第三十話 亡霊
なかなか更新できておらず申し訳ないです。
最近忙しくなった上に他に創作したいものが出てきて楽しく過ごしております。
瓦礫の街へ静寂が降りていた。遠方ではなお重力ビームが空を裂き、爆炎が幾つも咲き続けている。それなのに第三アークキャノン周辺だけは、まるで世界から音だけが切り取られたように静まり返っていた。風が崩れたビルの谷間を吹き抜け、転がる鉄骨が乾いた音を立てる。その音だけが、不気味なほど大きく耳へ残った。
「カイ。」
アッシュの通信が入る。
「その破片、見せろ。」
カイは足元へ転がる黒い装甲片を拾い上げる。まだ熱を帯びている切断面から白い煙が細く立ち昇っていた。
「見覚えがあるのか。」
「いや。」
短い沈黙。
「同じものを斬った。」
その言葉に、誰も口を開かなかった。アッシュが冗談を言う男ではない。つまり。見えない敵は一体ではなかった。
「ライラ。」
ガイウスが通信を開く。
「第三周辺を再走査しろ。」
「実行中です。」
ヘリオスの高性能センサーが戦場全域を舐めるように走査していく。熱源。重力反応。電磁波。生体反応。すべて正常。
「……検出できません。」
ライラの声には、初めて焦りが滲んでいた。
「そんな馬鹿な。」
イザベラが思わず声を漏らす。
「装甲片がある以上、そこにいたのは確実よ。」
「なら、どこへ消えた。」
誰も答えられない。カイはゆっくりと周囲を見渡す。崩れたビル。砕けた道路。煙を上げる残骸。どこを見ても敵はいない。それでも。胸の奥だけが叫び続けていた。近い。
「伏せろッ!!」
カイの叫びが通信を震わせる。考えるより早く全員が機体を散開させた。次の瞬間。
轟音。第三アークキャノンの外壁が内側から弾け飛んだ。鋼鉄が紙のように裂け、数十トンはある装甲板が宙を舞う。爆風が瓦礫を巻き上げ、灰色の砂嵐が一帯を飲み込んだ。
「何だ!?」
「どこから撃たれた!」
誰にも見えなかった。発射炎も。弾道も。敵影すら。ただ結果だけが残る。アークキャノンの側面には巨大な抉れ跡が刻まれ、赤熱した装甲が悲鳴を上げるように火花を散らしていた。
「損傷率三パーセント!」
ライラが叫ぶ。
「貫通はしていません!」
カイは歯を食いしばる。一撃。たった一撃で、あれだけの装甲が削られた。
「隊長!」
ノアの声。
「右です!」
カイは反射的に振り向く。ビルの壁面。ほんの一瞬だけ、背景が水面のように揺らいだ。迷彩。いや。何かが光を曲げている。
「いた!」
Type-Kが爆発的に加速する。レオンも続く。ノアが重力ライフルを構える。三機が一直線に瓦礫の谷間へ飛び込んだ、その瞬間だった。何もない空間から、六本の蒼白いビームが同時に放たれた。
「散開!!」
カイの怒号が響く。三機は咄嗟に左右へ跳ぶ。ビームは背後のビル群を貫き、何十階もの建物が音を失ったまま崩れ始める。土煙が空を覆う。視界は完全に閉ざされた。
「敵影!」
リアムが叫ぶ。
「……いや、違う!」
上空から見下ろしていたレイヴン隊のモニターへ、小さな黒い影が六つだけ映った。そして、その六つの影は、煙の中へ吸い込まれるように消えていった。
六本の蒼白い閃光は土煙を切り裂き、第三アークキャノンの周囲をかすめていった。重力ビームが通過した空間は陽炎のように揺らぎ、背後の高層ビルが静かに崩れ始める。轟音は一拍遅れて押し寄せ、大地は巨人が身震いしたように激しく震えた。巻き上がった瓦礫が雨のように降り注ぎ、街は再び灰色の煙へ飲み込まれる。
「今のは何だ!」
ダリウスが叫ぶ。
「敵は!」
「見えません!」
ルーカスの返答には焦りが滲んでいた。
