十四話 再開
拘束解除から二日後。アーク統合防衛基地の司令会議室には各小隊の隊員達が集められていた。大型モニターには広大な海域地図が表示されている。普段なら参加しない整備主任や情報部員まで顔を揃えていた。それだけ今回の案件が異例だった。会議室の中央に立つヘンリー・クロフォード中将は腕を組んだままモニターを見つめている。誰も雑談をしない。空気は張り詰めていた。やがてクロフォードが口を開く。
「昨夜二十三時四十分。我々はレイヴン部隊から正式な通信を受信した」
部屋がざわめく。当然だった。十五年前のブラックホール事件で消滅したはずの部隊。帰還者ゼロ。生存認定者ゼロ。軍の記録では全滅扱いになっている。その部隊から通信が届いたのだ。クロフォードは続ける。
「通信内容は簡潔だ」
モニターが切り替わる。海上座標が表示された。誰も見覚えのない場所だった。
「合流地点の指定だ」
ざわめきがさらに大きくなる。ノアは思わずモニターを見つめた。本当に生きているのか。十五年間何処で何をしていたのか。その疑問は誰もが抱いていた。クロフォードは隊員達を見回す。
「現時点で敵対意思は確認されていない」
「だが安全も保証されていない」
「よって大規模部隊は派遣しない」
レオンが前へ出る。モニターへ四機のグレイヴァが表示された。
「派遣部隊は各小隊長のみ」
レオンが説明を引き継ぐ。
「第一小隊より俺」
「第二小隊よりガレス大尉」
「第五小隊よりヴィクター大尉」
「第七小隊よりローガン大尉」
レオン達のグレイヴァは指定された海域へ到達していた。見渡す限り海しかない。雲は低く垂れ込め、波は静かだった。不気味なほど静かだった。ヴィクターが周囲を見回す。
「本当にここか」
ローガンが戦術モニターを確認する。
「座標は一致している」
ガレスは肩を鳴らした。
「十五年も行方不明だった連中が海のど真ん中を指定するとはな」
レオンは何も言わない。視線だけが海面を追っていた。レイヴン部隊。十五年前に消えた者達。本当に生きているのなら奇跡だった。だが戦場で奇跡という言葉は信用しない。突然、警報が鳴った。
「重力反応!」
ローガンが叫ぶ。四機のグレイヴァが同時に戦闘態勢へ移行する。ライフルが構えられ、センサーが周囲を走査した。しかし敵影は見えない。次の瞬間だった。海面が盛り上がる。巨大な水柱が空へ噴き上がった。四人の視線が集中する。水柱の中から現れたのは黒い機体だった。一機。また一機。さらに一機。最後の一機が姿を現す。合計四機。誰も言葉を発しなかった。見覚えがあったからだ。ワタリガラスを思わせる鋭いシルエット。黒い装甲。背部の大型推進器。十五年前の記録映像でしか見たことのない機体。レイヴンだった。通信回線が開く。ノイズ混じりの声が流れる。
「警戒するなとは言わん」
低い男の声だった。
「だが撃つな」
四機のレイヴンがゆっくりと接近する。先頭の機体だけが一歩前へ出た。頭部センサーが赤く光る。通信回線の向こうで男が笑った。
「久しぶりだな」
レオンが目を細める。
「お前がアッシュか」
短い沈黙。そして返事が来る。
「そうだ」
声は落ち着いていた。十五年も行方不明だった人間とは思えないほど自然だった。
「アッシュ・グレイ少佐」
「レイヴン小隊隊長だ」
ヴィクターが小さく息を吐く。ローガンは黙ったままだった。ガレスだけが笑う。
「本当に生きてやがったか」
アッシュも笑った。
「そっちもな」
緊張が少しだけ緩む。しかし完全には消えない。十五年という時間は長すぎた。アッシュの後方には三機のレイヴンが並んでいる。リアム。セレナ。カイル。どの機体も傷だらけだった。長い戦いを生き延びてきたことが一目で分かる。レオンはアッシュを見つめる。
「話を聞かせてもらおう」
アッシュは頷いた。
「そのつもりだ」
海上へ静寂が戻る。ようやく会談が始まろうとしていた。十五年前に消えた者達。そして十五年間戦い続けた者達。二つの戦場が今、初めて交わろうとしていた。
レオン達は海上へ機体を着陸させていた。八機の機体が波間に浮かんでいる。グレイヴァ四機。レイヴン四機。十五年という空白を挟んで向かい合うその光景は、どこか現実感が無かった。通信回線を開いたまま、両者はしばらく互いを観察していた。最初に口を開いたのはアッシュだった。
「まず結論から言う」
レオンは黙って聞く。
「俺達は敵じゃない」
ガレスが鼻で笑う。
「そりゃ助かるな」
アッシュは続けた。
「だが味方とも限らん」
海上を風が吹き抜ける。レオンは少しだけ口元を緩めた。
「正直で結構だ」
アッシュも小さく笑った。十五年生き残った人間らしい返答だった。互いに簡単には信用しない。それが戦場の常識だった。
「まず聞きたい」
レオンが言う。
「お前達は何処にいた」
短い沈黙が流れる。リアムもセレナも何も言わない。やがてアッシュが答える。
「海だ」
ヴィクターが眉をひそめる。
「海?」
「そうだ」
アッシュの声は変わらない。
「十五年間ずっとな」
誰も理解できなかった。海にいた。たったそれだけの説明では何も分からない。レオンがさらに尋ねようとした瞬間だった。ローガンの警報音が鳴る。
「重力反応!」
全員が反応する。戦術モニターへ視線が集中した。遠方。海上二百キロ。異常な重力波。誰もが知っている波形だった。レオンの顔から笑みが消える。ガレスが舌打ちした。ヴィクターが息を呑む。ローガンが数値を確認する。
「間違いない」
誰も聞き返さない。答えを知っていたからだ。海面の彼方。雲の下。黒い点が浮かび上がる。最初は小さい。だが急速に大きくなる。空気が震える。海面が波打つ。重力そのものが歪み始める。レオンは静かに呟いた。
「冗談だろ」
アッシュは前方を見据えたまま答えた。
「残念だが現実だ」
黒い機体が雲を突き破った。細身のシルエット。禍々しい装甲。紫色の重力光。ヴェスター戦の最後に現れた機体。スレイヴァーだった。八機のパイロット達が同時に戦闘モードへ移行する。レオンがライフルを構える。ガレスがレーザーブレードを展開する。ヴィクターとローガンも続く。レイヴン部隊も同様だった。アッシュは静かに言う。
「歓迎会は後だ」
リアムが推進器を起動する。セレナが狙撃照準を展開する。カイルが笑った。
「初対面で共同作戦かよ」
レオンも笑う。
「戦場らしいだろ」
スレイヴァーは何も語らない。ただ静かに接近してくる。その姿は死神そのものだった。十五年ぶりの再会。十五年ぶりの生存者。そして十五年続いた戦い。その全てを飲み込むように黒い機体は海上へ降り立とうとしていた。次の瞬間、八機の機体が同時に加速する。青い軌跡と黒い軌跡が海上へ走った。スレイヴァーとの戦いが始まろうとしていた。




