼しい顔でゲートを通過した。
背後の美形3人も、優雅にそれに続く。
完璧な行進だ。
外見だけは。
「……胃が痛い」
ダンジョンの薄暗い通路に入った瞬間、高橋が小さな声で呻いた。
「なんなのよ、この晒し者状態は。目立ちすぎでしょ」
『宣伝効果は抜群だ。掴みとしては悪くない』
彼女のインカムから、俺の声が響く。
俺は埼玉拠点の5階、自宅のリビングで、モニター越しにその光景を眺めていた。
手元にはコーラとポテチ。
完全なる高みの見物だ。
『それに、Dランクスタートは都合がいい。実力を隠して油断させ、成果で黙らせる。王道のサクセスストーリーだ』
「他人事だと思って……」
高橋は恨めしげに天井を睨んだが、すぐに気を取り直して部下たちに向き直った。
「いい? これから実戦テストを行うわ。人目のないエリアまで移動するから、それまでは余計なことをしないでね」
「御意、リーダー!」
金髪の騎士、レオンが良い声で応える。
「承知いたしましたわ」
銀髪のロザリーが杖を回す。
「はいはい、分かりましたよ」
聖女ソフィアが艶然と微笑む。
返事はいい。
見た目もいい。
だが、俺と高橋だけは知っている。
こいつらが、とんでもない欠陥品であることを。
人目を避けて30分ほど歩き、Cランクダンジョンの未探索エリアに到着した。
ここなら誰にも見られない。
「ストップ。敵影確認」
高橋が足を止める。
通路の奥から、オークの集団が現れた。
3匹。
手頃な相手だ。
「まずは基本の連携を確認するわ。レオン、前へ。敵を引きつけて」
「お任せを! 私の輝きで、彼らの視線を独り占めしてみせましょう!」
レオンが勇ましく突進する。
オークたちが唸り声を上げ、棍棒を振りかぶった。
普通なら、ここで盾を構えるか、回避行動を取る。
だが、レオンは両手を広げ、無防備な胸板を晒した。
「さあ来い! 私の身体に刻んでくれ!」
ドガァッ!
「ぐはぁっ……!?」
鈍い音と共に、レオンが吹き飛ばされた。
壁に激突し、そのまま地面に転がる。
「ちょっ、何してるの!?」
高橋が叫ぶ。
だが、レオンは口元を血で汚しながら、恍惚とした表情で立ち上がった。
「素晴らしい……! 鎧を着ているのが惜しいくらいの衝撃だ! もっと! もっと私を壊してくれ!」
彼は鎧を脱ぎ捨てようと留め金に手をかけ始めた。
防御を放棄し、生身で快楽を受けようとしている。
狂気だ。
「邪魔ですわ!」
後方でロザリーが叫ぶ。
「あんなふらふらしたのが前にいては、射線が通りませんの! まとめて消し炭にしますわよ!」
彼女の杖の先端に、極大の火球が膨れ上がる。
その照準は、オークだけでなく、その目前にいるレオンをも完全に捉えている。
「待って! 味方がいるのよ!」
「小さな犠牲ですわ! 芸術には爆発が必要ですの!」
「ソフィア! 止めて! あるいはレオンを回復!」
高橋が悲鳴に近い指示を飛ばす。
だが、ソフィアは腕を組み、冷めた目で戦況を眺めていた。
「却下します。まだ死にませんね」
「死ぬわよ!?」
「死なない程度に痛めつけられた方が、学習するんじゃないですか? それに、あと一撃食らえば瀕死ボーナスで回復効率が上がります。今は放置で」
「鬼かあんたは!」
戦線は崩壊した。
レオンは全裸になりかけながら敵に抱きつき、ロザリーは味方ごと焼き払おうとし、ソフィアはニヤニヤしながらそれを見ている。
オークたちの方が、あまりの奇行に引いているようにさえ見えた。
「無理! もう無理!」
高橋が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「まともなのが一人もいない! 私が死ぬわ!」
モニター越しの俺も、こめかみを押さえた。
AIの性格設定が、最悪の形で噛み合ってしまっている。
まともな指揮官なら、即座に解散を宣言するレベルだ。
だが、俺はまともじゃない。
そして、こいつらもまともじゃない。
なら、やり方は一つしかない。
俺はマイクのスイッチを入れた。
『……貸せ、高橋。俺が指示を出す』
「できるの!?」
『やってみる。こいつらのトリセツは、俺の頭の中にしかない』
俺はモニターを睨みつけ、彼らの歪んだ欲望に合わせた、最適なコマンドを思考した。
『おいレオン、聞こえるか』
「はい、オーナー! 見ていただけましたか、今の受けっぷり! 鎧が邪魔で……」
『0点だ。お前が敵を逃がせば、その攻撃は高橋に向かう。そうなれば、お前が受けるはずだった痛みは、高橋のものになる』
レオンの手が止まった。
顔色がサアッと変わる。
『お前は、自分の快楽を他人に譲るのか? そんなに欲のない男だったか?』
「……まさか! この痛みは私だけのものです! 誰にも渡しません!」