「レーダー反応なし!」
「熱源もゼロ!」
見えない。撃ってくる。それだけだった。
「レイヴン隊!」
ガイウスが通信を開く。
「上空から確認できるか!」
「探している。」
アッシュは短く答える。四機のレイヴンは一気に高度を上げた。雲を突き抜け、第三アークキャノン全域を俯瞰する。リアムが索敵範囲を広げ、セレナとカイルが左右へ展開する。しかし映るのは燃え上がる市街地と入り乱れるヴォイドⅡだけだった。
「……いない。」
リアムが呟く。その瞬間だった。
「上だ!」
アッシュの声が響く。六本の蒼白い光が雲の中から降り注ぐ。
「散開!」
四機は同時に機体を反転させる。ビームはすぐ脇を掠め、後方の雲を巨大な穴ごと消し飛ばした。
「いたか!」
カイルがライフルを向ける。引き金を引く。蒼い重力ビームが一直線に雲を貫く。何もない。命中したはずの空には爆発も残骸も存在しなかった。
「消えた!」
セレナが叫ぶ。
「違う。」
アッシュは静かだった。
「最初から、そこにはいない。」
レイヴン隊は再び高度を変える。敵がいた場所を狙えば、そこにはもういない。追い掛ければ、別の場所から撃たれる。戦場の主導権は完全に奪われていた。一方、地上ではカイが瓦礫の間を駆け抜けていた。Type-Kの足元で砕けたコンクリートが跳ね上がり、舞い上がる粉塵が視界を白く染める。
「隊長!」
レオンが叫ぶ。
「右!」
カイは反射的にアークシールドを構えた。直後、激しい衝撃が左腕を貫く。金属が軋み、重力シールドが火花を散らす。機体は数十メートル後方まで押し飛ばされ、ビルの壁面へ叩き付けられた。
「隊長!」
ノアが駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「……問題ない。」
左腕が痺れる。アークシールドには深い焼け跡が刻まれていた。あと数十センチずれていれば、コックピットを貫かれていた。
「どこから撃った!」
ダリウスが怒鳴る。返事はない。敵は姿を見せない。ただ、こちらを撃つだけだ。その時だった。カイの視線が、崩れたビルの窓ガラスを捉える。一瞬。本当に一瞬だけ。背景が歪んだ。
「そこか!」
Type-Kが飛び出す。重力ライフルではない。右腕シールド中央が青白く輝く。
「パンッ!」
乾いた射出音が街へ響いた。小型三角錐アンカーが一直線に飛ぶ。極細ワイヤーが張り詰める。ガキィィンッ!!確かな手応え。空中で火花が散る。何もないはずの空間から黒い装甲片が弾け飛び、アンカーだけが深く何かへ突き刺さった。
「掛かった!」
レオンが叫ぶ。ワイヤーは確かに何かへ繋がっている。見えない。それでも、そこに敵はいる。次の瞬間、ワイヤーの先から信じられないほどの力が伝わった。Type-Kの巨体が逆に引きずられる。
「なっ……!」
地面が砕ける。タイヤ痕のように道路を削りながら、Type-Kが数十メートル引きずられていく。見えない敵が。Type-Kを力ずくで引っ張っていた。
極細ワイヤーが甲高い音を立てながら張り詰める。見えない何かへ突き刺さったアンカーは確かな手応えを返していた。しかし次の瞬間、その細い一本の線は猛獣へ繋いだ鎖へ変わる。Type-Kの巨体が地面を削りながら引きずられ、砕けたアスファルトが滝のように跳ね上がった。数十トンある機体とは思えないほど、一方的だった。
「隊長!」
レオンが叫ぶ。
「離してください!」
「……離せない。」
カイは歯を食いしばる。ワイヤーは張ったまま微動だにしない。それどころか、なおも前へ引きずられていく。
「何て馬鹿力だ……。」
