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3,300万のごみスキルと笑われたけど、ベッドの上で1,000億稼ぎます  作者:


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第12話 200万円の視界と、見えなかった世界

深夜の第2階層。


湿った空気が淀む迷宮の通路。

天井の岩肌に擬態させた観測用の斥候蜘蛛Aのカメラが、眼下の獲物を捉えていた。


ウルフの群れだ。

数は5匹。


少し離れた位置には、岩のように眠るオークが1匹。


俺は、その光景をワンルームのベッドの上から、冷めた目で見下ろしていた。


「……よし」


周囲を確認する。

カメラのマイクが拾うのは、風の音と獣の寝息だけ。


他の探索者の足音も、ランタンの光もない。


ここなら――誰にも見られない。


俺は指先一つで、特攻用の斥候蜘蛛Bを起動させた。


通路の闇に紛れていた小さな機械が、音もなくウルフの群れの中心へと滑り込む。


警戒心の強いウルフも、魔力を持たないこの小さな異物には反応しない。


タイミングを計る。

5匹の呼吸が重なり、最も無防備になる瞬間。


「いけ」


蜘蛛の背中に搭載した噴霧器が作動する。


プシュッ――。


白い霧が、爆発的に広がった。


ウルフたちが異変に気づいて頭を上げた時には、もう遅い。


強力な睡眠ガスを吸い込んだ個体から順に、糸が切れたように崩れ落ちていく。


痙攣。

脱力。

そして、完全な静止。


わずか数秒で、通路は死のような静寂に包まれた。


役割を終えた蜘蛛Bは、回路をショートさせて沈黙する。

1匹10,000クレジットの使い捨て特攻兵器。


だが――ここからが本番だ。


俺は手元の工具箱から、冷たい鉄杭を抜き取る。


以前のような、心臓が早鐘を打つような緊張感はもうない。


長さ30センチ。

テント固定用のペグみたいな、無骨な鉄の塊。


これが脳内に出現すれば、どうなるかは分かっている。


スマホの画面を凝視する。


眠りこけたウルフの頭部。

その奥にある、親指の先ほどの小さな急所。


座標、固定。


俺の脳内で、3次元のグリッドがカチリと嵌る音がした。


「配送」


ズクン、と脳への負荷。


画面の中、1匹目のウルフの頭部が内側から弾けた。


グシャッ。


硬い頭蓋骨を突き破り、鉄杭の先端が顎の下から飛び出す。


ウルフは「ギャッ」と短い悲鳴を上げ、激しく痙攣して絶命した。


息を吐く間もなく、次の標的へ視線を滑らせる。


悲鳴で他の個体が起きる前に、すべて処理する。


2匹目。

座標修正、右へ15センチ。


固定。


「配送」


ドスッという鈍い音。


脳天を貫かれたウルフが、ビクンと跳ねて沈黙する。


3匹目。

重なり合って寝ている個体の下側。


死角はない。

脳幹の位置は、透過するようにイメージできている。


「配送」


4匹目。


わずかに痙攣しているが、関係ない。

未来位置を予測して固定。


「配送」


5匹目。


群れのリーダー格。

安らかな寝顔の眉間に、鉄の杭が生え、血の花が咲く。


「配送」


そして最後。


少し離れた場所で、異変に気づくこともなく爆睡しているオーク。


分厚い脂肪と筋肉の鎧。

通常のハンターなら、剣を通すことさえ苦労する巨体。


だが、俺のスキルに防御力は関係ない。


眉間の奥。

魔石の直上にある、脳の核。


「配送」


ゴグッ。


頭蓋の中で何かが砕ける嫌な音が響く。


オークは声もなく、ただビクンと手足を強張らせて絶命した。


所要時間、わずか3秒。


6つの生命反応が、モニターから消失した。


「……ふぅ」


短く息を吐く。


まだ油断はできない。

血の匂いや死臭に惹かれて、他のモンスターや探索者が来るかもしれない。


「……回収」


俺はすぐに受取スキルを発動する。


連続使用による脳の軋みを無視して、獲物の体内から魔石だけを引き抜いた。


湿った音と共に、ベッドの上にゴロリと転がる石塊。


オークの魔石が1個。

ウルフの魔石が5個。


推定市場価格、60,000クレジット。


だが、このままではただの石ころだ。


神マケのアプリでは、魔石の直接売却はできない。

これを「金」に換えるには、あいつのルートを通す必要がある。


俺は手元の魔石を鷲掴みにし、そのままスキルを叩き込んだ。


「配送」


指定座標は、会社。


資材倉庫の最奥――監視カメラの死角にある、ダンボールの山の中。

小杉が横領した素材を隠している、あの闇在庫だ。


ズクン。


手の中から魔石が消える。


これで完了。

小杉の在庫に、6万相当の魔石が補充された。


