第二十一話 深海の狩人
深海は再び静寂を取り戻していた。先制攻撃によって撃破された二機の水中型ヴォイドⅡ・アビスは、黒い残骸となってゆっくりと海底へ沈んでいく。砕けた装甲が海流に揺られ、青く輝いていた重力制御コアは静かに光を失っていた。しかし、残る四機は動じることなく隊形を組み替え、深海の闇を切り裂くように高速機動を開始する。その動きには迷いも焦りもない。ただ任務を遂行するためだけに存在する兵器の冷徹さがあった。
「敵、隊形変更。」
リディア・クロスがソナーを見つめる。
「四機が相互支援陣形へ移行しました。」
コール・ハドソンが操縦桿を握り直す。
「ようやく本気か。」
ダリウスは静かに四つの光点を見つめていた。
「いや。」
「本気なのは最初からだ。」
「だが、こちらの方が一枚上手だ。」
オーウェン・ブレイクがレールランスの照準を調整する。
「全機、射程内。」
「いつでも撃てます。」
ダリウスは首を横へ振った。
「撃つな。」
「一機ずつ確実に仕留める。」
四機のヘクトパスは再び静かに散開する。重力制御コアが海水を優しく押し分け、機体は泡一つ立てることなく闇へ溶け込んだ。敵の視界には映らない。ソナーにもほとんど映らない。彼らは深海そのものとなって獲物へ近づいていく。その時、一機のアビスが突然反転した。青い単眼が闇を見渡す。
「警戒しています。」
リディアが小さく呟く。
「ですが、こちらの位置は特定できていません。」
ダリウスは静かに笑った。
「それでいい。」
「狩る側は姿を見せない。」
コールは巨大な岩柱の陰へ身を潜める。オーウェンは海底を滑るように移動し、狙撃位置へ着いた。リディアは電子戦システムを起動し、敵の重力同期信号を静かに解析していく。四機のアビスはなおも前進を続ける。自分達がすでに包囲されていることにも気付かずに。ダリウスは操縦桿をゆっくりと握り締めた。
「全機。」
「次の一撃で終わらせる。」
深海の闇で、四人の狩人は静かに牙を研いでいた。
四機の水中型ヴォイドⅡ・アビスは青い光を明滅させながら散開し、深海を縦横無尽に駆け始めた。重力制御によって生み出される推進力は凄まじく、その機動は魚雷すら置き去りにする。漆黒の海に幾筋もの青い残光が描かれ、まるで深海に稲妻が走っているかのようだった。しかし、その動きはすべてダリウスの予測の範囲内だった。
「右から二機。」
リディアが淡々と報告する。
「左に一機。」
「最後の一機は上方で待機。」
ダリウスは静かに頷く。
「狙いは挟撃だ。」
「なら、その包囲ごと食い破る。」
コールが不敵に笑う。
「任せろ。」
次の瞬間、コール機が重力ウォータージェットを最大出力まで引き上げた。機体は蒼い尾を引きながら一気に加速し、右側から接近していたアビスへ真正面から突っ込む。
敵機が重力爪を展開する。海水が圧縮され、青白い刃がコール機へ振り下ろされた。しかし、その瞬間。コール機は機体を九十度ひねり、紙一重で攻撃を回避する。すれ違いざまに重力ランスが閃いた。
一撃。
アビスの重力制御コアを正確に貫く。青い光が消え、敵機は力を失って海底へ沈み始めた。
「残り三機。」
その報告と同時に、上方で待機していた一機が急降下する。
「来る!」
オーウェンは機体を動かさない。照準だけを静かに合わせる。敵が射程へ入る。呼吸を止める。引き金を引く。蒼白いレールランスが深海を一直線に貫いた。超高速で接近していたアビスの胸部へ吸い込まれるように命中する。重力制御コアが砕け散り、敵機は姿勢を保てないまま岩盤へ激突した。
「二機撃破。」
残る二機は瞬時に反転し、海底渓谷へ逃走を開始する。
「逃がすな。」
ダリウスが静かに命じる。四機のヘクトパスは一斉に加速する。重力制御コアが水流を操り、機体は海そのものになったかのような滑らかさで闇を駆け抜ける。逃げるアビス。追うヘクトパス。その差は少しずつ、しかし確実に縮まっていく。ダリウスの視線は、すでに最後の獲物を捉えていた。
残る二機の水中型ヴォイドⅡ・アビスは海底渓谷を縫うように加速した。重力制御コアが放つ青い光が闇を切り裂き、その速度はなおも増していく。しかし、ヘクトパス小隊は慌てることなく隊形を維持していた。追い立てるのではない。逃げ道を一つずつ潰し、獲物を仕留める場所へ誘導していた。
「右へ誘導成功。」
リディアが静かに告げる。
「海底断層まで三百。」
ダリウスは小さく頷く。
「予定通りだ。」
二機のアビスは目前に迫る断層を避けようと同時に進路を変えた。
その瞬間だった。
「今だ。」
コールが岩陰から飛び出す。重力ウォータージェットが一瞬だけ最大出力となり、機体は深海を貫く蒼い閃光となって敵機の懐へ滑り込んだ。重力ランスが一閃する。アビスの装甲は抵抗する間もなく切り裂かれ、重力制御コアが砕け散る。青い光はゆっくりと消え、機体は静かに海底へ沈んでいった。残る一機。敵は即座に反転し、海底を這うように逃走を開始する。
「オーウェン。」
ダリウスが短く命じる。
「了解。」
オーウェンは機体を停止させたまま照準を合わせる。深海の流れ。敵速度。重力の歪み。すべてを一瞬で演算する。照準が重なる。引き金を引く。蒼白いレールランスが音もなく深海を貫いた。閃光は逃走するアビスの重力制御コアを正確に撃ち抜く。青い発光が激しく瞬き、そのまま完全に消滅した。静寂。再び深海は何事もなかったかのような静けさを取り戻す。漂うのは六機分の残骸だけだった。ダリウスは周囲を見渡し、通信回線を開く。
「ヘクトパス小隊よりヘリオス。」
「敵、水中型ヴォイドⅡ・アビス六機、全機撃破。」
「こちらの損害、ゼロ。」
ガイウスの落ち着いた声が返ってくる。
「ご苦労だった。」
「帰投せよ。」
「了解。」
四機のヘクトパスは隊形を組み直し、青い推進光を尾のように引きながらヘリオスへの帰路につく。その背中には勝利を誇る様子はない。ただ任務を完遂した者だけが持つ静かな自信が漂っていた。深海の王者は、今日もまた誰一人欠けることなく海から帰還する。ヘクトパス小隊――その名は、ヴォイドですら容易に踏み込めない「深海の死神」として、静かに語り継がれていた。