ダリウスが息を呑む。見えない敵は、Type-Kを片腕だけで引き寄せているようだった。
「ノア!」
「了解!」
ノアの重力ライフルが火を噴く。蒼い閃光がワイヤーの先へ吸い込まれる。命中。爆炎が上がる。しかし次の瞬間には煙だけが残り、敵影はどこにも見えない。
「効いてない……?」
ノアが呟く。その言葉を否定するように、ワイヤーがわずかに揺れた。カイはその感触を逃さなかった。いる。確かにそこにいる。
「引き寄せる!」
重力エンジンが唸りを上げる。Type-Kが逆噴射を開始する。見えない敵と、巨大な重力機関。互いに一歩も譲らない綱引きが始まった。道路は悲鳴を上げるようにひび割れ、コンクリートは砕け、周囲の街路樹が根こそぎ引き抜かれていく。二つの質量がぶつかり合うたび、大地そのものが軋みを上げた。
「動いた!」
レオンが叫ぶ。ワイヤーの先が、ほんのわずかにこちらへ寄る。
「そのままです!」
ノアが声を張る。カイは操縦桿を握る手へさらに力を込めた。その瞬間だった。何もない空間へ一本の蒼い筋が走る。アークライフル。偶然だった。照準を合わせたわけではない。ワイヤーの延長線上へ放たれた一撃だった。蒼白い重力ビームは見えない何かへ直撃する。次の瞬間。空間が砕けた。水面へ石を投げ込んだように光が波打ち、景色そのものが崩れ始める。
「何だ……!?」
レオンが息を呑む。透明だった輪郭が揺らぐ。腕。肩。巨大な脚。そして黒い装甲。機体の一部だけが姿を現した。
「いた!」
ダリウスが叫ぶ。
「撃てぇ!」
四方から重力ビームが集中する。しかし敵は瞬時に姿を消す。蒼い閃光だけが街を貫き、瓦礫が次々と吹き飛んだ。それでも。さっきとは違った。
「隊長!」
ノアが興奮を抑えきれない。
「見えました!」
「ああ。」
カイは静かに答える。ほんの一瞬。それでも確かに見えた。黒い巨大な腕だった。グレイヴァより明らかに太い。
「レオン。」
「はい。」
「もう一度引きずり出す。」
Type-Kは右腕を構え直す。極細ワイヤーはまだ切れていない。見えない敵も、まだ逃げ切れてはいない。両者は再び動き出す。決着まで、あと一歩だった。
極細ワイヤーはなお張り詰めたまま震えていた。見えない敵はなおもType-Kを引きずろうとし、Type-Kは全出力の重力エンジンで踏みとどまる。互いに譲らない力がぶつかり合うたび、大地は悲鳴を上げ、砕けた道路は波打つように盛り上がった。瓦礫が跳ね、鉄骨が軋み、街そのものが二体の怪物に引き裂かれていく。
「隊長! あと少しです!」
ノアが叫ぶ。
「レオン!」
「了解!」
二機が同時に加速する。左右からワイヤーの先へ飛び込み、重力ライフルを連続で撃ち放つ。蒼い閃光が一点へ集中する。一発。二発。三発。四発。五発。六発。着弾するたび空間が波打ち、何もないはずの場所で景色だけが水面のように揺らいだ。
「出てこい!」
カイが操縦桿を引く。Type-Kの全身が軋む。重力エンジンが限界を超えて咆哮する。そして――。何もない空間から巨大な黒い影が引きずり出された。
「……っ!」
誰も言葉を失った。黒い装甲。異様に長い両腕。背中へ並ぶ巨大な砲身。鋭く湾曲した爪。そしてグレイヴァを見下ろすほどの巨体。
「でかい……。」
レオンが思わず呟く。グレイヴァの一・五倍。その圧倒的な存在感だけで空気が重くなる。
「隊長!」
ノアが叫ぶ。敵は姿を現した瞬間、迷わず右腕を振り上げた。巨大なグラビティクロー。大気を裂きながらType-Kへ振り下ろされる。
「避けろ!」
Type-Kは紙一重で回避する。爪は背後の高層ビルへ食い込み、数十階建ての建物が豆腐のように真っ二つへ裂けた。
