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とにかく帰ってくれ

 ー それは約十四日ほど時間をさかのぼる ー


「おい、ちょっと見てくれ。」

「え!?」

「何か、惑星クラスの巨大質量が、突然、現れたぞ。」

 観測室は騒然としていた。直径二千キロほどの天体が突然、この宇宙に現れたのだ。その天体は秒速八キロほどで移動を続け、惑星の公転面から五度ほどずれた位置で火星の軌道の内側から、地球に近づきつつあった。この速度なら、七日ほどで、地球軌道に到達すると思われる。もし、衝突した場合には、人類が滅亡しかねなかった。各国はこの天体の軌道を変える方法を考えた。しかし、大量の核ミサイルを用いても、この天体の軌道を変えるのは不可能だと考えられ、七日で核ミサイルを宇宙空間に飛ばすのも、秒速八キロで動く標的に当てることも無理だった。

 しかし、何故かはわからないが、その天体は地球軌道に近づくと減速した。そして、地球を回る軌道に入った。結果、地球は大きな衛星を二つ持つことになった。地上からの観測によると、この天体には海らしきものが存在し、海面に常に動きが観測された。また、大気も存在し、その成分は窒素、アンモニアなどからなり、地球上の生物にとっては住み難いものであることが予想された。

 そして、数日の時が過ぎた。


 国際宇宙ステーションからの連絡が途絶えた。この様なことは、今までなかった。地球の観測基地から見て、ステーションに問題は何一つなかった。内部で何か、あったのだろうか。連絡が途絶えて七日後、クルードラゴンの打ち上げが決まった。


 私、米田麻友。JAXAの宇宙飛行士。今回、急遽決まったクルードラゴンによる打ち上げで、国際宇宙ステーションに行くことになった。メンバーは私と、ジェイムズ・キム、アレクセイ・トミノスキーの三人。コマンダーはキム。彼は今回が就任後、初ミッションである。我々の宇宙船を先端に取り付けたファルコン9ロケットは、発射台から火を吹きながら離れた。私たちは、発射のGに耐えた。

 約三十九時間後、私たちのクルードラゴンは国際宇宙ステーションに近づいた。ドッキングは自動で行われ、成功した。二時間の気圧の調整が行われた後、私達は国際宇宙ステーションに入った。普通なら、出迎えられるはずだが、それがない。私達はステーション内部の様子を伺った。すると、スナウト・ステーションクルーが歩いてきた。

「どうも。スナウトさん。」

「来たそうそう、済まないが、帰ってくれないか。」

 スナウトさんは言った。

「え!?」

「我々は、今、実験で忙しいのだ。君たちに付き合っている暇はない。」

「何故、地上との連絡を絶ったのですか?」

「それは…、済まない。ちょっと手が離せなかったのだ。」

「実験にですか?」

「ああ。とにかく帰ってくれ。」

「いえ、私たちにも任務がありますから。」

「そうか。なら、我々の邪魔だけはしないでくれ。」

「…わかりました。」

 仕方がないので、私たちはステーション内をチェックした。何か、各実験棟が、部分的にカーテンのようなもので仕切られている。何の意味があるんだろう。しかも、中から子供の声が聞こえてくるような場所がある。それが、テレビの音とは思えない。生々しいものだ。一体、どうなっているのだろう。日本の実験棟”きぼう”だけは、カーテンで仕切られてはいないが。私は結合モジュール”ハーモニー”にあるカプセルホテルよりは少し大きめの寝室で身体を固定して就寝した。

 私は目を覚まして、実験棟”きぼう”を覗き込んだ。おや?誰か、いる…。誰だろう。空中で佇んでる。何か見覚えのある後ろ姿。

「光一…。」


 私、佐々木麗奈。ウィークリーマンションにも慣れてきた。このまま、何も起こらなければ良いけど…。そんなことを思いながら、私はニュースを見ながら夕飯を食べていた。

”三日前、国際宇宙ステーションに向かったクルードラゴンの乗組員ですが、ステーションにドッキングした後の連絡を最後に、何故か連絡を絶ちました。NASA、ロスコスモス、JAXAは問題を新しい月の影響を含め究明すべく調査しています。”

 テレビのニュースが告げた。何だろ。新しい月?私はスマホで調べてみた。新しい月、十四日ほど前に突然、現れた天体。直径二千キロほど。大気はあるが、生物はいないよう。ただし、海らしきものがある。

”続いてスポーツ。”

 私は夕食を食べ終わり、片づけた。あ、あーあ、ちょっと早いけど寝るか。私は床に就いた。

 少し早く目が覚めちゃった。あーあ。ん?誰か、人の気配がする。誰だろ。鍵は閉めたはずだけど…。誰か、私の椅子に座ってる。小柄な、女性?花柄の薄いブラウスと紺のスカート、長い白髪交じりの黒髪、広いおでこ、皴はあるけど整った顔立ち…。お、お祖母ちゃん!?

