第十四話 十万騎兵軍団
大地を揺らす地鳴りのような足音が、ガルバディス王国の国境沿いに広がる「アルノ平原」に響き渡っていた。
隣国レグルス帝国が誇る、十万の無敵騎兵軍団。
鋼の鎧に身を包んだ人馬が地平線を埋め尽くす光景は、中世のいかなる大国をも絶望させるに十分な威容だった。
帝国の将軍は、本陣で不敵な笑みを浮かべている。
「ふん、糞尿を集めて魔法の武器を作っただと? 迷信に縋る哀れな弱小国め。
我が騎兵の蹄で、跡形もなく踏み潰してくれるわ!」対するハルトの軍勢は、わずか五千。
平原の中央にぽつんと陣を敷くハルトの姿は、帝国から見れば自殺志願者にしか見えなかった。
「ハルト様……敵が突撃の陣形を整えました。
本当に、これで大丈夫なのですか?」副官のルカが、真っ青な顔でハルトの手元を見る。
ハルトは現代のストップウォッチ(タイムスリップ時の私物)を握りしめ、不敵に笑った。
「ルカ、現代の戦術において、遮蔽物のない平原を進む騎兵ほど『いいカモ』はいないんだよ。
量産した三千発の成果、見せてやる」ハルトがこの数日、平原の土の下に仕込ませたもの。
それこそが、手榴弾の仕組みを応用した、歴史上どこにも存在しない最古の「対人・対馬地雷」だった。
手榴弾の摩擦式マッチに長い紐を結びつけ、それを地面に張り巡らせた「踏み針」に連結。
あるいは、土器の殻をさらに薄くし、馬の蹄が踏んだ圧力で内部のマッチが擦れて炸裂する「圧力式地雷」を、兵士総出で幾重にも埋め尽くしていたのだ。
「全軍、突撃ィーッ!!!」帝国の将軍の号令とともに、十万の騎兵が一斉に牙を剥いた。
凄まじいスピードで突進してくる鉄の津波。
瞬く間に、ハルトの仕掛けた「第一防衛線」へと騎馬隊の先頭が足を踏み入れた。
一頭の軍馬の蹄が、草むらに隠された一本の細い紐を引っ張る。
その瞬間、地中の手榴弾の導火線に火が走った。
数秒後。
――ズガアアアァンッ!!!平原のど真ん中で、最初の大爆発が巻き起こった。
凄まじい爆風と、地中から吹き荒れた何百本もの錆びた鉄釘が、先頭の馬の足をズタズタに引き裂く。
「な、なんだ!? 伏兵か!?」帝国の騎兵が動揺した瞬間、それは連鎖的に始まった。
右でドカン、左でズドン。
前進すればするほど、大地そのものが怒り狂ったように爆発を繰り返す。
ドゴォン! ズガァン! ボガァァンッ!!「ひ、ひづめが! 馬が言うことを聞かんっ!」「退け! 地面が爆発しているぞ!」手榴弾を埋め込んだ地雷原の本当の恐怖は、殺傷力だけではない。
「馬のパニック」だった。
どれほど訓練された軍馬であっても、足元で閃光と爆音、そして鉄の破片が飛び散る地獄に耐えられるわけがない。
狂った馬たちは嘶き、乗り手を振り落とし、統制を失って味方同士で激しく衝突し始めた。
十万の無敵騎兵は、ハルトの陣にたどり着く遥か手前で、完全に足を止められ、巨大な肉の塊となって大混乱に陥った。
「よし、仕上げだ。
擲弾兵部隊、第二段階(プランB)へ移行!」ハルトの鋭い命令が飛ぶ。
地雷原のパニックで身動きが取れなくなった敵の大群へ向けて、ハルトが用意していた次なるオーパーツが姿を現した。
それは、内政編で職人たちに急造させた、中世の投石機を改良した「手榴弾専用カタパルト」である。
一度に数十個の手榴弾をカゴに詰め込み、導火線に火をつけて一気に空へと放つ。
夜空を飾る流星群のように、火花を散らす何百個もの黒い球体が、密集して動けない帝国軍の頭上へと降り注いだ。
――バリバリバリズガアアアアンッ!!!空中炸裂。
上空数メートルで一斉に炸裂した手榴弾から、無数の鉄釘と陶器の破片が「鋼鉄の雨」となって、防備の薄い頭上から帝国兵たちへ容赦なく突き刺さる。
それはもはや戦争ではなく、一方的なテクノロジーによる蹂躙だった。
「悪魔だ……あの男は大地と空を操る悪魔だ!!」帝国の将軍は、自慢の軍隊が影も形もなく崩壊していく光景を前に、ガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。
十万いた大軍は、一度もハルトの兵と剣を交えることなく、恐怖のどん底に叩き落とされて敗走を始めた。
アルノ平原には、ただ硝煙の臭いと、呆然と立ち尽くすガルバディス王国の兵士たちだけが残されていた。
「勝った……本当に、五千で十万に勝ってしまった……」ルカが震える声で呟く。
ハルトはストップウォッチをポケットにしまい、遠く逃げ去る帝国の背中を見つめた。
「これで、大陸の勢力図は完全にひっくり返った。
さあ、次はこっちから攻め込む番だ」手榴弾一万発から始まったハルトの軌跡は、ついに一国を守り抜き、大陸全土を揺るがす「新帝国」の誕生へと突き進んでいく。