「化け物か……!」
ダリウスが息を呑む。しかし。敵は次の動きへ移れなかった。右腕にはアンカーが深々と突き刺さったまま。
「今だ!」
カイが叫ぶ。レオン。ノア。ダリウス。コール。ミラ。ルーカス。六機の重力ライフルが一斉に火を噴く。蒼い閃光が黒い巨体へ吸い込まれる。その瞬間だった。今まで敵を包んでいた淡い揺らぎが音を立てて砕け散る。装甲が露わになる。逃げられない。
「撃ち続けろ!」
重力ビームが次々と命中する。黒い装甲は弾け飛び、火花が嵐のように舞う。
「隊長!」
ノアが叫ぶ。
「通ってます!」
カイは答えない。答える暇がない。Type-Kは一気に間合いを詰める。レーザーブレードを両手で握り締める。
「終わりだ。」
蒼い刃が一直線に振り下ろされた。重力炉。その中心を正確に貫く。一拍。静寂。次の瞬間。黒い巨体は内側から崩れ始めた。青白い光が全身へ走り、巨大な装甲が一枚、また一枚と砕け落ちる。轟音。爆発。巨体はビル群を巻き込みながら大地へ倒れ込み、黒煙と炎を天高く噴き上げた。誰も動かなかった。初めて。見えない敵を倒した。その事実だけを、全員が静かに見つめていた。その静寂を切り裂くように、ライラの悲鳴にも似た声が全通信へ響く。
「第二アークキャノン! 緊急通信!」
全員の表情が凍り付く。
「……こちら第二! 見えない敵だ! 繰り返す、見えない敵が現れた!」
黒い巨体が轟音とともに崩れ落ちる。砕けた装甲が雨のように降り注ぎ、数百トンはある残骸が大地を揺らした。立ち昇る黒煙は天を覆い、燃え上がる炎が瓦礫の街を赤く染める。誰も動かなかった。ただ、その巨大な残骸を見つめていた。今まで誰一人姿すら捉えられなかった敵を、自分たちは確かに撃ち倒したのだ。
「……やった。」
ノアが息を漏らす。
「終わったか。」
ダリウスも肩の力を抜く。レオンはレーザーブレードを納め、小さく笑った。
「隊長、珍しく素直に勝ちましたね。」
カイは答えない。巨大な残骸だけを見つめ続けていた。胸騒ぎが消えない。敵は倒れた。それなのに。嫌な予感だけが、喉の奥へ刺さった小骨のように残り続けていた。その時だった。ガガッ――。通信回線へ再び激しいノイズが走る。
「こちら第二アークキャノン!」
ガレスの怒鳴り声だった。
「見えない敵が出た! 一機じゃない!」
全員の動きが止まる。
「何だと……。」
ダリウスが思わず呟く。
「こちら第二! 敵影確認できず! 被害拡大中!」
爆発音。悲鳴。通信の向こうで鋼鉄が軋む音が響く。
「エリック、下がれ!」
「ぐっ……!」
激しい衝撃音。その直後、通信が一瞬だけ途切れた。
「ガレス!」
ガイウスが叫ぶ。
「応答しろ!」
数秒後。荒い息遣いだけが聞こえる。
「……まだ、戦える。」
ガレスの低い声だった。
「だが、敵が見えん。」
その言葉が終わる前だった。
別の通信が割り込む。
「こちらレイヴン隊!」
リアムの叫びだった。
「第三上空にも反応!」
「何?」
アッシュが即座に機体を反転させる。高度四千メートル。雲を突き抜ける。その視界の先。青空が一瞬だけ揺らいだ。
「いた。」
レーザーブレードを抜く。急降下。音速を超える勢いで突撃する。しかし。何も斬れない。敵は蜃気楼のように揺らぎ、アッシュの背後へ回り込んでいた。
「隊長!」
カイルが叫ぶ。蒼白い閃光。グラビトンバズーカが放たれる。アッシュは紙一重で回避したが、背後の雲が巨大な穴を穿たれ、その先に浮かぶ廃ビル群が一瞬で消し飛んだ。
「……もう一機いる。」
