白ウサギの巣
そこはどこか懐かしいところ。でも、君はまだ来たことがない。早く来て欲しいの。じゃないと物語が進まない。
総てを忘れた愚かしくて、とても可愛い君はきっとここに来てくれると信じてる。でも、もしも来てくれなくても大丈夫。君はきっと僕のことを見捨てる事なんて出来ない、偽善者で間抜けな君はここに来るしかないんだよ。
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ペティが走り出して、ようやく後ろの声が聞こえなくなった頃、ペティはこの通路の出口のような扉に突き当たりました。
ペティは少し迷ったようにノブに伸ばそうとした手を引っ込めました。
温かみのある木の扉にペティは懐かしい気持ちになりました。しかし、同時に嫌な予感がしたのです。
ぞっとするような寒気は一瞬のうちに消え去りましたが、それでもなぜかその気持ちの方が正しいのだと本能で思ったのです。
しかし、後ろから沢山の足音が聞こえたとたんにその事を考えることも出来なくなってしまいました。
「えい!」
ペティがその扉を開くと、そこは木が生い茂り木漏れ日に照らされたとても綺麗な場所でした。そして、ペティが出た場所から真っ直ぐに進んだところに赤い屋根に白い扉の木の家が建っていました。
その家はどこかご主人の家に似ていました。外観ではなく、その家の雰囲気がです。
「どうしてだろう?」
ペティはまるで惹かれるかのようにその家に近づいて行きました。一歩、一歩と進んでいくペティの表情はどこか夢見心地で、白い扉の戸がかりを掴むのと同時に内側から扉が開きました。
家の中から白いメイド服を着た少女が顔を出しました。
「あらあら、ご主人サマー。お久しぶりでございます。まさか、こうして再び会えるとは」
「君は誰?」
「月日はなんて残酷なのでしょう。私の事を忘れるなんて」
少女は大げさな身振りで嘆くと、ペティが反応する前にすました顔に戻りました。
「どうぞ、中へ。ご主人の帰りを心待ちにしておりました。私はメイドのメアリ・アンございます」
完璧な動作でお辞儀をしたメアリ・アンは、そのまま家の中に入ってしまいました。
ペティは困惑しながらも、促されるままに家に足を踏み入れました。
ペティはとっても不思議に思っていました。この場所はペティの事を白ウサギと呼び、そしてペティ自身もそれが当たり前の事のよう感じるからです。
「僕はどうしてしまったんだろ…」
「ご主人サマー、入り口で何してるんですか?」
「えっと、お邪魔します」
「自分の家でそれ言いますか? まあ、いいですけど。そういえば、公爵夫人が探してましたよー」
「公爵夫人?」
「ええ。愛しの公爵夫人です。手袋と扇が必要だから持ってこいだそうです」
扉からすぐの部屋の扉からメアリ・アンの声が聞こえたかと思うと、目の前に現れました。
「はい」
その手には手袋と扇が載っています。そして、こちらに渡してきました。
「えっ?」
「お使いです。皆に会った方が思い出すと思うんですよね~」
メアリ・アンはペティの背中をグイグイと押して家の外に押し出します。
「では、ご主人。いってらっしゃいませ」
「えーと、道が分かりません…」
ペティとしては、この世界の住人に会いたいとは思っていましたが、外に出されてもその公爵夫人に会いに行く行き方が分からないのです。
「なにを言ってるんですか。そこの扉を開けたらそこが公爵夫人の家ですよ?」
「でも、僕はそこから来たんだよ?」
「うじうじ言ってないで、開けてみて下さい」
それだけを言うとメアリ・アンは家の中に引っ込んでしまいました。
ペティは恐る恐る扉に手を掛けました。しかし、開けてしまったら動物たちが来るのではないかと思い手が止まってしまいました。
「…駄目だ。怖いよ」
ペティはその場にしゃがみ込んでしまいました。大勢の目にさらされた事を思い出したからです。
しかし、この現状は変わりません。周りにある森に入ってしまうと余計に迷子になるに決まっています。それに先ほどからペティの天敵である犬の鳴き声が聞こえていました。
「ひぇ」
その鳴き声はどんどんと近づいてきます。ペティは焦りました。もう犬よりも大きな躰なのにまるでウサギ時に戻ったかのような気分になります。
「いやだ~」
ペティはなりふりを気にする余裕も無くなり、手近にあった扉の中に入りました。