2026/10/15 三木幹男には「にーちゃ」がいる。
仕事終わりに京都高島屋の北海道物産展で晩ごはんを食べた。
「えびそば一幻」
甘エビ×味噌ラーメンの組み合わせは、俺の好き×好きなので、当然大好きに殴られた味だった。
デパ地下の桂新堂の姿エビセンはわかるだろうか。あれがラーメンになっている感じだ。
うっま〜
さて、今日はこのまま北海道展をレポるのではなく、話を昨日に巻き戻す。
そう、京都伊勢丹でレトロ&ノスタルジックマーケットである。
俺はそこで久々に「あかぼく」、つまり「赤ちゃんと僕」と対面し懐か死んだ。
それを忘れず記しておくことにする。
「赤ちゃんと僕」は不朽の名作であり、主人公の拓也くんと赤ちゃんである弟の実くんを中心とした、時に笑え時に感動するハートフルコメディである。
そして、その実くんは拓也くんのことを
「にーちゃ」
と呼ぶのだ。可愛いだろう。
よし、ここまでがこれからする話の予備知識だ。
俺には親戚のお兄さんがいるのだが、俺が爆誕した当時、そのお兄さんが赤僕にドはまりしていた。
そこで赤僕的英才教育として、自分のことを「にーちゃ」と呼んでもらえるように、赤ちゃんの俺にすり込みをおこなったのである。
その数年後に生まれた我が妹にもその赤僕的英才教育はすり込まれた。
そして、無事に親戚のお兄さんを「にーちゃ」と呼ぶ俺ら可愛い兄妹に育成成功したのである。
お前は部分的光源氏か?
さて、俺ら兄妹はそのすり込みの事実を小学校高学年位までは知らずに、「にーちゃ」呼びを続けていたのだが、遂にそのルーツたる「赤ちゃんと僕」と対面を果たすことになる。
これがめちゃくちゃ面白くて感動し、のめり込んで心酔した。我が親戚の「にーちゃ」が「にーちゃ」呼びさせたかった気持ちがすげぇわかる!!という結論となった。
この点俺らの純粋性によって、きもがられなかった俺らの「にーちゃ」は救われたと言える。
妹なんかは拓也くんと実くんや藤井6人兄弟のほんわか二次創作をつくり始めた位だ。
ここで俺ら兄妹はこの赤僕世界への憧れと捗る気持ちを、自分らの世界に持ち込めないかと考えた。
そう、つまり俺らはええ感じに兄妹なので我々間で「にーちゃ」呼びを行えばいいのでは!?という発想に至った。
なんということでしょう。親戚の「にーちゃ」の発想の再放送である。
親戚の「にーちゃ」とは年に数回しか会えないので、もっと濃く俺らの人生に赤僕を落とし込みたい。
さぁ、いざ。
「にーちゃ………ん。」
「ん、付けたらだめくない?」
「ムリだもん。はずい。」
「だわな〜〜。」
だめだった。
試みは失敗した。
やはり「にーちゃ」呼びには赤僕的英才教育が必要なのだ。
さぁ、時を今に戻そう。
俺は30代のおっさんで、妹もいい大人である。
親戚のお兄さんに至っては50代となった。
「にーちゃ!」
そう、俺ら兄妹は未だに「にーちゃ」呼びをしているのである……!
変えられねぇのよ、これが!!!
つまりは、赤僕的英才教育は、本当にすごいって話だし、光源氏的すり込みはえげつない効果を発揮するって話なのだ。
誰かやりたかったら、多分成功するので、やってみたらいいと思う。