アッシュの声には初めて緊張が混じる。ヘリオス艦橋。ライラの指が高速でキーボードを叩く。戦況図を更新する。第一。第二。第三。赤い光点が次々と並ぶ。そして。第三アークキャノン周辺。第二アークキャノン周辺。第三上空。三か所で、ほぼ同時刻に原因不明の被害が発生していた。ライラの顔から血の気が引く。
「そんな……。」
イザベラが画面を覗き込む。
「どうした!」
ガイウスが振り返る。ライラは震える指で戦況図を示した。
「同時です……。」
誰も意味が分からなかった。
「一機では……説明できません。」
艦橋が静まり返る。その静寂を破ったのは、イザベラだった。彼女は燃え盛る第三アークキャノンの映像、第二の被害記録、そして上空で回避を続けるアッシュの映像を見比べ、乾いた唇をゆっくり開く。
「……三機。」
誰も動かなかった。
「最初から……三機いたのよ。」
ヘリオス艦橋から音が消えた。誰もが戦況図を見つめたまま言葉を失っている。第一のレイスは第三アークキャノンで撃破した。にもかかわらず、第二アークキャノンと第三上空では同じ戦闘が同時に発生していた。その現実だけが、冷たい刃のように全員の胸へ突き刺さる。
「……三機。」
イザベラがもう一度静かに呟く。
「最初から、それぞれ別のアークキャノンを狙っていたのね。」
ガイウスはゆっくりと目を閉じた。ようやく敵の狙いが繋がる。三基のアークキャノン。一機でも破壊されれば作戦は失敗。だから敵も三機だった。偶然ではない。最初から、そのためだけに送り込まれていた。
「各隊、聞け。」
ガイウスの低い声が全通信へ響く。
「敵は三機だ。」
一瞬だけ通信回線が静まり返る。
「第三は一機撃破。」
「だが第二、第三上空にはまだ一機ずつ残っている。」
誰も返事をしない。驚いているのではない。ようやく全てが繋がったからだった。
「アークキャノンを一本でも失えば終わる。」
「必ず止めろ。」
その言葉だけで十分だった。
「カイ。」
「了解。」
「第二へ向かえ。」
「レオン、ノア。」
「了解!」
三機は爆煙を突き抜け、第二アークキャノンへ向けて蒼い尾を引く。その横を、一筋の蒼い流星が駆け抜けた。
アークType-I。
アッシュだった。
「アッシュ。」
ガイウスが呼ぶ。
「第三上空は俺が戻る。」
短い返答。
「リアム、セレナ、カイル。」
「了解。」
四機は一斉に上昇し、燃え上がる雲海へ吸い込まれていく。高度三千。四千。五千。青空を切り裂きながら、再び空の亡霊を追い始めた。第三アークキャノンではダリウスが撃破した黒い残骸を見下ろしていた。巨大な機体はまだ黒煙を上げ、焼け焦げた装甲が赤熱している。
「隊長。」
コールが近付く。
「追いますか。」
ダリウスは首を横へ振った。
「いや。」
視線を残骸から街へ移す。
「俺たちの仕事はここを守ることだ。」
「第三は絶対に抜かせん。」
「了解!」
四機は再び市街地へ散開する。崩れたビルを盾にし、瓦礫の谷間を縫い、第三アークキャノンを中心に新たな防衛線を築いていく。その頃、第二アークキャノンでは激しい爆発が続いていた。
「くそっ!」
ガレスのアークType-Gが横へ吹き飛ばされる。何もない空間から放たれた一撃が左肩を掠め、装甲を大きく抉り取っていた。
「また消えた!」
リナが叫ぶ。
「どこにいる!」
エリックの重力ライフルが瓦礫を吹き飛ばす。しかし敵は映らない。ただ、次の攻撃だけが突然襲ってくる。
「隊長!」
その時だった。蒼い三本の光跡が戦場を横切る。Type-K。Type-L。Type-N。中央遊撃隊だった。
「待たせた。」
カイの声が通信へ響く。ガレスは思わず笑う。
「遅いぞ。」
「悪い。」
カイは静かに重力ライフルを構えた。