 そんな…お祖母ちゃんは九十一歳で四年前に死んだはず…。火葬して灰になったはず…。何故…。

「お祖母ちゃん!お祖母ちゃん!」

 お祖母ちゃんらしき老女性は目を開けた。

「あなた、誰?どちら様です?」

 この声、間違いない。お祖母ちゃんだ。あ、そうか。私、今、姿格好違うんだ。判るわけないか…。

「私、真帆。覚えてる?今は、こんなになっちゃってけど。」

「真帆?孫の?え!?似ても似つかないけど…。」

「うん。飛行機事故に遭ってね。顔も身体も変わっちゃった。」

「そう…。判った。そういうことにしとく。」


 そう、それは私が三歳の誕生日を迎える前。お母さんは仕事が忙しくて、私はお祖母ちゃんに懐いていた。確か、お祖母ちゃんが以前住んでいた田舎に旅行に行った時のこと、お祖母ちゃん一人をお祖母ちゃんの旧家に残して、私たち家族はちょっと車で買い物に出ていた。私たちが買い物から帰った時、旧家の前にお祖母ちゃんが出ていた。お母さんが私のシートベルトを外してくれた後、私は喜んで車を出て道向こうのお祖母ちゃんの方に走っていった。その時、車が向こう側から走ってきた。

「真帆!」

 お母さんが叫んだ。

「危ない!」

 お父さんも叫んだ。

 キー―!

 車のブレーキ音が響いた。お祖母ちゃんは道の真ん中で小さな私を抱いていた。車はお祖母ちゃんに少し接触した程度で止まっていた。救急車が来てお祖母ちゃんは病院に運ばれたが、奇跡的にお祖母ちゃんは擦り傷と打撲程度で済んだ。私はその時の事を、大声で泣いた記憶と共に覚えている。


「あ、テレビ、見る?」

 私はお祖母ちゃんに聞いた。

「うん。」

 私はテレビを点けた。「おはよう日本」だ。二人のアナウンサーがニュースを言ってる。

 うーん、椅子がもう一個要るな。後ベッドも。食器も足りない。まあ、朝はお祖母ちゃんもパン食だから良いけど。そして、二人で朝食を食べた。私は仕方がないので、ベッドに座って食べた。食べ終わると私は思いついた。

「お祖母ちゃん、買い物行く?私、買うものがあるんだけど。」

「そうね…。」

 私はお祖母ちゃんを連れて、イオンモールに向かった。まず、スマホでタクシーを呼んだ。タクシーはなかなか来なかった。十五分ぐらい経ったろうか、一台のタクシーがうちのアパートの前に止まった。タクシーに乗り込み、イオンモール八王子を行く先として告げた。

「サーモンのムニエル、作れるようになった?」

 お祖母ちゃんは聞いてきた。

「あ、あれは…、やっぱり火加減が難しくて…。」

「え!?焼くのは簡単だと思うけど…。」

「それが…どうしても、焦がしちやうの…。」

「…タルタルソースは?」

「それも、ゆで卵と玉ねぎのみじん切りが…。」

 私はやはり、不器用なのだ。料理には向いてない。

 そうこうしているうちにタクシーはイオンモールに着いた。私とお祖母ちゃんはタクシーを降りた。

「広いわね…。」

 お祖母ちゃんは言った。

「昔、良く行ったね。お父さんの車で、与野のイオンモール。」

「あそことどっちが広いかしら。」

「うーん、どっちだろ…。あ、お祖母ちゃん、車椅子借りてくるね。」

 お父さんに聞いた話だけど、お爺ちゃん、ずっと昔にくも膜下出血で倒れたんだって。お爺ちゃん半身不随になっちゃって、お祖母ちゃんが長い間介護してたそうな。その影響で、お祖母ちゃんは腰が曲がっちゃって、死ぬ五年ぐらい前から長く立ってられなかった。私はサービスカウンターへ行って、車椅子を借りてきた。