『なら、敵を一歩も通すな。全ての攻撃を独り占めしろ。敵に張り付け。離れるな。お前の身体で敵の視界を埋め尽くせ』
「なるほど……! 独占欲ですね! 燃えてきました!」
レオンが脱ぎかけた鎧を締め直し、雄叫びを上げてオークに突進した。
今度は盾で殴りつけ、足で絡みつき、文字通り敵にへばりつく。
異様な気迫に、オークたちがたじろぐ。
『ロザリー。レオンを爆心地にしろ』
「あら? よろしいんですの?」
『あいつなら耐える。というか、喜ぶ。遠慮なく撃ち込め』
「変態ごと燃やしていいんですの? なんて素敵な職場ですの!」
ロザリーが歓喜の声を上げ、杖を振り下ろした。
爆炎が炸裂する。
オークの断末魔と、レオンの歓喜の叫びが同時に響き渡る。
『ソフィア』
「はいはい。まだ回復しませんよ?」
『タンクを死なせるな。あいつが死んでレベル1に戻ったら、再育成のコストと手間は、お前の人事評価から引くぞ』
ソフィアの眉がピクリと動いた。
『それに、壁役が不在になれば、次の実験でお前が前衛に出るハメになる。貴重な魔力を、野蛮な肉弾戦で消費したいか?』
「……チッ」
ソフィアが舌打ちをした。
美しい顔が台無しだ。
「仕方ありませんね。私が前線に出るなんて、非効率の極みです。……ほら、回復してあげますから、さっさと立ちなさい肉壁!」
光が降り注ぐ。
黒焦げだったレオンが一瞬で再生し、ゾンビのように復活する。
「ああ、癒やしと痛みの永久機関……! 私は無敵だ!」
レオンが笑い、ロザリーが爆破し、ソフィアが舌打ちしながら回復する。
地獄絵図だ。
だが、オークたちは手も足も出ず、一方的に蹂躙され、塵となって消えていった。
『……どうだ、高橋』
俺はスピーカー越しに尋ねた。
「……最低の光景ね」
高橋は引きつった顔で呟いた。
「でも、強いわ。悔しいけど」
殲滅速度は、同ランクのパーティとは比較にならない。
個々の狂気が奇跡的に噛み合い、最強のシステムとして機能している。
道中の攻略は、まさに暴力の嵐だった。
第2階層。
湿地エリアに出現したのは、リザードマンの群れだ。
鱗に覆われた俊敏な戦士たちが、槍を構えて襲いかかってくる。
「敵襲! 前衛、展開!」
高橋の指示より早く、レオンが飛び出した。
盾を構えることすらしない。
両手を広げ、リザードマンの槍衾へとダイブする。
ズプッ、ズププッ!
数本の槍が、レオンの鎧の隙間を貫き、肉に食い込む。
「んんっ……! 鋭い! だが愛が足りない!」
レオンは串刺しにされたまま、リザードマンを抱きしめて動きを封じた。
普通なら即死、あるいは戦闘不能だ。
だが、彼は恍惚とした表情で敵を固定している。
「ロザリー、今ですわよ!」
「あら、汚らわしいトカゲが私の盾に張り付いていますわ! 邪魔ですので消毒します!」
ロザリーが杖を振るう。
詠唱破棄。
放たれたのは、狭い通路を埋め尽くすほどの火炎旋風だ。
「ちょっ、待っ……!」
高橋が制止する間もなく、炎がレオンごとリザードマンを飲み込んだ。
断末魔と、レオンの歓喜の叫びが重なる。
炎が晴れた後には、炭化したリザードマンと、黒焦げで湯気を立てるレオンが残っていた。
「……生きてる?」
高橋が恐る恐る近づく。
「……最高でした。少し焦げ臭いのが玉に瑕ですが」
レオンは平然と立ち上がった。
そこにソフィアが近づき、太い注射器を首筋に突き立てる。
「はい、回復薬です。さっさと歩いてください、死ぬ暇はありませんよ」
瞬時に傷が塞がり、レオンの肌ツヤが良くなる。
文字通りのゾンビ戦法だ。
「……めちゃくちゃね」
高橋は頭を抱えたが、足は止めなかった。
殲滅速度は異常だ。
通常なら慎重に進むべきエリアを、彼らは散歩でもするかのように踏み荒らしていく。
そして、開始からわずか1時間。
俺たちは最下層、ボス部屋の前に到達していた。
「……早すぎるわ」
高橋が息を整えながら呟く。
通常のパーティなら、1泊2日はかかる道のりだ。
「ここね」
巨大な鉄扉の前。
中からは、獣の強烈な臭気と、重苦しいプレッシャーが漏れ出している。
「開けるぞ」
俺の合図で、レオンが扉を押し開けた。
「グオオオオオオッ!!」
咆哮が空気を震わせる。
部屋の中央に鎮座していたのは、身の丈5メートルを超える巨躯。
ハイ・オークジェネラル。
全身をミスリルの鎧で固め、巨大な戦斧を携えた豚の王だ。
取り巻きとして、ハイ・オークが10体。
Cランクダンジョンのボスとしては、破格の戦力だ。
「かかれ!」
高橋が叫ぶ。
乱戦の火蓋が切って落とされた。
「将軍! 私と勝負です!」
レオンが単身、ジェネラルに突っ込む。
戦斧が振り下ろされる。
レオンは盾で受け――ず、肩口で受け止めた。
ガギィン!!
