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3,300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1,000億稼ぎます  作者:


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13/65

第13話 可視化された死線と、単価15万のドル箱

 左目の視界が、電子的な青一色に染まっている。

 対照的に右目の裸眼は、薄暗く狭いワンルームの天井を映していた。


 俺は安物のベッドに横たわったまま、この2つの世界を同時に処理している。

 以前であれば、Bランクモンスターと対峙しただけで脳が焼き切れるような負荷を感じていた。

 だが今は違う。

 あるのは、冷徹なまでの全能感だけだ。


(……来たか)


 左目の視界に浮かぶARウィンドウ。

 その中で、赤く発光するターゲットボックスに捉えられた影が動いた。


 シャドウ・ストーカー。

 第3階層のキャンプ地周辺を徘徊する、Bランクの悪夢だ。

 実体を持たず、物理攻撃をすり抜け、不可視の精神攻撃で探索者を廃人にする死神。

 だが、今の俺にはただのデジタル信号にしか見えない。


 怪物の輪郭がブレる。

 その頭上から、紫色の波紋が同心円状に広がり始めた。

 精神汚染攻撃だ。


 200万の設備投資をする前なら、気付くことすらできずに脳を焼かれ、のたうち回っていた不可視の恐怖。

 けれど、今の俺にはすべてが視えている。

 左目のレンズを通した視界には、その攻撃範囲、伝播速度、到達時間がすべて数値として表示されていた。


《警告:精神汚染波、到達まで1.2秒》

《対象エリア:蜘蛛No.3、No.4》


(……遅い)


 俺は指先一つ動かさず、脳内でコマンドを送る。

 蜘蛛No.3とNo.4のリンクを一時遮断。


 プン、という軽い電子音と共に、その2つの映像がブラックアウトする。

 直後、紫色の波紋がそのエリアを通り過ぎていく。

 精神攻撃が空振るのが見えた。


 波が去ったコンマ1秒後、俺は再びリンクを接続する。

 映像が復旧する。

 蜘蛛は何のダメージも受けていない。

 精神を持たない機械の蜘蛛にとって、あの波はただのノイズに過ぎない。

 それを知覚している俺の脳さえ繋がっていなければ、何の影響もないのだ。


(……くだらないな)


 恐怖とは、無知が生み出すバグだ。

 可視化され、対処法が確立された瞬間、それは恐怖ではなく単なる作業へと成り下がる。


 さあ、こちらの番だ。

 俺は工具箱から鉄杭を1本、手元に引き寄せる。

 右手のひらに伝わる冷たい鉄の感触だけが、ここが現実だと教えてくれる。


 左目のAR視界で、シャドウ・ストーカーを凝視する。

 剣も銃も効かない幽霊のような影。

 だが、モノクルの高度な画像解析処理は、その揺らめく影の奥にある、針の先ほどの歪みを特定していた。


《弱点解析:霊核座標固定》


 赤い十字の照準が、影の心臓部に吸い付くように重なる。

 まるでゲームのオートエイムのような補正だ。

 俺の震える指先や、呼吸によるわずかなズレを、モノクルの演算機能が予測し、補正し、最適な未来位置を弾き出す。

 そこへ、霊体にも干渉可能な異世界の鉄杭を叩き込む。


「【配送】」


 ズクン。

 慣れ親しんだ脳への負荷。

 だが、今の俺には心地よい反動でしかない。

 画面の向こうで、シャドウ・ストーカーが反応する暇もなかった。


 影の中心に、突如として鉄の杭が出現する。

 物理的な衝撃ではない。

 存在を固定する楔が霊核を貫き、その構成情報を強制的に崩壊させたのだ。


 ガラスを爪で引っ掻いたような断末魔が響く。

 だが、それも一瞬で途切れた。

 影の輪郭が霧散し、黒い粒子となってダンジョンの空気に溶けていく。

 あとに残されたのは、地面に突き刺さった鉄杭と――

 その横に転がる、闇を凝縮したような黒い結晶だけ。


 一撃。

 完全なる勝利だ。


「……回収」


 間髪入れずに受取を発動する。

 ズシリとした心地よい重みが右手に宿る。

 俺はベッドの上で身体を起こし、その戦利品を蛍光灯の光にかざした。


(……美しい)


