サービスエリアの女戦士②
これが幻覚でないとしたら、ドラゴンの炎で焼死という、現代日本ではきわめて珍しい死に方をすることになる。黒焦げになった体は残るのか、はたまた跡形もなく消されてしまうのか。仮に死体が残ったとして、警察が犯人を特定することはまず不可能だろう。日本の警察は優秀だと言われているが、捜査の範囲をファンタジーな生き物にまで広げる人材がいるとは思えない。そんな提案をしようものなら、一発で田舎の交番勤務に飛ばされてしまう。
「幻覚って初めて見るけど、結構リアルなんだな」
心のどこかでは、目の前の光景が現実なんじゃないかと思っている部分もあった。しかしそうだとして、逃げるにはもう遅かった。火は目と鼻の先にまで迫り、ほどなくして竜馬の全身を焼き尽くすだろう。
残り一本となったタバコを箱から取り出して、ライターで火をつけようとした。
「あっつ!」
金属製のライターはドラゴンの炎の熱気でドロドロに溶け、竜馬の手の中で皮膚と一体化した。
「やっぱこれ、リアルなほうのやつじゃないか?」
幻覚で金属は溶けない。つまり深夜のサービスエリアにドラゴンが出現しているというこの状況は、現実に起きているのだ。
それが分かったところで、あとは炎に焼かれるしかないのだが。
20年と少しの短い人生を振り返るだけなら、走馬灯にそこまで尺を割かなくてもいい。加えて動画の倍速視聴に慣れているせいか、走馬灯のスピードが異常に速かった。おかげで意識があるうちにすべて見終えてしまい、なんならちょっと死ぬまでの余裕すら出てきた。
「なにボーっとしてんですか、そこのヤニカス!」
おかしい。走馬灯は終わったはずなのに、記憶にない声が割り込んできた。こんなハスキーボイスの持ち主など、自分の人生で出会っただろうか。
突然襟首を掴まれたかと思うと、竜馬の体は宙に浮いた。
高校のころの棒高跳びの授業で、一度も成功したことのない背面飛びのような体勢で、竜馬は軽やかに飛んだ、というか飛ばされた。
脳の理解がキャパオーバーすると逆に冷静になってきて、飛びながら夜空を見上げる余裕すら出てきた。海が近く、空気が澄んでいるおかげで星が綺麗に見える。あの一際輝いている星は一体なんだろう。
視線を下に向けると、さっきまで竜馬がいた場所はドラゴンによって焼かれていた。炎が燃え広がり、ぱさぱさの唐揚げを出してくる自販機も、スタッフの帰ったあとのフードコートもすべて焼失。まるでミサイルが撃ち込まれたかのような光景になっていた。
この視点から全体を見られているということは、先ほどのハスキーボイスの人間によって、竜馬は相当な高さまで放り投げられたということになる。まずい、このまま落ちたら死ぬ。
一度は免れた死の恐怖に再び襲われていると、間もなく地面が迫ってきた。
「あんた、ちょっとは助かろうともがくとかしないんすか?」
もう諦めて目を閉じていた竜馬だったが、いつまで経っても頭が地面と衝突して潰れる気配がないので、ゆっくりと目を開けた。そこには竜馬の顔を、呆れたような表情でのぞき込む女性がいた。
「あ、さっきのハスキーボイスのお姉さん」
「昨日飲み過ぎたんすよ。普段はもうちょい綺麗な声してるんで」
女性は放り投げた竜馬を、責任をもってしっかりと受け止めてくれていた。それはそうだ。投げるだけならドラゴンよりもたちが悪い。ただの混乱に乗じた殺人だ。
声から想像していたのは、深夜のコンビニの前で良くない男どもとたむろしているような女性だった。部屋着のまま出歩き、髪はぼさぼさ。ノーメイクの顔をマスクで隠すという恥じらいもなく、明らかに所得が低そうなのに車だけは高級車。あと髪を染めた子供が3人くらいいる。そんな偏見まみれの女性像をイメージしていた。
だが竜馬を助けてくれたのは、黒髪を後ろで一つにまとめた割と清楚な雰囲気で、あどけなさの残る顔立ちをした若い女性だった。
心の中で謝る。勝手な想像をしてごめんなさい、と。




