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3,300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1,000億稼ぎます  作者:


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第15話『深淵の商人と、見抜かれた“蜘蛛”』

 22時05分。

 港区、西麻布。

 会員制バー《アビス》。

 重厚な扉の奥、紫煙の漂うカウンターで、商談は静かに行われていた。


 俺は自宅のベッドの上で、スマホの画面を凝視している。

 そこに映っているのは、緊張した面持ちで座る高橋の横顔と、カウンター越しの老紳士だ。


 高橋が震える手で、鞄からハンカチ包みを取り出す。

 俺が昼間、彼女に押し付けたBランク魔石のサンプルだ。


「……紹介状代わりの品だと、聞いていますが」


 老紳士が白い手袋をはめ、恭しく包みを開く。

 照明の下、漆黒の結晶が露わになった瞬間。

 老紳士の目が、スッと細められた。


「……ほう」


 彼は無言でルーペを取り出し、魔石を覗き込む。

 数秒の沈黙。

 店内の空気が張り詰める。

 高橋が息を呑む音が、マイク越しに聞こえる。


 やがて、老紳士はルーペを置き、深く息を吐いた。


「……見事です。これほどの純度を保ったシャドウ・ストーカーの魔石、市場に出回ることはまずありません。物理攻撃で砕くことも、魔法で焼くこともせず、核だけを綺麗に摘出している」


 老紳士は懐から万年筆を取り出し、コースターの裏に数字を書いた。

 それを滑らせ、高橋の前に提示する。


『 300,000 』


「……っ!?」


 高橋が絶句した。

 俺も、スマホの前で目を見開いた。


 30万。

 俺が神マケの相場で見ていた15万の、倍だ。

 やはり、神マケの相場はあくまで標準価格。

 プロのルート、それも極上品を評価できる目利きの商人を通せば、価値はここまで跳ね上がる。


「紹介者の方に、よしなにお伝えください。この品質で安定供給できるなら、当店は喜んで買取をさせていただきます」


 老紳士の言葉に、高橋は曖昧に頷くことしかできない。

 彼女もプロだ。

 この提示額が、どれほど異常なものか理解している。

 そして、それをサンプルとして無造作に送りつけてきた俺という存在の底知れなさに、恐怖している。


 商談は終わった。

 高橋は逃げるように店を出た。


(……勝った)