 Fランクのゴブリン魔石とは格が違う。

 Dランクのオーク魔石とも比較にならない。

 光を吸い込むような深い黒。

 指先が痺れるほどの高密度の魔力。

 これが、Bランクの魔石。


 俺は震える指で神マケを起動し、素材参考相場を開いた。

 心臓が高鳴る。

 200万の投資に見合うリターンはあるのか。

 もしこれが数万程度なら、俺の計算は破綻する。

 画面に数字が表示された。


《Bランク魔石/シャドウ・ストーカー:150,000クレジット》


「……15万」


 息が止まった。

 1個、15万。

 ゴブリンなら50匹分。

 オークなら15匹分。

 それを、たった一撃で。

 リスクゼロの作業で。


「ハ、ハハ……!」


 笑いが込み上げてくる。

 これだ。

 これこそが、俺が求めていたROIだ。

 鉄杭1本のコスト、100クレジット。

 リターン、150,000クレジット。

 利益率、約150000%。

 錬金術なんてレベルじゃない。

 これは、バグだ。

 世界が俺に用意した、特大のセキュリティホールだ。


(……まだだ。まだいける)


 俺はすぐに視線を戻す。

 第3階層には、まだ金が転がっている。

 モノクルの広域スキャンが、次の赤い反応を捉える。

 2体目。

 3体目。

 あそこにも、ここにも。

 かつては死神に見えた影たちが、今では15万円の札束が歩いているようにしか見えない。


 狩る。

 狩り尽くす。

 俺はマシーンになった。

 感情を排し、恐怖を切り離し、ただひたすらに作業を繰り返す。


 波紋が見えればリンクを切る。

 静止すれば撃ち込む。

 回収する。

 相場を確認する。


 15万。

 30万。

 45万。

 60万。


 みるみるうちに、ベッドの上に黒い宝石の山が築かれていく。

 1時間もしないうちに、俺の周囲には数百万の資産が転がっていた。

 小杉の安月給で働けば、数年かかる金額。

 それを、俺は布団から一歩も出ずに稼ぎ出した。


「……配送」


 積み上がった魔石を鷲掴みにし、最後の工程に移る。

 送り先は、いつもの場所。

 クロノス・ロジスティクス、第3廃棄区画。

 小杉の闇在庫の中だ。


 想像する。

 次に小杉が在庫を確認した時の顔を。

 FランクやDランクのゴミの中に、突如として混ざり込んだ最高級のBランク魔石。

 1個15万の塊が、ゴロゴロと転がっている光景。


 あいつは腰を抜かすだろうか。

 それとも、俺の横領の才能もここまできたかと勘違いして、よだれを垂らして喜ぶだろうか。

 どちらでもいい。

 重要なのは、あいつがそれを自分の在庫だと信じ込み、喜んで換金ルートに乗せてくれることだ。


 俺はあいつの欲望を利用して、このBランク魔石を安全な現金に変える。

 あいつはリスクを背負い、俺は甘い汁だけを吸う。

 完璧な寄生関係。


「……よし」


 10個目の魔石を送り終えたところで、俺は一度モノクルを外した。

 左目の奥が熱い。

 脳が心地よい疲労感に包まれている。


 今日の成果、150万クレジット相当。

 わずか1時間の稼ぎだ。

 これで、モノクルの代金200万は、あと数体でペイできる。

 減価償却なんて言葉が馬鹿らしくなるほどのスピードだ。


「……勝てる」


 俺は天井に向かって呟いた。

 このペースなら、3300万の借金返済も、2億のスキル購入も、決して不可能な数字じゃない。

 1000億という狂った頂きも、遥か彼方に霞んではいるが、道筋だけは見えた気がした。


 だが。

 ふと、高揚していた脳が急速に冷えていくのを感じた。

 ROIの鬼としての計算機能が、今の状況にとある警告を発していたからだ。

 俺は脳内で素早く数字を弾く。


 Bランク魔石、単価15万。

 俺が1000億を目指すために必要なペース、月間およそ数億から数十億。


 脳裏に浮かんだゼロの羅列を見て、俺の表情が凍りついた。


「……待て」


 俺の換金ルートは、小杉の横領だ。

 あいつが会社の在庫をごまかし、闇業者に横流しするそのルートに、俺の魔石を便乗させている。

 だが、小杉は所詮、中間管理職の小物だ。

 あいつが毎月扱っている裏金の額は、せいぜい数百万。

 どんぶり勘定でバレない程度の、ささやかな小遣い稼ぎだ。


 そこに、俺がいきなり数千万、数億という価値のBランク魔石を流し込んだらどうなる?

