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雷の英雄 ~手榴弾一万発から始まる異世界統一記~  作者: レモンティー


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第十七話 十字砲火

蛇の顎。

その名の通り、獲物を飲み込んだ巨大な蛇の口は、完全に閉じられていた。

谷の入口。

谷の出口。

両方を崩落した岩盤が塞いでいる。

数万の連合軍兵士たちは、その狭い空間に押し込められたまま立ち尽くしていた。

「出口を掘れ!」

「岩をどかせ!」

「急げ!」

将校たちの怒号が飛び交う。

だが誰もが理解していた。

目の前の巨岩は人力でどうにかなる量ではない。

しかも谷の中には数万人が密集している。

動こうにも動けない。

押し合い、ぶつかり合い、隊列は完全に乱れていた。

その様子を崖の上から見下ろしながら、ハルトは静かに言う。

「予想以上だな」

ルカが恐る恐る尋ねた。

「何がですか?」

「敵が自分で密集してくれた」

谷の中の兵士たちは、逃げ場を失ったことで自然と一か所へ集まっている。

かつてガルダ城で見た光景。

密集陣形。

ただし今回は敵自身の意思ではない。

地形が強制的に作り出した密集だった。

ハルトはゆっくりと右手を上げる。

崖の上に築かれた石造陣地。

そのスリットの奥で、何百人もの擲弾兵が待機していた。

手には黒い球体。

量産された手榴弾。

導火線の先端が赤く燃えている。

「全陣地へ伝達」

ハルトが告げる。

「十字砲火を開始」

その瞬間だった。

――シュッ。

――シュッ。

――シュッ。

無数の黒い球体が崖の両側から放たれる。

投げるのではない。

転がす。

傾斜を利用し、谷底へ向けて次々と滑り落ちていく。

「な、なんだあれは!?」

兵士が叫ぶ。

黒い球体は兵士たちの足元を跳ね回りながら転がっていく。

一つではない。

十。

二十。

百。

数え切れない。

そして。

最初の一発が炸裂した。

――ドゴォン!!

轟音が谷に反響する。

次の瞬間。

左右から同時に爆発が連鎖した。

――ズガァン!

――バガァン!

――ドォォン!

狭い谷の中で発生した衝撃波は逃げ場を失い、何度も岩壁に反射する。

爆風が吹き荒れる。

破片が飛び交う。

悲鳴が重なる。

連合軍は混乱の極みに陥った。

「盾を上げろ!」

「頭を守れ!」

将校が叫ぶ。

だが意味はない。

攻撃は正面から来ていない。

右。

左。

前。

後ろ。

あらゆる方向から襲い掛かる。

まさに十字砲火だった。

兵士たちはどこを向けばいいのか分からない。

どこにも安全な場所が存在しない。

「崖を登れ!」

誰かが叫んだ。

数百人の兵士が岩壁へ殺到する。

だが。

上から待っていた擲弾兵が冷静に球体を落とした。

爆発。

崩落。

兵士たちは再び谷底へ転げ落ちる。

「無理だ!」

「登れない!」

「助けてくれ!」

恐怖が伝染していく。

そして恐怖は隊列よりも早く広がる。

崖の上。

ルカはその光景に息を呑んだ。

「これでは……」

言葉が続かない。

ハルトは黙ったまま戦場を見ている。

喜びもない。

興奮もない。

ただ状況を観察していた。

「敵は強い」

不意にハルトが言った。

「え?」

「ここまで来たのは賞賛に値する」

三十万もの軍勢をまとめ上げた連合軍。

戦術を研究し、対策を施し、全力で挑んできた。

決して無能ではない。

だが。

それでも。

「戦場を選んだ時点で勝負は決まっていた」

ハルトは静かに告げた。

谷底では、ついに連合軍の指揮系統が崩壊し始めていた。

伝令は届かない。

命令は聞こえない。

将校は姿を消した。

誰も状況を把握できない。

兵士たちはそれぞれが生き残るためだけに動いている。

軍隊ではなくなっていた。

ただの群衆だった。

その時。

谷の中央で、一人の将軍が立ち上がる。

連合軍総大将グラディウス。

血まみれになりながらも剣を掲げた。

「戦え!」

その声は爆音に負けなかった。

「我らは三十万だ!」

兵士たちが顔を上げる。

「悪魔一人に屈するな!」

その叫びは確かに兵士たちの心を動かした。

だが。

直後。

一発の手榴弾が彼の足元へ転がる。

グラディウスはそれを見た。

黒い球体。

燃える導火線。

彼は理解した。

そして。

――ドォォォン!!

爆煙が舞い上がる。

総大将の姿は消えた。

沈黙。

それは一瞬だった。

次の瞬間。

連合軍の最後の支柱が折れた。

「将軍が……」

「総大将が……」

誰かが武器を落とした。

続いてもう一人。

また一人。

やがて無数の剣が地面へ落ちる音が谷に響いた。

カラン。

カラン。

カラン。

戦意が尽きた音だった。

崖の上から、その光景を見つめるハルト。

風が吹く。

硝煙が流れる。

そして彼は静かに告げた。

「攻撃中止」

擲弾兵たちの手が止まる。

谷は急速に静まり返った。

残ったのは武器を捨てた兵士たちだけだった。

ルカは呆然と呟く。

「勝った……」

三十万の包囲網。

大陸史上最大の軍事同盟。

その中心が、今ここで崩れた。

ハルトは遠くの空を見上げる。

まだ終わっていない。

だが確実に一つの時代は終わった。

そして新しい時代が始まろうとしていた。

そのことを理解している者は、まだ彼一人だけだった。

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