第十五話 反ハルト連合
アルノ平原の敗北は、一国の敗戦では終わらなかった。
十万の騎兵が敗走したという報せは、大陸全土を震撼させたのである。
最初、それを聞いた諸国の王たちは笑った。
「十万が負けるなどあり得ん」
「どうせ誇張だ」
「敗軍の言い訳だろう」
だが、生還した兵士たちの証言は一致していた。
地面が爆発した。
空から雷が降った。
そして軍そのものが崩壊した。
誰一人として説明できなかった。
その結果、大陸の勢力図は一変する。
レグルス帝国の皇帝は緊急会議を招集した。
神聖ザルツ帝国の大司教。
北方王国の国王。
西方同盟諸侯。
東方商業都市国家の代表。
本来なら顔を合わせることすらない者たちが、一堂に会する。
議題はただ一つ。
「ハルトをどうするか」
だった。
巨大な円卓を囲みながら、誰もが険しい顔をしていた。
やがてレグルス帝国皇帝が口を開く。
「十万を失った」
その一言で場が静まり返る。
「次は我らだ」
誰も否定できなかった。
もしハルトが侵攻を始めれば、どの国も単独では防げない。
ならば選択肢は一つしかない。
先に叩く。
それしかなかった。
「反ハルト連合を結成する」
その提案に、各国は沈黙のまま頷いた。
こうして大陸史上最大規模の軍事同盟が誕生した。
総兵力三十万。
かつて存在したどの軍勢をも上回る大軍勢だった。
一方その頃。
王都フラウ。
ハルトは報告書を眺めていた。
「三十万か」
副官ルカが青ざめる。
「驚かないんですか?」
「驚いている」
ハルトは書類から目を離さない。
「思ったより集まったな」
ルカは思わず頭を抱えた。
三十万。
それは王国人口の何倍もの兵力である。
普通なら絶望する数字だった。
しかしハルトは違った。
むしろ冷静に敵軍の進路を分析していた。
「彼らは学習している」
地図の上を指が滑る。
「密集陣形では来ない」
「え?」
「前回負けた戦術を繰り返すほど愚かじゃない」
ハルトは静かに続ける。
「広く散開する。
慎重に進む。
地面を警戒する。
だから厄介なんだ」
初めてルカは理解した。
ハルトは敵を馬鹿にしていない。
むしろ高く評価している。
だからこそ危険なのだ。
数日後。
三十万の軍勢が国境を越えた。
平原は兵士で埋まり、森は野営地で埋まり、街道は補給車列で埋め尽くされた。
旗だけでも数百。
まるで大陸そのものが動いているようだった。
連合軍の兵士たちは口々に語る。
「本当に悪魔がいるらしい」
「空から雷を降らせるとか」
「嘘だろ」
「だが十万が負けたんだぞ」
恐怖は確実に広がっていた。
まだ戦ってもいない。
それなのに。
ハルトという名前だけで兵士たちの士気は揺らいでいた。
そしてついに両軍は対峙する。
連合軍総大将グラディウスは、遠くの丘の上に立つ一人の男を見つけた。
青い服。
剣も鎧もない。
護衛すら少ない。
だが誰も近づこうとはしない。
「あれがハルトか」
将軍は低く呟いた。
その姿は伝説の英雄にも見えない。
王にも見えない。
ただの青年だった。
だが。
十万の騎兵を退けた男。
王国を掌握した男。
大陸を震え上がらせた男。
その全てが、今目の前にいる。
ハルトもまた遠くから連合軍を眺めていた。
地平線を埋める旗。
果てしなく続く兵列。
三十万という圧倒的な数。
ルカが息を呑む。
「これほどの軍勢……見たことがありません」
ハルトは小さく笑った。
「そうだろうな」
そして地図を閉じる。
「だからこそ」
風が吹いた。
無数の軍旗が揺れる。
「ここで勝てば終わる」
ルカは言葉を失った。
三十万を前にして。
この男は勝利以外を考えていない。
その頃、連合軍の先鋒はゆっくりと進軍を開始していた。
人類最大の軍勢。
大陸最強の同盟。
そして歴史を変えた青年。
両者の激突は、もう目前まで迫っていた。




