第二十二話 新帝国建設
戦争は終わった。
大陸最後の大国、神聖ザルツ帝国が降伏し、ハルトは名実ともに大陸の覇者となった。
しかし、勝利の歓声が響いたのはわずかな数日だけだった。
なぜなら――。
ハルトはすでに次の仕事を始めていたからである。
皇都ザルツ。
かつて皇帝ヴァルドリックが座っていた玉座の間。
今、その席にはハルトが座っている。
だが玉座にふんぞり返ることはなかった。
玉座の前には大量の書類が積み上げられている。
税収報告。
人口調査。
道路状況。
農地台帳。
倉庫在庫。
戦争よりも厄介な敵がそこにいた。
事務仕事である。
「ハルト様」
ルカが青い顔で報告する。
「旧帝国領だけで村が二万七千あります」
「多いな」
「管理官が足りません」
「育てろ」
「育てるにも人が足りません」
「学校を作れ」
「学校を作る人が足りません」
「学校を作る学校を作れ」
ルカは頭を抱えた。
戦争中より大変だった。
その日の午後。
ハルトは大陸中から貴族たちを集めた。
豪華な会議室。
長机の両側に並ぶ数百人の領主。
誰もが緊張している。
ハルトが何を言うのか分からないからだ。
そして最初の一言で全員が凍りついた。
「領地制度を廃止する」
静寂。
誰も理解できなかった。
「え?」
一人の伯爵が声を漏らす。
「今なんと……」
「聞こえなかったか?」
ハルトは淡々と言った。
「領地制度は終わりだ」
ざわめきが広がる。
中世社会の根幹だった。
貴族とは土地を支配する者。
それが常識だった。
「代わりに地方行政官を置く」
ハルトは地図を広げる。
大陸を細かく区分した行政区域。
中央政府。
地方政府。
監査機関。
税務局。
戸籍局。
全てが描かれていた。
誰も見たことのない国家だった。
「反対です!」
老侯爵が立ち上がる。
「それでは貴族の権威が!」
「不要だな」
即答だった。
侯爵は固まる。
「貴族である必要はない」
「仕事ができる者がやればいい」
会場が静まり返った。
中世の価値観が真っ向から否定された瞬間だった。
しかし。
ハルトは全てを奪うつもりではなかった。
「安心しろ」
その言葉に全員が顔を上げる。
「能力がある者はそのまま行政官に任命する」
ざわめきが止まる。
「給料も出す」
さらにざわつく。
「年金も出す」
誰かが椅子から落ちた。
数日後。
新帝国最初の法律が公布された。
第一条。
すべての住民を帝国民とする。
第二条。
身分による裁判の差別を禁ずる。
第三条。
税率を統一する。
第四条。
道路建設を国家事業とする。
第五条。
教育機関を設置する。
民衆は理解できなかった。
だが喜んだ。
特に第四条。
道路建設。
これが大陸を変えることになる。
春。
帝国全土で工事が始まった。
旧王国。
旧帝国。
旧共和国。
全てを繋ぐ巨大街道。
兵士だった者たちは土木作業員になった。
職人たちは橋を架けた。
農民たちは賃金を受け取った。
初めてだった。
国が仕事を作るという発想は。
一年後。
大陸中央街道が完成する。
幅十メートル。
石畳。
排水設備付き。
馬車が高速で移動できる近代道路だった。
「三日だと?」
商人が叫ぶ。
「以前は二十日かかったぞ!」
物流革命だった。
食料が流れる。
鉄が流れる。
人が流れる。
情報が流れる。
帝国は急速に豊かになっていった。
さらにハルトは学校を作った。
貴族だけではない。
平民も学べる学校。
文字。
計算。
歴史。
農業。
工学。
全てを教える。
最初は反対もあった。
「農民に学問など不要だ」
そう言われた。
だがハルトは気にしなかった。
五年後。
結果が出る。
読み書きのできる人口が爆発的に増加した。
役人が育つ。
技術者が育つ。
商人が育つ。
発明家が育つ。
国家の成長速度が一気に加速した。
ある日。
工房で若い職人が報告する。
「陛下!」
「なんだ?」
「水車を改良しました!」
ハルトは目を見開く。
さらに別の者が走ってくる。
「新しい織機を開発しました!」
さらに。
「鉄の精製効率が二倍になりました!」
技術革新が連鎖していた。
ルカは呆然としていた。
「ハルト様……」
「なんだ?」
「もう誰も追いつけません」
それは軍事の話ではなかった。
文明の話だった。
夜。
皇宮の最上階。
ハルトは街を見下ろしていた。
かつて戦場だった場所。
今は灯りで満ちている。
工房の火。
学校の明かり。
市場の賑わい。
全てが未来へ向かっていた。
ルカが隣に立つ。
「これで終わりですか?」
ハルトは少し笑った。
「まさか」
「え?」
「まだ蒸気機関もない」
「じょうき……?」
「鉄道もない」
「てつどう?」
「電気もない」
ルカは理解を諦めた。
また始まった。
ハルトの未来語りである。
だが。
ハルトの目は本気だった。
戦争は終わった。
しかし文明の進歩には終わりがない。
彼の知識はまだほんの一部しか使われていない。
窓の外には大陸が広がる。
統一された世界。
平和になった世界。
そしてこれから変わっていく世界。
ハルトは夜空を見上げた。
無数の星が輝いている。
その中の一つを見つめながら呟いた。
「次は産業革命だな」
ルカは深いため息をついた。
そして苦笑する。
戦争の覇王。
大陸の支配者。
世界統一の英雄。
そんな男が今考えているのは――。
新しい仕事のことだった。
こうしてハルトの新帝国は建設の時代へ入った。
剣の時代は終わった。
火薬の時代も終わろうとしている。
そして次に訪れるのは――。
機械の時代だった。




