第十一話 王城への進撃
重く垂れ込めた雲から、冷たい雨が石造りの城壁を濡らしていた。
大陸全土に「難攻不落」と轟く王城フラウ城。
その堅牢な門の前に、現代の知識と一万発の“雷”を携えた青年、ハルトは立っていた。
背後には黒衣の擲弾兵五十名。
かつてガルダ城の兵だった者たちだ。今は全員、同じ装備、同じ規律、同じ恐怖を理解している。
「ハルト様、敵弓兵、城壁上に展開。嘲笑と罵声、続いています」
副官の声に、ハルトは短く頷いた。
「予定通り。動くな。焦らせるな」
雨粒が鎧を叩く音だけが、妙に大きく響く。
城壁の上から、怒号が降る。
「たった五十で王城を落とすだと!?」「狂人め!」「雷の化け物など存在するものか!」
だが、その嘲笑には確かな“恐怖の予感”が混じっていた。
ガルダ城陥落の噂は、すでにこの城にも届いている。
ハルトは静かに前へ出た。
濡れた土の上を、迷いなく。
「大盾、前へ」
号令と同時に、擲弾兵たちは巨大な木盾を構え、隊列を組む。
城壁から矢が降る。
バシバシと盾に突き刺さる音。
だが誰も止まらない。
「止まるな。歩け」
ハルトの声は低い。
「恐怖は敵じゃない。遅れが敵だ」
一歩、また一歩。
射程の境界線へ。
「――距離、三十」
副官の声。
ハルトは手を上げた。
「擲弾兵、準備」
五十人が同時に動く。
摩擦式の信管。
土器型の筐体。
中世の技術と現代の破壊概念の“歪な融合”。
カチリ。
小さな音が五十回重なる。
城壁の上で、敵兵が叫ぶ。
「来るぞ!何か投げる気だ!」
「ただの焼き物だ!怯むな!」
その言葉が最後だった。
「――投擲」
ハルトの声。
五十の影が一斉に空へ跳ぶ。
放物線。
雨を裂く黒点。
城壁へ吸い込まれるように落下する。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
――ズガアアアアアアアンッ!!!
世界が白くなる。
城壁が“鳴いた”。
鉄釘と陶片が嵐となって四方へ広がり、弓兵の列を薙ぎ払う。
悲鳴は爆音にかき消された。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!!」
誰かの叫びが途中で途切れる。
崩れた城壁の上で、生きている者は立っていなかった。
ハルトは一歩も動かず、言った。
「門を開けろ」
擲弾兵が前へ。
抱えているのは“収束爆弾”。
十発の手榴弾を束ねた、ただの“暴力の塊”。
城門へ設置。
導火線に火。
走る。
そして――
――ドゴオオオオオオオンッ!!!
王城フラウの正門が、内側から破裂した。
千年の歴史が、一瞬で崩れる。
門の向こうで待機していた重装騎士団が、衝撃波で倒れ伏す。
馬が悲鳴を上げ、鎧が宙を舞う。
「進軍」
ハルトは歩いた。
雨の中を、ただ前へ。
城内はすでに戦場ではなかった。
“理解の崩壊”の場だった。
剣を構える者はいない。
構える前に心が折れている。
「雷だ……雷が来た……!」
「悪魔だ!城が裂ける!」
逃げる者、跪く者、動けない者。
その全ての中心を、ハルトは通過していく。
まるで戦争ではなく、通勤のように。
玉座の間の扉が開く。
そこには王、ガルバディスがいた。
だが、昨日までの王ではない。
目の下に深い影。
震える指。
握りしめた玉座の腕が白くなっている。
その前にハルトが立つ。
擲弾兵は一歩後ろ。
誰も武器を抜かない。
必要がないからだ。
「……来たか」
王がかすれた声で言う。
ハルトは軽く頭を下げる。
「王城フラウ、制圧完了しました」
「制圧……だと……?」
王の声は震えていた。
「我が国の誇りは……騎士団は……」
ハルトは答える。
「崩れました。城壁も同じです」
淡々とした報告。
そこに勝利の感情はない。
ただ“処理結果”があるだけだ。
王は笑おうとして、できなかった。
「何が望みだ……金か、領地か……それとも王座か……?」
ハルトは一瞬だけ沈黙した。
そして言う。
「全権です」
玉座の間が凍る。
「軍事、内政、外交。すべて」
王の喉が鳴る。
「……それは、つまり……」
「あなたは象徴として座っていてください。実務はすべて私が行います」
静かな宣告。
王は長い沈黙の末、崩れるように笑った。
「……はは……王とは、空っぽの器か」
ハルトは首を横に振る。
「違います」
「器ですらありません。あなたは“維持装置”です」
その言葉に、玉座の間の空気が止まる。
だが王はもう抵抗しなかった。
できなかった。
「……わかった」
それだけ言って、玉座に沈む。
その瞬間、王国は“形式的に”終わった。
ハルトは背を向ける前に、一度だけ言った。
「これから、この国は変わります」
「兵器のための国に」
擲弾兵が一斉に膝をつく。
それは忠誠ではない。
生存の形式だった。
王城フラウ陥落。
そしてその瞬間、隣国からの“観測報告”が密かに上がる。
――「未知の雷兵器、王都制圧」
まだ誰も知らない。
この日を境に、大陸の均衡は完全に崩壊したことを。