「今度は逃がさない。」
その言葉を合図にするように、第二アークキャノン前方の景色がほんの一瞬だけ揺らぐ。誰も息をしなかった。見えない敵もまた、新たな獲物を見据えて静かに動き始めていた。
第二アークキャノン周辺は、もはや戦場という言葉では足りなかった。崩れた高層ビルは幾重にも折り重なり、道路は巨大な爪で引き裂かれたように裂け、地面の至る所から白い蒸気が噴き上がっている。重力エンジンの咆哮と爆発音が絶え間なく響く中、それでも敵の姿だけはどこにも見えなかった。
「全機、距離を取れ!」
カイの指示と同時に六機が散開する。その瞬間だった。空中へ六つの黒い影が滲む。
「何だ……?」
レオンが息を呑む。黒い球体。人の頭ほどの大きさしかない機械が六機、音もなく宙へ浮かんでいた。次の瞬間、それぞれの先端が蒼白く輝く。
「撃つぞ!」
カイが叫ぶ。六本の重力ビームが同時に放たれた。
「散開!」
Type-Kが左へ跳ぶ。レオンは急上昇。ノアは地面すれすれを滑る。ガレスたちも必死に回避する。六本の光は地面を抉り、崩れたビルを紙細工のように吹き飛ばしていく。
「本体じゃない!」
ノアが叫ぶ。
「小さい奴が撃ってる!」
その言葉が終わるより早く、六機の黒い球体は再び姿を消した。
「消えた!?」
ガレスが目を見開く。
「違う!」
カイの視線が一点へ止まる。
「来る!」
空気が揺らぐ。そこから巨大な黒い腕が飛び出した。グラビティクロー。建物ごと切り裂く一撃がType-Gへ迫る。
「隊長!」
ガレスは咄嗟にアークシールドを構える。轟音。衝撃。機体が数十メートル吹き飛び、アークType-Gは瓦礫へ叩き付けられた。
「ぐっ……!」
左腕が動かない。装甲は深く抉られ、警告灯が赤く点滅する。
「ガレス!」
カイが飛び込む。その瞬間、背景が歪んだ。
「そこだ!」
アンカー発射。乾いた射出音と共に極細ワイヤーが一直線に飛ぶ。ガキィィン!!再び確かな手応え。
「掛かった!」
今度は逃がさない。Type-Kが重力エンジンを全開にする。道路がめくれ上がる。ビルの基礎が砕ける。見えない巨体がゆっくりと姿を現した。黒。禍々しい装甲。背中へ並ぶ二門の巨大なグラビトンバズーカ。肩の周囲を漂う六機の黒いドローン。まるで死神そのものだった。
「撃てぇぇぇ!」
六機の重力ライフルが一斉に火を噴く。しかし敵は笑うように姿を揺らす。ビームが掠める。その一瞬だけ装甲が現れる。
「そこだ!」
カイのアークライフルが閃く。蒼白い重力ビームが胸部を貫いた。今度は逃げられない。迷彩が激しく明滅する。
「レオン!」
「了解!」
レーザーブレードが右腕を切断。
「ノア!」
「任せてください!」
重力ライフルが左脚を撃ち抜く。
「ガレス!」
「借りを返す!」
Type-Gが残る右腕へ全力で体当たりを叩き込む。巨体が大きく体勢を崩した。
「終わりだ。」
Type-Kが跳ぶ。蒼いレーザーブレードが一直線に振り下ろされる。狙うのは胸部。重力炉。一閃。青白い光が黒い巨体を真っ二つに裂いた。数秒の静寂。そして。黒い巨体は内側から崩壊を始める。背中のバズーカ。六機のドローン。巨大な腕。すべてが青白い閃光へ飲み込まれ、爆発と共に夜空へ散っていった。誰も歓声を上げなかった。まだ終わっていない。全員が知っている。空には、もう一体が残っているのだから。
蒼い閃光が雲海を切り裂く。高度五千メートル。空を支配していたのは、レイヴン隊と見えない敵だけだった。地上の爆発は遥か下で霞み、ここでは風を裂く重力エンジンの咆哮だけが響いている。
「リアム、右上!」
アッシュの声が飛ぶ。
