コーカス・レースの始まりは?
人の体に変わってしまったウサギだったペティは、おそるおそる扉を開けました。
すると次の瞬間にはペティは塩辛い水の中に落ちていました。
「あうわ、しょっぱい。ここはどこ?」
ペティは必死に足をばたばたと動かして体が沈まないようにします。ウサギの時にもこんなに深い水に浸かったことがなかったので大変慌てましたが、しばらくすると足が着くぐらい浅いところに着きました。
そして、やっと水がない場所に上がりました。
ペティはいつものように体を振るって水を飛ばそうとしましたが、体に張り付いた布からは微かに飛んだだけで全然乾きません。
「どうしよう。このままじゃ風邪をひいてしまう」
ペティは真っ白長い耳をぺたりと伏せて考えます。そして、周りを見渡してみました。
すると、そこにはさっきまで居なかった人が大きな岩の上で大粒の涙を流していました。
いえ、人ではありません。そこに居たのはペティのように人の姿になったネズミでした。
大きな丸い耳は遠目から見ても悲しげにへしゃげていました。そして、大きな声で泣き声を上げていました。
「うえーん」
その大粒の涙は不思議なことに地面に近づくにつれて大きくなりました。そして、塩辛い水の嵩が増しました。どうやら、この水はこのネズミの涙のようです。
「どうして、君は泣いているの?」
ペティはネズミに近づいて聞きました。しかし、ネズミはペティに気が付かないのかわんわんと泣き続けています。
「どうしよう」
泣き続けているネズミがいる岩の前に立ったペティは途方に暮れてしまいました。
なにせ、何を言ってもネズミの泣き声でかき消されてしまうからです。しばらくの間考えていると、気がつくと周りには沢山の動物たちが集まっていました。それも、動物の姿のままのです。
彼らは泣き続けるネズミをしばらく眺めていましたが、ふいにドードーとよばれる鳥がネズミを塩辛い水の中に突き落としました。
ペティは気がついていませんでしたが、水の嵩はペティ腰の辺りまで増えていました。
「うわ、何をするんだドードー。私が泳ぐことが出来ない木偶だったら死んでいたぞ」
さっきまで泣きわめいていたネズミが、泣いていたことなど忘れたかのようにドードーに文句を言いました。
「そりゃあ、すまないな。お前さんがあまりに五月蠅いので思わずな」
「しょうが無いだろう? 今回は私の番なのだから」
ネズミとドードーは、ペティが目の前にいるのが見えていないかのように2匹が話します。
「あれ?」
ペティは、2匹の姿が変わっていくのに気がついて目を丸くしました。
ネズミは動物の姿に、ドードーは人間のような姿になっていきます。
「涙の池は訪問者が来るまで絶やしてはならん。それが、ルール」
「まったく、君が邪魔さえしなければこんなに濡れ鼠になることもなかったのに」
ドードーはもっともらしく顔を顰めて話します。ネズミは自分の躯を見てキーキーとわめきます。
「涙の池?」
なるほど、この場所は涙がたまって出来た池なのでしょう。
ペティは2匹の会話に割り込むことが出来ずに、困っていました。
すると、ペティの周りにいた動物たちが声を揃えて2匹に言いました。
「「ここに、訪問者がいる」」
「「よそ者だ」」
その声に2匹は音が鳴るほど素早くペティの方を向きました。
「よそ者だと!」
「白兎だ。物語が進む」
ネズミはキーキーと耳障りな声で叫び、ドードーは手を顎のあたりに持っていくと何やら考え出しました。
たくさんの視線に晒されたペティはなんだか怖くなりました。どこかに逃げるところがないか無意識のうちに探すと、ネズミが居た岩の陰に扉があることに気がつきました。
動物達に視線を戻すと、もうこちらを見ておらず円陣を組んでなにか相談しているようでした。
ペティはそれに気が付くと、するりとその扉の中に滑り込みました。
「うう、怖かった……」
ペティが扉の陰から動物達の様子をのぞき込むと彼らはその円陣をそのままの形でクルクルと回り出しました。
そして、口々に言うのです。
「白兎を捕まえろ! 奴は裏切者だ」
その声はどこか禍々しさを感じるものでした。ペティはそっと扉から離れると、奥へと走り出しました。その後ろから響いてくる声を聞かないように白い耳をピッタリと伏せて……