「重い! これぞ王の重み!」
鎧がひしゃげ、血飛沫が舞う。
だがレオンは倒れない。
斧を筋肉で挟み込み、ジェネラルの動きを止める。
「チャンスですわ! まとめて吹き飛びなさい!」
ロザリーが最大火力の爆裂魔法を詠唱し始める。
だが、ジェネラルは馬鹿ではない。
レオンを強引に振り払い、その巨体に見合わぬ俊敏さで跳躍した。
「速い!?」
ジェネラルは壁を蹴り、後衛のロザリーとソフィアへ狙いを定めた。
レオンは鈍足で追いつけない。
ロザリーは詠唱中で動けない。
「しまっ……!」
高橋がワイヤーを伸ばすが、距離が遠い。
このままでは、後衛が潰される。
『高橋!』
インカムから俺の怒号が飛ぶ。
『お前がリーダーだろ! そのスキルは飾りか!』
その言葉に、彼女の目が覚めた。
そうだ。
ただ守られているだけの姫じゃない。
この狂人たちを従える、女王になるのだと決めたはずだ。
「……舐めないで!」
高橋が地面を蹴った。
いや、蹴ったのは何もない空間だ。
【エア・ウォーク】。
彼女の身体が、重力を無視して空へと駆け上がる。
ジェネラルの頭上を飛び越え、背後の空間へ。
そこに見えない足場を作り、さらに跳躍。
「そこッ!」
彼女はジェネラルの周囲を、目にも止まらぬ速さで乱舞した。
右へ、左へ、上へ。
空中に無数の足場を作り、そこを支点にして鋼糸を張り巡らせていく。
ただの線ではない。
空間そのものを縫い合わせるような、立体的な蜘蛛の巣。
「落ちなさい!」
高橋が空中で身体をひねり、全てのワイヤーを一気に引き絞った。
張り巡らされた鋼糸が、ジェネラルの手足、首、そして武器に、あらゆる角度から食い込む。
空中で突進の勢いを殺され、四肢を強制的に広げられた豚の王は、そのまま縫い留められるようにして宙吊りになった。
「グガッ……!?」
完全な拘束。
空中の支点を利用した、3次元の捕縛術。
「今よ! 撃ちなさいロザリー!」
「仰せのままに! エクスプロージョォォォン!!」
ロザリーが杖を振り下ろす。
溜めに溜めた魔力が、奔流となってジェネラルを飲み込んだ。
閃光。
そして、轟音。
部屋全体が揺れ、熱波が吹き荒れる。
高橋は空中の足場に避難し、涼しい顔でそれを見下ろしていた。
やがて煙が晴れると、そこには半身を炭化させ、消滅していくジェネラルの姿があった。
完全勝利だ。
「……ふぅ」
高橋が空からふわりと降り立つ。
その着地は、音もなく優雅だった。
「素晴らしい拘束プレイでした、リーダー! 新しい扉が開きそうです!」
黒焦げのレオンが親指を立てる。
「いい花火でしたわ。またお願いしますわね」
ロザリーが満足げに笑う。
彼らの視線には、先ほどまでの侮りはなかった。
狂人たちなりに、彼女の実力を、リーダーとしての格を認めた証だ。
『……上出来だ』
俺はコタツの中で、ポテチのカスを払いながら呟いた。
個々の火力はアバターが上だが、戦況を支配し、勝利へ導いたのは間違いなく高橋だ。
彼女への投資は、無駄ではなかった。
……
夕刻。
ギルドの受付カウンターが、再び騒然となっていた。
「嘘だろ……Cランクボス討伐確認?」
「朝行って、もう帰ってきたのか!?」
どよめく探索者たちの中心で、高橋は堂々と戦利品の巨大な魔石を提出していた。
その背後には、傷一つない3人の美形アバターが控えている。
記録更新。
無傷での帰還。
そして、圧倒的なビジュアル。
「ファントム・ロジスティクス……?」
「聞いたことねえな。金持ちの道楽か?」
「いや、あのタイムはまぐれじゃ出せねえぞ……」
嫉妬、困惑、そして僅かな畏怖。
まだ英雄としての称賛はない。
だが、得体の知れない不気味な実力者集団として、その名は確実に刻まれた。
俺は自宅のモニターでその様子を見届け、静かにウィンドウを閉じた。
「種は撒いた。次は芽を出させる番だ」
実績は作った。
これで、ようやくスタートラインだ。
このブラック企業、ギルドが、この業界をどう侵食していくか。
俺は新しいコーラを開け、モニターの向こうの社員たちに乾杯した。