画面の中では、惨殺されたウルフたちの死骸が、黒い粒子となって崩れ始めていた。


ダンジョンの自浄作用。


この異空間は、死んだ有機物も、役割を終えた蜘蛛のような無機物も、等しく分解し、迷宮の養分として吸収してしまう。


血だまりも、飛び出した鉄杭も、全てが黒い霞となって消えていく。


俺はカメラを操作し、通路の左右を入念に確認した。


人影なし。

目撃者なし。


やがて、通路には何事もなかったかのような静寂が戻る。


だが、これで終わりじゃない。


画面の隅にある時計を見る。


スマホのストップウォッチを作動させる。


……1時間が経過しようとしていた、その時。


通路の壁、その岩肌が泥のように波打ち始めた。


ボコ、ボコボコ。


不気味な音と共に、壁から何かが吐き出される。


濡れた体毛。

凶暴な牙。


新しいウルフだ。


リポップ。


ダンジョンというシステムが、減った在庫を補充するように、新たなモンスターを生み出している。


1匹、また1匹。


通路には再び、ウルフの群れが形成されていく。


無限の資源。

無限の金蔓。


俺は工具箱のストックから、新しい蜘蛛Cを取り出した。


冒険者に見られないよう、細心の注意を払って配送の座標を指定する。


ここには競争相手もいない。

横取りする上司もいない。


ただ、湧き出る金を回収し、上司の闇在庫に混ぜ込むだけの、完璧なシステムがあるだけだ。


「……よし、次だ」


俺は乾いた瞳で、次の鉄杭を手に取った。



……それから3週間。


俺の生活は、狂気的なまでのルーチンワークの中に閉じ込められた。


昼は会社で死んだように働き、夜はダンジョンで機械のように稼ぐ。


睡眠時間は1日3時間を切った。

食事はウィダーとサプリメントで流し込むだけ。


風呂に入っている時間すら惜しく、シャワーで汗を流すのが精一杯。


だが、その代償として――俺の能力は、劇的に向上していた。


スキルの使用回数。


当初は1日25回で気絶しかけていた限界値が、脳が焼け切れる寸前まで酷使し続けた結果、35回、40回と伸びていき、今では50回を超えても意識を保てるようになった。


そして何より、戦術が最適化された。


もう、あの睡眠ガスすら使っていない。


動いている相手に当てる技術が身についた今、ガス代の1,000クレジットも、セットする手間も、すべてが「無駄なコスト」になったからだ。


座標指定の精度。


以前は0.5秒かかっていたロックオンが、今では視界に捉えた瞬間に完了する。


走り回るウルフだろうが、こちらに牙を剥くオークだろうが、関係ない。


俺が「見る」ことが、そのまま「死」に直結する。


――人間であることを、やめつつあった。


ただ金を稼ぐためだけの、精密なシステムの一部になり果てていた。



昼休み。


会社の給湯室。


泥のように濁ったインスタントコーヒーを啜っていると、背後から嘲笑が降ってきた。


「おい3000万」


小杉だ。


脂ぎった顔で、俺の顔を覗き込んでくる。


その目には、汚物をあさる野良犬を見るような、純粋な侮蔑の色が浮かんでいた。


「なんだそのツラは。汚ねぇな」


小杉は俺の目の下のクマを指差して笑う。


「テメェが野垂れ死ぬのは勝手だが、会社の廊下で倒れんじゃねえぞ。死体処理する俺の手間を考えろ。ゴミが」


紙コップを握り潰しそうになるのを、必死に堪える。


心臓が、ドクンと跳ねた。


――殺意じゃない。


歓喜だ。


俺は深く、深く頭を下げる。


地面に額を擦り付ける勢いで、完璧な服従を演じる。


「申し訳ありません、課長。以後、体調管理には気をつけます」


「チッ、口だけは達者だな」


小杉はつまらなそうに舌打ちし、俺の肩を突き飛ばして去っていく。


よろめきながら、その後ろ姿を見送る。


そして、誰もいない給湯室で、静かに口元を歪めた。


――哀れな男だ。


俺をゴミだと罵り、3000万の借金で縛り付けているつもりでいる。


だが、お前が俺をゴミ扱いしている間に、俺がどれだけの在庫を「混入」させたか、想像もしていないだろう。


815万円。


それが、この3週間で俺が、お前の闇ルートを使ってロンダリングした金額だ。


「……ありがとうございます、課長」


小杉の背中に向かって、心からの感謝を捧げる。


あんたのおかげで、俺は怪物になれる。


冷え切ったコーヒーを一気に飲み干し、午後の業務へと戻った。



――期限の3日前。


俺はベッドの上で、スマホのアプリを起動した。


画面に表示されたアプリ名、『神マケ』のロゴ。


その文字が、砂嵐のようにザザッとノイズ交じりに歪んでいる。


ただのバグではない。


画面の端にある、小さな数字。


《国家探知危険度:8.4%》