「お祖母ちゃん、座って。」

「はい。」

 その時である。地面が大きく揺れた。地震!それも大きい!私は車椅子を押して、外に出た。イオンモールの建物が崩れ始めている。八王子インターチェンジの所に水柱が立った。何か地中から出てくる!空に黒雲が現れた。何本もの長さ百メートルほどの大きな黒い触手が地中から這い出してきた。触手は高速道路を破壊し、私たちの所に迫ってきた。そして、高速道路の真下から、全長六十メートルほどの螺旋状に巻いた巻貝のような模様がある黒い身体が現れた。黒い身体には頭の様な部分があり、そこには大きな口とまるで顔が逆さについているように口より下の方に蛸の様な目が三つ付いていた。触手は全てこの身体から出ているようだ。これは、バイオアーマーを出さないとまずいか…。私は車椅子を安全そうな所に止めると、宇宙船に転送してもらった。

「あ、真帆!」

 私はバイオアーマーに乗り、地上に降り立った。周囲はもう暗くなってきている。その時、突然、警告音が響いた。

「バイオアーマーの筋肉が硬化し始めました。」

 え!何?どゆこと?

「このままだと十分後にこのバイオアーマーは動けなくなります。」

 おいおい!それは困る!何故、そんなことになるんだ?あの巨大生物のせいか!?

 巨大生物は口のような所から、黒いガスの様なものを吐きながら、触手で襲ってきた。う、何か、動きづらい!私の身体もおかしい…。これは急いだ方が良い!しかし、こんな時、すぐやってくる自衛隊機が今日は来ない。何故だろ。

「イントゥ・プベティ」

「バーニング・ラブ」

 う!効かない!奴の動きが止まらない!数本の触手が襲ってきた。避け、避け、避けれない!バイオアーマーは吹っ飛ばされた。まずい、バイオアーマーが倒れた所はイオンモール八王子のほぼ上。お祖母ちゃんが…。

 触手がバイオアーマーに何本も巻き付いてきた。そして、バイオアーマーを上に持ち上げ、地上に叩きつけた。止めて!そんなことをすると、お祖母ちゃんが、お祖母ちゃんが…。

 はあ。これはブレスレットしかないか…。でも、効くのだろうか?ええい!やってみよう!でも、腕が、腕が動かない。痛い!無理に身体を動かそうとすると痛い!私は激痛を堪えながら、何とかブレスレットに触れた。ブレスレットは光となって、奴の頭らしいところに飛んでいき、張り付いた。すると、奴の動きは止まった。私は必死で体を動かし、奴にキッスをした。奴は大量の花に変わった。

”あなたも、バイオアーマーもこうなったという事は、周囲の人もこうなってるわね。”

”え!じゃあ、どうすれば良いの?”

”大丈夫よ。このバイオアーマーには広範囲で、変質した生体組織を元に戻す能力があるわ。”

”どうやったらそれ、出来るの?”

”サイキックウェーブマッサージと囁くと、出来るわ。”

「サイキックウェーブマッサージ。」

 私は何とか囁いた。もう、口を動かすだけでも大変。

”私とバイオアーマーはどうするの?”

”今から、宇宙船に回収して、同じものを当てるわ。”

”わかった。すぐお願い。”

 私とバイオアーマーは宇宙船に回収され、治療を受けた。身体はすぐに動けるようになった。私は、急いで元いた場所に戻った。

「お祖母ちゃん!お祖母ちゃん!」

 私は大声で呼んだ。確か、この辺に車椅子を止めたはず。あ!車椅子が倒れてる。お祖母ちゃん、投げ出されて転がっている!私はスマホで救急車を呼んだ。お祖母ちゃんは目を閉じたまま、反応がない。まさか…。

 救急車も遅かった。一体、どうなってるんだろう。タクシーにしても救急車にしても。運べる病院も探すのに時間がかかった。結局、十五分ぐらい後に病院が決まり、救急車は病院に向かった。何か、全てに時間がかかっている気がする。病院に着いて、お祖母ちゃんはストレッチャーで運び出された。

 診察や検査が始まった。しかし、何故か、長くかかった。そして、医師らしい人が来て、こう言った。

「MRI検査が、どうしても、うまくいきません。何故か、まったく情報が得られないのです。おそらく頭を打って、脳出血している可能性が高いのですが。」

「そうですか…。容態はどうなんです?」

「あまり、良いとは言えません。脳内の出血の状況が判らないので、はっきりしたことは言えませんが、ヘルニアを起こしている可能性もあり、予断を許しません。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

「はい。」

 医者らしい人は、去った。ああ、お祖母ちゃん、また死んじゃうの?せっかく再会できたのに。私は悲しくなった。

 暫く待つと、また、さっきの人が現れた。

「申し訳ありません。手は尽くしたのですが…。」

 私は遺体と対面した。お祖母ちゃんは安らかな顔をしていた。私は病院を後にした。また、一人になっちゃったな。良いけど。バスに乗り、駅に出た後、アパートに帰った。お昼、どうしようかな…。私はベッドに横になった。