 俺はベッドの上で拳を握った。

 30万。

 このルートさえあれば、俺の資産形成スピードは倍になる。

 小杉の小遣い稼ぎなど、もう目じゃない。


 高橋が路地裏に入った。

 人目につかない場所まで来たところで、彼女が立ち止まる。

 俺は次の指示を送る準備をした。

 よくやった。次は、その30万を現金で受け取れ。

 そうメッセージを送ろうとした、その時だ。


 画面の中の高橋が、ふと振り返った。

 そして、俺の視界――彼女のコートの裾に張り付いていた斥候蜘蛛――を、迷いない手つきで掴み取った。


「……ッ!?」


 視界が揺れる。

 彼女の顔が、画面いっぱいに映し出される。

 その瞳に、怯えの色はない。

 あるのは、冷徹な計算と、覚悟を決めたプロの光だ。


「……聞こえてるんでしょ? 覗き魔さん」


 彼女は蜘蛛のレンズを睨みつけ、静かに告げた。


「オフィスの引き出しに、接触せずに物を入れる手口」

「社内で唯一、『配送』なんていうふざけた名前のスキルを持っている人間」

「そして、ここ数日で急に残業が増え、コソコソと嗅ぎ回っていた影」


 彼女の唇が、冷酷な答えを紡ぐ。


「……物流管理課の、九条 真也くん。あなたね?」


 心臓が凍りついた。

 バレた。

 魔法的な探知じゃない。

 彼女は社内の人間、そのスキル情報を事前に把握していたんだ。


 俺がFランクのゴミだと油断していたが、彼女にとって物を送るという現象と配送スキルを結びつけるのは、造作もないことだった。

 俺は指先を硬直させたまま、画面を見つめることしかできない。


 彼女は蜘蛛を握り潰さなかった。

 代わりに、フッと口元を緩めた。


「……驚いたわ。Fランクのゴミスキルだなんて報告書には書いてあったけど。まさか、Bランクの魔石を調達できるルートを持っていたなんて」


 彼女は30万の入った封筒と、蜘蛛を交互に見る。


「通報はしないわ。あなたに私の秘密を握られている以上、私もあなたを売れない。……でしょ?」


 相互確証破壊。

 俺が彼女の正体をバラせば、彼女は俺の正体と能力を会社にバラす。

 泥沼の刺し違えだ。

 ROI最悪の結末。


 彼女はそれを理解した上で、取引を持ちかけてきた。


「提案があるの」


 彼女はレンズに向かって、指を二本立てた。


「私が、あなたの専属ブローカーになってあげる。この商人は、一見さんとは取引しない。私の顔が必要なはずよ」

「その代わり……売上の20%。手数料として私が貰うわ」


 20%。

 俺の稼ぎの二割を、ただ仲介するだけで掠め取るというのか。

 1000億稼げば、200億だ。

 ふざけるな。


 俺は配送で答えを送る。

 紙片が虚空から現れ、彼女の手に収まる。


『高いな。右から左へ流すだけで2割か? お断りだ』


 彼女はメモを読み、小さく笑った。


「あら、そう? じゃあ、この30万も私が貰っちゃうけど。それに、あなたの正体がバレるのも時間の問題かもね?」


 彼女は余裕の笑みを崩さない。

 だが、俺には分かっていた。

 彼女も必死なのだ。

 彼女のようなスパイが、ただの小遣い稼ぎのために俺と組むわけがない。

 もっとデカい、自分一人では抱えきれない何かを狙っているはずだ。


 仕方ない、配送で答える。


『手数料は5%だ。それ以上は出さん』


 彼女の眉がピクリと動く。


「5%? 冗談でしょ。リスク管理費にもならないわ」

『なら、決裂だな。俺は別のルートを探す。お前の秘密を会社にバラしてからな』


 俺が通話を切ろうとした、その瞬間。

 彼女が焦ったように声を上げた。


「……待って。条件があるわ」


 来た。

 これが本題だ。


「5%にしてあげる。その代わり、私の本業を手伝って」

『本業?』

「B級ダンジョンの最奥にある、会社の隠し金庫から、ある物を盗み出す手伝いをしてほしいの」


 彼女は声を潜め、とんでもないことを口にした。


「中身は、Aランク素材『ドラゴンの欠片』。推定価格、一つ100万クレジット」

「100万……!?」


 桁が違う。

 Bランクの7倍近い単価だ。


「会社が違法に保管している在庫よ。これを盗み出したいんだけど、私一人じゃ運べないの。荷物持ちを雇おうにも情報が漏れる恐れがあるし、あなたならきっと腕も立つし口が硬いから大丈夫よね?」


 俺は即座に断ろうとした。

 危険すぎる。

 Bランクがうろつく場所に、生身で行けというのか。


 だが、脳内の計算機が別の答えを弾き出した。

 100万のAランク素材。

 それが山のように眠る金庫。


 もし、俺が現地に行って、その金庫の座標を登録してしまえば?

 次からは、危険を冒して現地に行く必要はない。

 自宅のベッドから、安全に、その100万の宝石を抜き放題になる。


 それにBランクダンジョンの最奥の座標も取得できる。

 しかも、現地での使用なら、俺のFランク【配送】が使える。

 ユニークスキル【ワールド・デリバリー】を使う必要がない。

 最近上昇し続けている国家探知危険度を気にせず、Fランクの公式スキルのフリをして、堂々と仕事ができる。


 リスクはある。

 だが、リターンが破格すぎる。

 これは、将来の1000億のための種まきだ。


 俺は一呼吸置き、返事を送る。


『いいだろう。ただし、条件がある』

『俺は戦闘には参加しない。お前が前衛で敵を排除しろ。俺は後ろから、荷物を運ぶだけだ』


「成立ね。頼りにしてるわ、パートナー」


 彼女は満足げに微笑み、蜘蛛をポケットにしまった。

 俺はベッドの上で、天井を見上げた。


 嫌々ながらの同伴出勤だ。

 だが、この仕事が終われば。

 俺の手元には、Aランク素材の供給源という、最強の鉱脈が残るはずだ。

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