 小杉の持っている貧弱な闇ルートで、そんな高額な商品を捌き切れるか?


 いや、それ以前に。

 あんな小物が、自分の在庫に突然億単位の価値がある石が混ざっているのを見て、平然と換金できるか?


「……無理だ」


 結論が出る。

 小杉はビビる。

 間違いなく、ビビって換金を止めるか、あるいは挙動不審になって会社や国家にバレる。


 俺の稼ぐ速度が生み出すインフレに、小杉という宿主の器が追いついていない。

 寄生虫が育ちすぎて、宿主の腹を食い破ってしまう。


「……オーバーフローだ」


 俺はベッドの上で頭を抱えた。

 皮肉な話だ。

 200万の装備を手に入れ、Bランクすらカモにできる力を手に入れたのに。

 今度は稼ぎすぎという、贅沢で深刻な壁が立ち塞がった。


 商品はある。

 技術もある。

 だが、それを金に換える出口が小さすぎる。

 このままじゃ、俺は数億円分の宝石を抱えたまま、3000万の借金で首を吊ることになる。


「……どうする」


 解決策が見えないまま、夜が明けた。


 翌朝。

 俺は重い足取りでクロノス・ロジスティクスに出社した。

 睡眠不足の頭で、単純な荷運び作業をこなす。


 昼休み。

 事務所の空気はいつも通り淀んでいる。

 小杉は上機嫌で外食に出かけていった。

 おそらく、昨日俺が流し込んだBランク魔石にはまだ気づいていない。

 気づくのは、来週の在庫チェックの時か。

 それまでに、何とかしなければならない。


 俺は休憩室の自動販売機でコーヒーを買い、何気なく事務所の方を振り返った。

 誰もいないはずのフロア。

 小杉のデスク。

 そこに、人影があった。


(……誰だ?)


 地味な制服。

 黒髪を後ろで一つに束ねた、眼鏡の女性。

 経理課の事務員だ。

 名前は確か、高橋。

 いつも定時で帰り、飲み会にも来ない、空気のように目立たない社員。


 彼女が、小杉のデスクの前に立っている。

 資料でも置きに来たのか。

 そう思った、次の瞬間だった。


 彼女の手が、迷いなくデスクの一番下の引き出しへ伸びた。

 そこは、小杉が裏金を隠している場所だ。

 鍵がかかっているはずのその引き出しが、彼女が指先で触れただけで、音もなく開いた。


「……は?」


 俺は息を呑んだ。

 鍵を開けた動作が見えなかった。

 いや、物理的な鍵を使った動きではなかった。

 スキルだ。


 彼女は引き出しの奥から茶封筒を取り出すと、慣れた手つきで中身を確認し、万札を数枚だけ抜き取った。

 全額ではない。

 小杉が気づかないギリギリのライン。

 俺がやっていたことと、全く同じ手口。


 彼女は抜き取った札を自分のポケットに入れると、何事もなかったように封筒を戻し、引き出しを閉めた。

 その顔には、普段のおどおどした事務員の表情はない。

 冷たく、理知的な光を宿した瞳が、眼鏡の奥で光っていた。


(……同業者か)


 俺の直感が警鐘を鳴らす。

 ただの泥棒じゃない。

 あの解錠の手際。

 監視カメラの死角を完璧に把握した立ち位置。

 そして、あふれ出る魔力の残滓。


 彼女は、この会社に潜入している。

 明らかに何らかの目的を持って。


「産業スパイ……」


 俺の口元が、自然と歪んだ。

 小杉の器不足に頭を抱えていた俺の目の前に現れた、新たな変数。

 小杉の裏金を抜き、闇を知り尽くしているであろう、スキル持ちの女。


 俺は飲みかけのコーヒーをゴミ箱に放り込んだ。

 新たなターゲットが見つかった。

 小杉なんていう小物はもう用済みかもしれない。

 俺は、静かに事務所へ戻る彼女の背中を見据えた。

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