 うとうとしてしまった。目を開けると、誰かが部屋にいる。椅子に座っている。…お祖母ちゃんだ…。また、生き返った?どういう事だろ。

「お祖母ちゃん。」

「何?」

「何処から来たの?」

「わからない。」

「何時までいるの?」

「わからない。」

 困った。


 テレビを点けてみた。いつもなら、ニュース番組や情報番組、やってるはずだけど、何故か、やっていない。他のチャンネル見ても、ワイドショー系の生番組は一つもやっていない。何か、再放送の様なものばっかり。まだ、午後三時頃だと思うけど…。そう言えば、何にも買ってこなかった。夕飯どうしよ?ユーバーイーツで頼めるかな…。何を頼むか選ぶか。

「お祖母ちゃん、何食べたい?」

「うーん、ウナギ。」

 ウナギか…、あるかな…。検索してみる。有った!でも、何か配達時間が…五時間?どゆこと?待てよ、他のお店の料理も…めちゃくちゃ時間がかからない!?注文できないものもある。どうなってるんだろう。午前中、タクシーも来なかったし、救急車もなかなか来なかった。

”社会機能が麻痺してない?”

 シャルファーレンスさんだ。

”え!?”

”おそらくあなたの様に、殆どの人間の所に、死んだ人が現れているんじゃないかしら。その為、仕事から離れる人も多いんじゃない。”

”うーん、そうなのかな。”

”明日も続くようじゃ、考えた方が良いかもよ。”

 翌日は状況が悪化していた。朝食を買いにコンビニに行ったが、コンビニは閉まっていた。テレビは相変わらず再生の番組を放送している。通販のサイトも、一部を除いて準備中となっている。これはまずいかも。

”駄目みたい。”

 私はシャルファーレンスさんに言った。

”新しい月?だっけ。あれの影響の可能性があるわね。”

”新しい月!?ああ、そう言えば、そんなの、有ったような…。”

”私の居た宇宙で噂を聞いたことがあるわ。近くの惑星に住む生命体に干渉する天体があると。”

”天体?天体が!?”

”ええ。一説だと惑星規模のモノ自体が、ある種の意志の様なものを持っているとかで。”

”そんなもの、どうするの?”

”その星は、自分の意志で動く能力を持っているらしいわ。だから、うまくすると、その星の影響範囲から地球を外へ出せるかも。”

”はあ…。凄い話。”

「お祖母ちゃん、ちょっと行ってくるね。」

「はい。どのぐらいで帰ってくる?」

「そう。一時間ぐらいかな。」

「わかった。待ってる。」

 私は宇宙船に転送してもらった。宇宙船は大気圏を抜け、国際宇宙ステーションの軌道を抜けて、新しい月に近づいた。

”どうするの?”

”バイオアーマーで出て。バイオアーマーは宇宙空間でも航行可能よ。”

”え!宇宙空間で動けるの!”

”ええ。秒速12キロで動けるわよ。心で動きを念じれば動けるわ。”

”ふーん。”

 私はバイオアーマーに乗った。下に移動することを念じると、動いた。なるほど。

 新しい月が前面に広がっている。結構、大きい。こんなのに、効くのか?私は、”イントゥ・プベティ””バーニング・ラブ”と囁いた。すると、星の海がさざめき始めた。そして、海が私の姿を形作り始めた。これは、効いているのか!?私は地球と反対側の方向にバイオアーマーを動かした。すると、新しい月が動き始めた。私は移動速度をどんどん上げた。あの星も速度を上げた。四十五分ぐらい経っただろうか。だいぶ、地球から離れた気がする。そろそろ大丈夫か。私は、”バーン・イントゥ・メモリー”と囁いて地球に戻る方向に動いた。星はそのまま惰性で動いている。私は宇宙船に戻り、そのまま地球に帰った。


 私はウィークリーマンションに帰ってきた。

「お祖母ちゃん、ただいま。」

 私は部屋の中を見回した。

「お祖母ちゃん?お祖母ちゃん?」

「…」

 返事はなかった。私の頬を涙が一粒流れた。


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 昨日の昼間、巨大生物が現れた直後、八王子のある場所に二人の男が立っていた。

「召喚してきてやったぞ。あれで良かったのか?」

「ああ、ありがとう。」

「じゃあな。」

 一人の男は消えた。もう一人は巨大生物とバイオアーマーの戦いを遠くから眺めていた。その男の左手が一瞬ではあるが、鬼の様になったのが見えた。


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