以前は2%台だった数値が、じわじわと危険水域に近づきつつある。


短期間にスキルを使いすぎた。


頻繁な空間干渉は、国家の監視網にノイズとして蓄積されていく。


アプリの画面が乱れているのは、その警告だ。


だが、そのリスクと引き換えに得た数字は――俺の狂気的な労働の成果を如実に物語っていた。


《残高:8,150,000クレジット》


当初の目標だった200万など、通過点に過ぎなかった。


一晩で平均30万から40万を安定して稼ぎ続けた結果だ。


魔石を送りつけ、現金を回収する。


その作業を、何百回と繰り返した。


小杉の闇ルートは、俺のためにフル稼働していた。


金は十分に稼いだ。


作業は、これで終わりだ。


稼ぎのフェーズは終了。


ここからは、本来の目的――Bランク討伐へと舵を切る。


俺はウィッシュリストを開いた。


ずっと憧れていた、あの装備。


Dランク・戦術単眼鏡タクティカル・モノクル


価格、2,000,000クレジット。


以前は高嶺の花だった金額が、今の俺には端金に見える。


迷いなく購入ボタンを押す。


決済完了。


残高が600万台に減るが、痛みはない。


これは浪費ではない。


さらなる利益を生むための、必要な設備投資だ。


ついでに、消耗品も補充する。


斥候蜘蛛、5体セット。

これを10セット、計50体購入。


500,000クレジットの出費。


「受取」


空間が歪み、ベッドの上に重厚な小箱と、大量の蜘蛛の入ったケースが現れる。


俺は小箱を開け、漆黒の片眼鏡を取り出した。


無骨な金属フレーム。

その内側に嵌め込まれた、魔力結晶のガラスレンズ。


深呼吸をして、左目にそれを装着する。


こめかみのスイッチを入れた。


キィン――。


高い起動音。


次の瞬間、左目の視界が一変する。


モノクルのレンズに幾何学模様の光が走り、高精細なARウィンドウが浮かび上がった。


「……すごい」


右目と左目で、別々の世界を見る。


右目の裸眼で見るのは、薄暗い現実のワンルーム。


静まり返った玄関のドア。

いつ鳴るか分からない手元のスマホ。


現実の脅威には、この右目で対応する。


だが、レンズを通した左目には――別の世界が広がっていた。


スマホの画面を見る必要すらない。


さっき購入した50体の蜘蛛は、すでに第3階層のキャンプ地周辺に配送済みだ。


俺は意識を集中し、その50体すべてと同時にリンクする。


マルチ・リンク。


モノクルの高度な演算処理が、50個のカメラ映像をリアルタイムで合成し、統合していく。


レンズの中に、第3階層の空間そのものが立体的に再構築される。


前方。

後方。

上空。

死角。


あらゆる角度からの視覚情報が、脳に流れ込んでくる。


ワンルームの壁が消え、床が湿った洞窟の岩肌に変わるような錯覚。


まるで、幽体離脱してその場に立っているかのような、圧倒的な臨場感だ。


これが、Dランク装備の真価。


戦場そのものを、安全な自室に持ってくる力。


その完全な視界の中に、ターゲットを見つけた。


岩陰に潜む、人影。


シャドウ・ストーカー。


以前、スマホの小さな画面越しに見た時は、ただの黒い影にしか見えなかった。


だが――今は違う。


赤い輪郭線。


モノクルの画像解析が、闇に溶け込んでいた怪物のシルエットを、明確に縁取っている。


そして何より。


「見える」


思わず、息を呑んだ。


怪物の周囲に立ち昇る、紫色の揺らぎ。


空間統合された視界だからこそ、はっきりと分かる。


まるで陽炎のように、ノイズのように。

怪物の頭上から周囲へと、波紋を広げている。


あれだ。


あれこそが、精神攻撃の予兆。


以前は「不可視の凶器」として、一方的に俺の脳を焼き尽くした攻撃。


だが、こうして可視化されてしまえば、ただの波紋に過ぎない。


どの方向へ、どれくらいの速度で広がるか。


すべてが、手に取るように分かる。


波が広がる範囲内にいる蜘蛛――そのリンクだけを即座に切ればいい。


そして、波が届かない安全圏にいる別の蜘蛛へ視点を切り替える。


右目で現実の部屋を警戒しながら、左目で怪物を睨みつける。


左目でダンジョンの死線を監視し、右目で社畜としての現実を処理する。


その両方を、同時に支配下に置ける。


俺は口元を歪めた。


「見えるぞ、シャドウ・ストーカー」


「お前の攻撃も、お前の居場所も、全部丸見えだ」


これなら――殺れる。


俺は鉄杭を握りしめ、冷たい笑みを浮かべた。


200万の金と、危険度上昇というリスクを冒して手に入れた、絶対的な勝ち筋。


狩りの時間だ。


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