第十九話 覇王への道
「降伏か、死か」
ハルトのその一言は、戦場だけではなく、大陸全土を震わせた。
三十万の反ハルト連合軍。
その包囲網は、蛇の顎の戦いによって完全に崩壊した。
谷に閉じ込められた数万の精鋭は壊滅。
その光景を目撃した諸国の兵士たちは、武器を捨てて降伏した。
もはや誰も戦おうとしなかった。
敵が強すぎたのではない。
理解できなかったのだ。
剣も槍も届かない。
盾も役に立たない。
戦術を変えても破られる。
それがハルトだった。
王都フラウ。
玉座の間では各国からの使者が列を作っていた。
「東方のリーデル王国、降伏を表明します」
「北方連邦も同様に」
「交易権の保証と引き換えに属国化を受け入れます」
次々と差し出される降伏文書。
数年前まで小国だったガルバディス王国が、今や大陸最大勢力となっていた。
玉座の横でルカが呆然と呟く。
「まさか……本当に大陸が統一されてしまうなんて……」
ハルトは書類に目を通しながら答える。
「まだ半分だ」
「え?」
「戦争は勝った。これからは統治だ」
ルカは思わず頭を抱えた。
普通の人間なら満足する。
だがハルトは違った。
彼の視線は、すでに戦後へ向いていた。
その頃。
大陸西端。
最後まで抵抗を続ける国があった。
神聖ザルツ帝国。
千年の歴史を持つ大帝国である。
皇帝ヴァルドリックは激怒していた。
「三十万の軍勢が敗れただと!?」
玉座の間に怒声が響く。
「あり得ぬ!」
だが報告は残酷だった。
「事実です陛下」
「連合軍は崩壊しました」
「多くの王国が降伏しております」
「ガルバディス軍は西へ進軍中です」
皇帝は拳を握り締めた。
「我が帝国は違う」
「千年の歴史がある」
「我らは滅びぬ」
その言葉に家臣たちは何も言えなかった。
数日後。
ハルトは新たな会議を開いていた。
壁には巨大な地図。
そこには大陸全土が描かれている。
赤い旗は降伏した国。
残る旗は一つだけだった。
ザルツ帝国。
「最後の敵だな」
ハルトが言う。
将軍たちは緊張した顔で頷いた。
ザルツ帝国はこれまでの相手とは違う。
人口。
資源。
城塞。
全てが最大規模だった。
何より――。
「嘆きの壁」
ルカが呟く。
大陸最大の要塞線。
高さ三十メートル。
厚さ十メートル。
数百年もの間、一度も突破されたことがない絶対防衛線だった。
「手榴弾でも難しいかもしれません」
誰かが言った。
しかしハルトは笑う。
「だから次の段階に進む」
「次の段階?」
「手榴弾は終わりだ」
その場にいた全員が固まった。
翌日。
王都郊外の工房。
そこには巨大な鉄の筒が並んでいた。
職人たちは汗だくになりながら組み立てを続けている。
ルカは目を丸くした。
「これは……」
「大砲だ」
ハルトが答える。
「たい……ほう?」
聞いたことのない単語だった。
ハルトは鉄の筒を軽く叩く。
「もっと遠くへ」
「もっと大きく」
「もっと強く」
「手榴弾を飛ばすための道具だ」
職人たちは唖然とした。
手で投げるだけでも恐ろしい武器。
それを数百メートル先まで飛ばそうというのだ。
常識外れにも程があった。
一方。
ザルツ帝国でも動きがあった。
皇帝ヴァルドリックは全国へ総動員令を発令する。
「集めろ」
「兵を」
「鉄を」
「食糧を」
「全てだ」
帝国の総力戦が始まった。
百万人を超える人口。
巨大な経済力。
圧倒的な城塞網。
ザルツ帝国は最後の決戦へ向けて牙を研ぎ始める。
その報告を受けた夜。
ルカはハルトの執務室を訪れた。
窓の外では工房の火が燃えている。
職人たちは昼夜を問わず働いていた。
「ハルト様」
「なんだ?」
「怖くないんですか?」
珍しい質問だった。
ハルトは少し考えた。
「怖いよ」
ルカは驚く。
初めて聞く言葉だった。
「ですが……」
「だから準備する」
ハルトは地図を見つめた。
「怖くない奴は死ぬ」
「怖いから考える」
「考えるから勝つ」
それが彼の答えだった。
翌朝。
王都の広場に民衆が集められた。
新帝国の旗が掲げられる。
ハルトは壇上に立ち、静かに宣言した。
「大陸統一戦争を開始する」
ざわめきが広がる。
「最後の敵は神聖ザルツ帝国」
「この戦いで全てが決まる」
民衆は息を呑んだ。
長かった戦争。
その終着点が見え始めていた。
ハルトは続ける。
「勝利の後、道路を作る」
「橋を作る」
「学校を作る」
「大陸を一つにする」
それは征服者の演説ではなかった。
未来の話だった。
民衆の目に希望が宿る。
やがて誰かが叫んだ。
「ハルト様万歳!」
その声は瞬く間に広がった。
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
大歓声が王都を包む。
その頃。
遥か西方。
嘆きの壁の上から、ザルツ帝国の皇帝もまた東を見つめていた。
「来るのだな」
皇帝が呟く。
側近が頭を下げる。
「間もなく」
皇帝は静かに剣を抜いた。
「ならば見せてやろう」
「千年帝国の誇りを」
東ではハルト。
西では皇帝。
二人の視線は、まだ遠く離れていながら同じ場所を見ていた。
大陸の未来。
その全てを懸けた最終決戦が、いよいよ始まろうとしていた。




