第十二話 王のいない玉座
王城フラウの朝は、異様な静けさに包まれていた。
だがそれは平和ではなく、支配された沈黙だった。
玉座の間の中央には、昨日と同じようにガルバディス国王が座っている。
しかし、その目にかつての王としての光はもうない。
その数歩手前に立つのは、青いジャージの男――ハルト。
彼の背後には、黒衣の擲弾兵が無言で控えている。
誰も剣を抜かない。抜く必要がないことを、全員が理解していた。
「陛下。硝石の採取状況を報告してください」
ハルトの声は事務的だった。
戦勝者の命令ではなく、現場監督の確認に近い。
国王は喉を鳴らしながら、震える声で答える。
「……南部の沼地より、昨日より三倍の量が……すでに運び込まれております……」
「良いですね。では次。肥溜めの回収は?」
「農村三十ヶ所より……指示通り……」
「遅い。もっと増やしてください」
淡々としたやり取り。
それは王と臣下の会話ではない。
工場の進捗管理そのものだった。
その時、側近の一人が思わず声を上げた。
「ま、待て! 国王陛下に対してそのような――」
言い終わる前に、擲弾兵の一人が胸元に手を入れた。
カチリ。
小さな摩擦音。
それだけで、部屋の空気が凍りついた。
「……続けてください」
側近は即座に膝を折った。
武器を持つ者の意思は、すでに存在していなかった。
ハルトは一切視線を向けずに言う。
「国王陛下。この国の問題は二つです。食糧と資源。そして時間です」
「じ、時間……?」
「はい。敵は必ず動きます。私の存在を放置する国はありません」
玉座の間に、重い沈黙が落ちた。
その言葉は予言ではなく、報告だった。
ハルトは懐から紙を取り出し、机の上に広げる。
そこには王国全土の地図が、既に細かく書き込まれていた。
硝石採掘地、輸送路、工場予定地。
さらにその先には、赤い印がいくつも並んでいる。
「……これは?」
国王が震え声で尋ねる。
「次に落とす城です」
その瞬間、誰も息を吸えなかった。
「理由は三つ。距離が近い、兵站が弱い、そして――反乱の兆候がある」
まるで天気予報のように、戦争が語られていく。
「ハルト殿、それは……宣戦布告か?」
「いいえ」
ハルトは即答した。
「制圧計画です」
その言葉に、誰も反論できなかった。
その日の午後。
王城フラウの中庭では、異様な光景が広がっていた。
農民、元兵士、職人たちが集められ、指示通りに土を掘っている。
その中心で、ハルトは地面を見下ろしていた。
「そこ、もっと掘れ。浅い」
「はい……!」
誰も逆らわない。
逆らう理由がないのではなく、逆らう未来が存在しないからだった。
その時、背後からルカが駆け寄ってくる。
「ハルト様! 隣国の使者が来ています!」
一瞬、空気が変わった。
「通せ」
玉座の間に入ってきたのは、豪華な鎧をまとった男だった。
だがその目は明らかに焦っている。
「我が国はガルダ城の件について説明を要求する! 貴殿の行為は国際秩序への――」
言葉が止まった。
彼の視線の先に、擲弾兵が立っていた。
胸元の黒い球体。
指がヤスリに触れる。
シュッ。
それだけで、使者の喉が鳴った。
「……用件は?」
ハルトが静かに言う。
使者は即座に膝をついた。
「……和平交渉を……お願いしたい」
沈黙。
そしてハルトは一言だけ言った。
「遅いですね」
その言葉は宣戦でもなく、拒絶でもない。
ただの事実だった。
その夜。
王城の最上階で、ハルトは一人、外を見ていた。
遠くで硝石炉が燃え、赤い光が空を染めている。
ルカが恐る恐る声をかける。
「ハルト様……本当に、これで良いんでしょうか……?」
しばらく沈黙があった。
やがてハルトは、静かに答えた。
「良いか悪いかじゃない」
「止められるか、止められないかだ」
風が吹く。
その瞬間、遠くの山の向こうで、狼煙が上がった。
赤い、戦の合図。
ハルトはそれを見て、小さく息を吐いた。
「来たか」
ルカが顔を上げる。
「……敵ですか?」
ハルトは答えない。
ただ、玉座の間に戻る背中だけが言っていた。
――戦争は、もう始まっている。
ガルダ城を手中に収めたハルトは、ガルバディス王国の実権を握る。
国王は名目上の存在となり、ハルトは王国全土の資源・人員を管理し始める。
硝石採取地や輸送路を整備し、次の戦争に向けた準備を開始。
さらに周辺諸国へ圧力をかけ、制圧計画を立案する。
その頃、隣国はガルダ城陥落の真相を探り始め、ハルトの存在を危険視し始めていた。