「了解!」
リアムが急上昇した瞬間、何もない空間から六本の蒼白い重力ビームが放たれた。機体は紙一重でかわす。しかし、掠めた一撃だけで左肩の装甲が抉り取られ、火花が尾を引きながら宙へ散った。
「くっ……!」
「高度を落とすな!」
アッシュは振り返らない。敵は自分たちを下へ落とそうとしている。第三アークキャノンへ近付かせるために。
「セレナ!」
「逃がさない!」
重力ビームが雲を裂く。しかし命中したのは空だけだった。敵はまた姿を消す。
「カイル!」
「見失いました!」
誰も敵を捉えられない。空だけが静かに揺らいでいた。その時だった。
「アッシュ!」
リアムが叫ぶ。
「後ろ!」
考えるより早くType-Iが機体を反転させる。巨大なグラビティクローが目前を通過し、機体の胸部を紙一枚の距離で掠めた。空気そのものが切り裂かれ、衝撃波だけで雲が巨大な渦を描く。
「そこか。」
アッシュの目が細くなる。見えない。だが、読める。敵は攻撃する瞬間だけ、わずかに景色が歪む。
「リアム!」
「はい!」
「上を取れ。」
「了解!」
リアムが一気に上昇する。敵も追う。その一瞬だけ。空に黒い輪郭が滲んだ。
「今だ。」
アッシュの右腕シールドが青白く輝く。乾いた射出音。アンカーが一直線に飛ぶ。ガギィィンッ!!確かな衝撃。ワイヤーが張り詰める。
「掛かった!」
その瞬間、四機のレイヴンが一斉に散開する。
「セレナ!」
「了解!」
重力ビーム。
「カイル!」
「任せろ!」
レーザーブレード。
「リアム!」
「行きます!」
三方向からの攻撃が見えない敵へ集中する。空間が激しく波打つ。光学迷彩が明滅する。そして。巨大な黒い機体が青空へ姿を現した。禍々しい黒い装甲。背中に二門の巨大なグラビトンバズーカ。肩の周囲を漂う六機の黒いドローン。巨大な両腕の先には、鋼鉄を紙のように引き裂くグラビティクロー。
「化け物か……。」
リアムが息を呑む。
「終わらせる。」
アッシュは一直線に加速した。敵も迎え撃つ。二門のグラビトンバズーカが火を噴く。アッシュは右へ。左へ。上下へ。紙一枚の距離で全弾をかわし、そのまま敵の懐へ飛び込む。
「そこだ。」
レーザーブレードが閃く。
右腕。左腕。肩。三度の斬撃。装甲が弾け飛ぶ。
「今!」
セレナとリアムの重力ビームが同時に胸部へ突き刺さる。黒い装甲が砕け、内部の重力炉が露わになる。アッシュは一切迷わなかった。最後の加速。蒼い閃光が一直線に敵を貫く。レーザーブレードは重力炉を正確に切り裂き、巨大な黒い機体は空中で静かに止まった。数秒。風だけが流れる。次の瞬間。轟音。黒い巨体は青白い光へ飲み込まれ、空いっぱいに爆炎を咲かせた。六機のドローンも爆発へ巻き込まれ、流星のように地上へ降り注ぐ。静寂。誰も言葉を発しなかった。やがてヘリオス艦橋で、ライラの震える声が響く。
「……見えない敵、全反応消失。」
艦橋を包んでいた緊張が、一瞬だけほどける。イザベラは撃破映像を見つめながら、小さく息を吐いた。
「まるで亡霊ね……。」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
「これから、あの機体をレイスと呼びましょう。」
その名は静かに艦橋へ広がり、やがて全通信網へ共有される。
「各隊へ通達。」
ガイウスが静かに前を向く。
「特殊ステルス機を識別名称『レイス』とする。」
一拍の静寂。そして、その声は戦場全域へ力強く響いた。
「レイス三機、全機撃破。」
「アークキャノン、最終充填を開始。」
誰も歓声は上げなかった。
本当の決戦は、これからだった。




