イモムシだから蝶とは限らない
扉の中はさっき通った場所ではなく、そこも森でした。
「あれ?」
ペティが後ろを振り返ると、そこにはもう扉はありませんでした。ただ出た向きと同じように小道があるだけでした。
「えっ! ない。扉…」
ペティは慌てて見回したせいで、どちらを向いて歩いたら良いのか分からなくなりました。
「どうしよう。また、迷子になっちゃった」
ペティは少し考えると、そこらに落ちていた木の枝を手に取りました。それを地面に垂直に立てました。そして、その木の棒を倒しました。ペティはその木の棒が倒れた方に歩き出しました。この方法は、アリサが良くやる方法です。アリサはそのためにいつも、木の棒を持っていました。
トコトコとペティが進むと、そこには今のペティの背の高さよりも大きなキノコがありました。
「うわー。大きなキノコだな、こんなキノコ見たことない」
ペティはそのキノコを見上げていると、その上から声がしました。
「その声は白ウサギか。まったく、会いたくもなかったよ」
「誰?」
キノコの笠の上からひょこりと顔を覗かせたのはペティと同じ大きさの人でした。いいえ、キノコから降りてきたのは、上半身は人で下半身が青虫と同じ姿をした生き物でした。
その生き物は手にパイプを持ち、煙を吐き出すと、ペティを睨みつけました。
「誰とは良い挨拶だな。お前がどこぞに行ったおかげでこの世界はゆっくりと崩壊している」
ペティはぼんやりと彼を見て、後ずさりました。ペティは彼の姿があまりにも気持ち悪く思えたからです。
「君は…… 気持ちが悪いね」
「本当に失礼だな。男にウサ耳が付いている方が気持ち悪いぞ」
「なんで?」
「そりゃあ、筋肉の塊にフワフワのウサ耳が付いているのを想像したら…… うっ」
彼は突然口を押さえ、慌ててパイプを口に咥えました。そして、スパスパと何度か吸うとゆっくりと煙を吐き出しました。そして、頭を押さえながら首をゆっくりと左右に振りました。
「自分で想像してしまった。気持ち悪い」
「どうしてさ? ウサギにも筋肉はあるよ?」
「やっぱり、お前とは意見があわない」
彼は口から紫の煙を吐き出すと同時にため息を吐き出します。そして、彼はキノコの笠の上に乗り直した。足の部分だけがプラプラと目の前で揺れている状態になりました。
「はー。君はこれからどこへ向かうのだい?」
紫煙の向こう側から覗く瞳は、どこか意地悪そうな光を宿しているように思えました。
「これから、公爵夫人の所に手袋と扇を届けるところ」
「おやおや、お前は主人のくせにメイドに使われるのか。流石だね。そうか、彼女に会いに行くなら気をつけるんだね。彼女はとても傲慢だから」
彼はそれだけを言うとただ煙を吐き出す動作しかしなくなりました。ペティはそういえば、公爵夫人の家の場所を知らないことを思い出しました。そして、彼が公爵夫人の家のことを知ってるのではないかと思いました。
「君は公爵夫人の家を知っているの?」
しかし、彼は口から煙を吐き出すだけで、こちらをみません。それどころか、その瞳は夢ごごちで何処を見ているか分かりません。
「ねえ?」
ペティは構わず声を掛けました。すると、彼はボソリと声を出しました。
「これを食べると良い」
彼が指さしたのは自身が乗っているキノコでした。
「えっ? これを食べるの?」
ペティは素直にそのキノコを少しちぎりました。しかし、少し躊躇してしまいます。そのキノコは毒々しい赤い色をしていました。さらにちぎった断面からはピンク色の液体が垂れています。
「本当にこれを食べるの?」
「食べれば全て分かる」
彼は、虚空を見ながらそう言います。
ペティは恐る恐る食べました。すると、公爵夫人の家が何処にあるのかが分かりました。それは、ただ分かったと言うよりは思い出したという感覚に近い物でした。
「うん?」
ペティは少しそのことに違和感を覚えましたが、すぐに公爵夫人の家を目指して歩き出しました。この手袋と扇を待っている公爵夫人がどんな人か思い出したからでした。
公爵夫人の家に行くには小道沿いに進んでいくよりは、森の中を突っ切っていく方が早いことを知っていたので、ペティは迷わず森の中に足を進めました。
森の中は薄暗く、いつものペティなら躊躇して進むことが出来なくなってしまうはずでした。しかし、ペティはそんなことに怯むことはなく、堂々と進んでいきます。
ペティがしばらく歩くと、森が終わり歩きやすい舗装された道に出ました。
ここまで来れば、もう公爵夫人の家はすぐそこです。




