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雷の英雄 ~手榴弾一万発から始まる異世界統一記~  作者: レモンティー


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第二十三話 蒸気の産声

大陸統一から五年。

ガルバディス新帝国は、かつてない繁栄を迎えていた。

広大な街道網。

整備された港。

統一された貨幣。

帝国各地に設立された学校。

戦争の傷跡は少しずつ消え、人々は未来を語るようになっていた。

だが――。

皇帝ハルトは満足していなかった。

帝都ザルツ。

皇宮地下の工房。

そこでは今日も奇妙な実験が行われていた。

巨大な鉄の釜。

無数の歯車。

複雑な配管。

そして黒板いっぱいに描かれた設計図。

職人たちは頭を抱えていた。

「陛下……」

老技師が恐る恐る口を開く。

「本当に鉄の箱が勝手に動くのですか?」

ハルトは即答した。

「動く」

「馬も使わずに?」

「使わない」

「魔法で?」

「違う」

「では何で?」

ハルトは鉄釜を叩いた。

コンコン、と乾いた音が響く。

「水だ」

工房全体が静まり返った。

「水?」

「そうだ」

「水で動くんですか?」

「正確には蒸気だな」

誰も理解できなかった。

当然である。

この世界に蒸気機関という概念は存在しない。

ハルトは図面を広げた。

円筒。

ピストン。

弁。

クランク。

現代人なら小学生でも見たことがある構造。

しかし中世の職人たちには宇宙文字だった。

「水を沸かす」

「はい」

「蒸気が膨張する」

「はい……?」

「その力で押す」

「何を?」

「全部だ」

誰も分からなかった。

だが五年の付き合いである。

職人たちは知っていた。

理解できなくても、とりあえず作れば何とかなる。

そして大抵の場合、世界が変わる。

数か月後。

帝都郊外。

巨大な試験場に数百人が集められた。

役人。

軍人。

商人。

貴族。

そしてルカ。

全員が半信半疑だった。

線路の上には奇妙な鉄の塊が置かれている。

車輪付き。

煙突付き。

無駄に大きい。

そして不気味だった。

「ハルト様」

ルカが尋ねる。

「本当に動くんですか?」

「動く」

「押すんですか?」

「違う」

「引くんですか?」

「違う」

「じゃあどうやって……」

その時だった。

ボォォォォォッ!!

蒸気が噴き出した。

白煙が空へ上がる。

人々が悲鳴を上げる。

馬が暴れる。

兵士が転ぶ。

子供が泣く。

大混乱だった。

「落ち着け」

ハルトだけが平然としている。

鉄の塊は震え始めた。

ガタン。

ガタン。

ガタン。

そして。

ゆっくりと動き出した。

沈黙。

全員が固まる。

誰も声を出せない。

鉄の塊が。

馬もなく。

人も押さず。

勝手に進んでいる。

「う……動いた……」

誰かが呟いた。

それが始まりだった。

「動いたぁぁぁ!!」

大歓声が上がる。

職人たちは抱き合った。

兵士たちは帽子を投げた。

商人たちは計算を始めた。

ルカは口を開けたまま立ち尽くしている。

鉄の機械は徐々に速度を上げていく。

ガタンガタン。

ガタンガタン。

やがて馬車を超える速さになる。

「速い!」

「信じられん!」

「馬がいらない!」

「荷物は!?」

「大量に運べるぞ!」

商人たちの目が輝いた。

ハルトは静かに笑う。

蒸気機関車。

産業革命の象徴。

文明を加速させる機械。

その第一歩だった。

そして。

数年後。

帝国全土で鉄道建設が始まる。

東西を結ぶ大陸横断鉄道。

北方資源地帯への鉱山鉄道。

港湾都市と内陸を繋ぐ物流路線。

帝国はさらに変貌していった。

変わったのは物流だけではない。

工場もまた進化した。

蒸気機関が水車に代わる。

川沿いでなくても工場を建てられる。

巨大な織物工場。

製鉄工場。

製紙工場。

次々と誕生していく。

十年後。

帝都の人口は三倍になった。

煙突が林立する。

夜でも工場が稼働する。

街灯が灯る。

人々は働き、学び、発明する。

まるで数百年未来の世界だった。

ある日。

工房を視察していたハルトの元へ、一人の若者が駆け込んできた。

「陛下!」

「なんだ?」

「新しい通信装置を考えました!」

ハルトが眉を上げる。

若者は興奮していた。

「離れた場所へ信号を送れるんです!」

「ほう」

「まだ短距離ですが!」

ハルトは笑った。

ついに始まった。

知識が知識を生む時代が。

夜。

皇宮のバルコニー。

帝都の夜景が広がる。

工場の明かり。

駅の灯火。

街路灯。

無数の光。

まるで星空が地上へ降りてきたようだった。

ルカが隣に立つ。

「覚えていますか?」

「何を?」

「最初にガルダ城を落とした日です」

ハルトは少し笑う。

「ああ」

「たった一個の手榴弾でした」

「あれが全部の始まりだったな」

二人はしばらく街を見下ろした。

戦争から始まった物語。

だが今は違う。

爆発よりも発明が未来を動かしている。

その時。

遠くの工場地帯で大きな汽笛が鳴った。

ボォォォォォォ―――。

蒸気機関車の出発を告げる音。

新しい時代の音。

ハルトはその音を聞きながら呟く。

「まだまだだな」

ルカは苦笑する。

「今度は何です?」

ハルトは夜空を見上げた。

「空だ」

「……はい?」

「人はそのうち空を飛ぶ」

ルカは頭を抱えた。

また始まった。

皇帝の未来予言である。

だが、もう誰も笑わなかった。

この男が言ったことは、これまで全て現実になってきたからだ。

蒸気の産声は、大陸の未来を変えた。

そしてその先には、さらに大きな変革が待っている。

文明は止まらない。

ハルトがいる限り。

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