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第4話 証言2:通信塔技師レン

「カイさん? ああ、もちろん知ってますよ。技師のあいだでは有名人です。……良い意味でも、悪い意味でも」


 レン・ハーパー。王都中央通信塔の主任技師。


 二十代後半の、日に焼けた青年だった。塔の頂上で水晶の調整をしている時間が長いから、と本人は言う。油のついた作業着のまま、通信塔の管制室でわたしと向かい合った。


 管制室は薄暗く、壁一面に青白く光る水晶板が並んでいる。各地の通信塔の状態を示すものだという。今、そのうちのいくつかが赤く点滅している。


——あれは?


「通信が不安定になっている塔です。カイさんがいた頃は、赤になる前にカイさんが対処してました。今は赤になってから俺たちが気づいて、そこから対応する。だから遅れるんです」


——カイは技師ではないはずですが。


「そうです。カイさんは技師じゃない。魔法も使えない。でも、この通信網を誰よりも理解していたのはカイさんです」


——技師であるあなたよりも?


 レンは少し考えてから、正直に答えた。


「俺は一つ一つの通信塔の仕組みは理解しています。水晶の調整、魔力の充填、信号の変換——そういう個別の技術は俺の方が上です。でも、二十三基ある通信塔が全体としてどう動いているか、一つの塔が落ちたときに残りの塔がどう補い合うか——そういう『全体の設計』は、カイさんの頭の中にしかなかった」


——設計図はないのですか?


「あります。カイさんが作った運用マニュアルが。ただ——」


 レンは苦笑した。


「読めないんです。文章の部分は読めますが、肝心なところが全部数式なんです。『この条件が成立するとき、通信の優先度をこの関数に従って変更する』みたいなことが書いてある。関数って何ですか、っていう話です」


——数式で設計されている。


「カイさんは元々、王立学院で数理学を学んでいたらしいです。ただ、魔法の才能がなかったから、魔術師にはなれなかった。学院でも浮いていたと聞いています」


——魔法の才能がない人間が、魔法通信網を設計できるものですか?


「普通はできません。通信塔の設計は魔術師の仕事です。魔法の原理を理解していなければ、効率的な通信ができない。カイさんは魔法を使えないけれど、魔法の『挙動』を数式で記述できた。つまり、魔法を使うのではなく、魔法を計算していたんです」


「たとえば、通信塔Aから通信塔Bに信号を送るとき、途中で減衰する魔力の量は距離と気象条件と時間帯で変わります。魔術師はそれを経験と勘で調整する。カイさんはそれを数式にした。『距離がxで、湿度がyのとき、必要な魔力増幅はf(x,y)で計算できる』と」


「最初、魔術師たちは馬鹿にしました。魔法は数式で扱えるものではない、と。でも、カイさんの計算通りにやると、経験と勘でやるより通信の成功率が高かった。数字は嘘をつかない。それがわかると、技師たちは黙りました」


——反発はなかったのですか?


「ありました。特にオルグレン様——宮廷魔術師長は、カイさんのやり方を嫌っていました。『魔法を数字に貶めている』と。魔法は神秘であり、数式で捉えきれるものではないと」


——それに対してカイはどう答えましたか?


「カイさんは反論しませんでした。ただ、一度だけ、俺に漏らしたことがあります」


——何と?


「『わたしは魔法を貶めているのではない。魔法を、魔術師以外にも使えるようにしたいだけだ。魔法が一部の才能ある人間だけのものである限り、この国の仕組みは彼らに依存し続ける。それは、脆い』と」


 レンは管制室の水晶板を見上げた。


「今、まさにそうなっています。カイさんがいなくなって、この通信網を全体として管理できる人間がいない。個々の技師は自分の塔を守ることしかできない。全体を見る人間がいないんです」


——あなたがその役割を引き継ぐことはできませんか?


「努力しています。でも正直、時間がかかる。カイさんが何年もかけて作り上げた仕組みを、数週間で理解するのは無理です。特に数式の部分が——」


 レンは言葉を切り、少し迷うような表情を浮かべた。


「一つだけ、不思議なことがあるんです」


——何ですか?


「カイさんが消える一ヶ月くらい前から、俺に色々なことを教え始めたんです。今まで聞いても教えてくれなかった通信網の全体設計や、障害時の判断基準について。急に。


 あのとき俺は忙しくて、半分くらいしか聞いていませんでした。今になって、あれが引き継ぎだったんじゃないかと思うんです」


——引き継ぎ。つまり、カイは消えることを予定していた?


「わかりません。でも、あの人は計画的な人でした。衝動で動くような人じゃない。もし消えたのなら、それも計画の一部だったんじゃないかと……」


 レンはそこで言葉を止め、首を振った。


「いや、こういう推測はよくないですね。俺にわかるのは、カイさんがこの通信網を愛していたということだけです。夜中に塔に来て、ひとりで水晶板を眺めていることがありました。何をしているんですか、と聞いたら——」


——何と?


「『音を聴いているんだ』と言いました。通信の信号が行き交う様子を見ながら、それを音楽に例えたんです。


 『二十三の塔が、それぞれの旋律を奏でている。時に不協和音が生まれるが、それも含めて全体の調和がある。わたしの仕事は、この調和を壊さないことだ』」


「俺には何を言っているのかわかりませんでした。でも、あの人が通信網を見つめている時の顔は——なんて言うんですかね、指揮者が楽団を見ているような顔でした」

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