第二十話 深海の狩人
ヘリオス最下層、水中ドック。巨大な耐圧隔壁の向こうには、光の届かない深海がどこまでも広がっていた。静寂だけが支配する漆黒の世界。その闇の中を、不気味な青い光が六つ、ゆっくりと揺らめいている。まるで深海に棲む魔物が獲物を求めて浮かび上がってくるようだった。
艦橋では立体ホログラムに周辺海域が映し出され、その海底を六つの光点が一直線にヘリオスへ向かっていた。
「敵との距離、十八キロ。」
オペレーターが報告する。
「識別完了。」
「水中型ヴォイドⅡ・アビス、六機。」
ガレスがスクリーンを見つめる。
「これが……水中型ヴォイド。」
ヴィクターも眉をひそめる。
「青い発光を利用して味方機同士で情報共有しているのか。」
ローガンはコンソールへ表示されるデータを高速で解析していた。
「違います。」
「発光は副次的な現象です。」
「重力制御コアで周囲の水圧を制御しています。」
「通常の推進器ではありません。」
レオンはスクリーンから目を離さない。
「つまり、水そのものを推進力へ変えているのか。」
ローガンは頷いた。
「はい。」
「水流抵抗をほぼゼロにしています。」
「通常型グレイヴァでは追従できません。」
ガイウスは腕を組み、深海を映すホログラムを静かに見つめる。
「奴らは海では別の兵器になる。」
「だから我々にも海だけを戦場にしてきた部隊がいる。」
ガイウスは通信回線を開いた。
「ヘクトパス小隊。」
「出撃を許可する。」
「了解。」
短い返答だけが返ってくる。
ヘリオス最下層。
巨大な耐圧隔壁がゆっくりと左右へ開き、海水で満たされた第一水中ドックが姿を現した。青白い照明の中、水中戦専用グレイヴァ四機が静かに起動する。通常型より細身の装甲。水流制御フィン。大型重力ウォータージェット。深海仕様の耐圧フレーム。全身を走る蒼い重力ラインがゆっくりと輝き始める。隊長ダリウス・ヴォルフがヘルメットのバイザーを下ろした。
「ヘクトパス小隊。」
「潜航する。」
「了解。」
コール・ハドソン。ミラ・セイン。ルーカス・レイド。三人の返答が重なる。四機は重力制御コアの出力を静かに上げると、水面をほとんど揺らすことなく深海へ滑り込んだ。まるで海へ溶け込む四匹の蒼い捕食者だった。その遥か前方。深海の闇では、水中型ヴォイドⅡ・アビス六機が青い光を妖しく明滅させながら、静かにヘリオスへ迫っていた。
四機のヘクトパスは深海へ潜航を続ける。重力制御コアが静かに唸りを上げるたび、周囲の海水は機体を押し返すことなく滑らかに流れ、その巨体は水を切るのではなく、水そのものへ溶け込むように進んでいた。青い重力光だけが漆黒の海を細く照らし、四筋の軌跡が闇へ吸い込まれていく。
「深度八百。」
ミラ・セインがソナー画面を見つめる。
「敵との距離、五キロ。」
立体ソナーへ六つの青い光点が浮かび上がる。規則正しい隊形。速度を落とすことなく一直線。まるで一つの巨大な生物が深海を泳いでいるようだった。ダリウスは静かに命じる。
「予定通り包囲する。」
「了解。」
四機は同時に散開した。コールは海底渓谷へ。ミラは上方へ。ルーカスは岩礁地帯へ。ダリウスは正面からゆっくり距離を詰める。誰一人として余計な通信は入れない。長年共に潜り続けた四人は、互いの位置をソナーだけで理解していた。その頃、水中型ヴォイドⅡ・アビス六機は不気味な青い発光を繰り返しながら海底を進んでいた。鋭利な装甲が海水を静かに押し分け、重力制御によって発生する青い光だけが闇の中で妖しく脈打つ。その姿は兵器というより、深海へ棲みつく未知の捕食者だった。突然、一機のアビスが停止する。青い単眼が左右へゆっくり動いた。
「索敵している。」
ミラが小さく呟く。
「こちらの重力反応を探しています。」
ダリウスは冷静だった。
「動くな。」
四機は完全に停止する。重力制御コアの出力を最小まで落とし、周囲の海流へ溶け込む。深海は再び静寂に包まれた。数秒後。アビスは警戒を解いたように再び前進を始める。コールが小さく笑った。
「引っかかったな。」
ダリウスの目が鋭く光る。
「全機。」
「包囲を完成させる。」
四機のヘクトパスが再び静かに動き出す。上下左右。逃げ道を一つずつ塞ぎながら、六機のアビスを巨大な円の中心へ誘導していく。ルーカスが照準を合わせる。
「全機、射程圏内。」
「いつでも撃てます。」
ダリウスは首を横へ振る。
「まだだ。」
「もう少し引き込む。」
アビスは気付かない。自分達がヘリオスへ向かっているつもりで、いつの間にかヘクトパス小隊の狩場へ誘い込まれていることを。ダリウスは操縦桿を静かに握り締める。
「……狩りの時間だ。」
四機の重力制御コアが同時に高出力へ移行し、蒼い光が深海を静かに染め上げた。次の瞬間、ヘクトパス小隊は一斉に動き出した。
深海は静寂に包まれていた。
水中型ヴォイドⅡ・アビス六機は、不気味な青い発光を繰り返しながらヘリオスへ向けて進み続ける。その単眼は前方だけを見据え、背後に忍び寄る四つの影には気付いていない。ダリウスはゆっくりと右手を握り締めた。
「……狩りの時間だ。」
次の瞬間。
四機のヘクトパスが深海の闇から一斉に飛び出した。
「撃て!」
四本の重力レールランスが蒼白い光を放つ。静寂を切り裂く四本の光線は海水をほとんど乱すことなく一直線に走り、最後尾の水中型ヴォイドⅡ・アビス二機のコアを正確に貫いた。青い発光が一瞬だけ激しく明滅する。次の瞬間、二機は内部から崩壊し、黒い装甲片となって深海へ舞い散った。爆発は起こらない。重力制御コアが沈黙し、青い光だけがゆっくりと消えていく。
「二機撃破!」
ミラが報告する。
しかし残る四機は瞬時に反応した。隊形を崩し、四方向へ散開。青い重力光を尾のように引きながら、魚雷を超える速度で海底渓谷へ飛び込む。
「反応速度が速い!」
ルーカスが叫ぶ。
「学習しています!」
一機のアビスが急旋回し、重力爪を展開した。重力場によって圧縮された海水が巨大な刃となり、ダリウス機へ襲い掛かる。ダリウスは操縦桿をわずかに傾ける。重力ウォータージェットが一瞬だけ最大出力となり、機体は海流へ溶け込むように横滑りした。蒼い刃は紙一重で機体をかすめ、そのまま海底へ突き刺さる。轟音は聞こえない。しかし海底岩盤は巨大な紙細工のように裂け、数十メートルに渡って崩壊した。
「やはり一筋縄ではいかんな。」
コールが笑う。
「だから面白い。」
四機のアビスは互いに距離を取りながら円陣を組み始める。
ダリウスの表情から笑みが消えた。
「こいつら……。」
「隊形を変えた。」
ミラが解析を続ける。
「こちらの包囲戦術を学習しています!」
ダリウスは静かに息を吐いた。
「ならば作戦を変更する。」
「ここからが本当の狩りだ。」
蒼い光と青い光が交錯する深海で、狩る者と狩られる者の境界は、ゆっくりと曖昧になり始めていた。




