第23話 嵐
秋の大嵐が来た。
王国の西方沿岸を襲った暴風雨は、三日三晩続いた。通信塔五基が被害を受け、うち二基は水晶板に深刻な亀裂が入った。
通信網は半壊した。
カイが王都に戻って四十日目。通信塔の自動化計画は第一段階が実装されたばかりで、まだ試験運用中だった。
そして——この嵐は、自動化の仕組みにとって最初の実戦テストになった。
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中央通信塔管制室。嵐の夜。
レンとファルケンが並んで水晶板に向かっている。カイは少し離れた場所で、全体を見ていた。
「第四塔、落ちました! 水晶板が完全に沈黙しています」
「第十二塔も出力低下。三割まで落ちています」
レンは素早く判断した。
「第四塔の通信を第三塔と第六塔に分散。第十二塔は出力を絞って維持。ファルケン殿、魔力の緊急充填は可能ですか?」
「第十二塔ならば、遠隔で魔力を送れる。ただし、二時間の猶予が必要だ」
「二時間——その間、第十二塔圏内の通信はどうする」
レンが振り返りかけた。カイの方を。
だが、途中で止めた。
代わりに、自分で考えた。
「第十二塔圏内の沿岸砦には、緊急時の伝令ルートがある。通信が回復するまで伝令で代替。第三砦のドルク殿に連絡して、伝令の手配を頼む」
「了解」
カイは黙って見ていた。
レンの判断は、カイが同じ状況ならば出す判断と、八割方同じだった。残りの二割——たとえば第十二塔の出力低下の原因が水晶の亀裂ではなく、嵐による魔力拡散である可能性を考慮して、充填ではなく遮蔽魔法で対処する選択肢もあった——だが、それは経験の問題だ。間違いではない。
ファルケンが自動化システムの画面を確認した。
「カイ殿。自動充填スケジュールが嵐の影響で狂っている。予測関数の入力値が想定範囲を超えている」
「想定外の気象条件ですか」
「ええ。湿度が九十八パーセント。設計上の上限は九十五パーセントだった」
カイは苦笑した。
「設計の甘さです。上限を広げる必要がある。ファルケン殿、手動で切り替えてください。自動充填を一時停止し、各塔の状態を見ながら手動充填に戻します」
「了解。——皮肉なものですな。自動化の初テストで、手動に戻すとは」
「完全な自動化は存在しません。想定外に対応するのは、最終的には人間です。自動化の目的は、人間が想定外に集中できるように、想定内の処理を機械に任せることです」
「なるほど。では、想定内が終わったので、ここからは我々の仕事というわけですか」
「はい。お願いします」
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嵐は三日目の朝に去った。
被害は大きかった。通信塔二基の水晶板は交換が必要で、修理には一ヶ月かかる。その間、通信網は完全な状態には戻らない。
だが——通信は止まらなかった。
レンとファルケンの連携で、残りの塔を使った迂回経路が構築され、通信の遅延はあったものの、途絶はしなかった。
カイが消えたとき、嵐でもないのに通信が止まった。
今回は嵐が来たが、通信は止まらなかった。
その差を作ったのは、仕組みではなく、仕組みを理解した人間たちだった。
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嵐の後、カイは自動化システムの設計を修正した。
気象条件の想定範囲を広げ、極端な状況では自動的に手動モードに切り替わる仕組みを追加した。
「完全な自動化ではなく、人間が介入しやすい自動化」——それがカイの新しい設計思想だった。
以前のカイなら、完全な自動化を目指していただろう。人間に依存しない、数式だけで回る仕組み。それが理想だった。
だが、今は違う。
仕組みは人間を助けるためにある。人間を排除するためではない。
完璧な仕組みは存在しない。だから、不完全な仕組みを人間が補う。人間も不完全だから、仕組みが人間を補う。
その相互補完が、調和だ。
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修正作業を終えた夜、カイは管制室でひとり水晶板を見ていた。
嵐の名残の雲間から、星が覗いている。通信塔の光が戻り始めている。まだ弱い光だが、確かに瞬いている。
レンが来た。
「カイさん。また夜中に塔に来てますね」
「すみません。つい」
「謝らなくていいですよ。——ただ、前みたいにひとりで全部背負おうとしてるんじゃないかと、心配して来たんです」
「いえ。今日は——ただ、見ているだけです」
「見ている?」
「嵐の後の通信塔は、いつもより美しいんです。弱った光が、少しずつ強くなっていく。壊れたところを、残った塔が補い合っている。その様子が——」
「音楽みたいだ、って言うんでしょう」
カイは少し笑った。
「覚えていてくれたんですね」
「忘れませんよ。初めてカイさんが俺にそう言ったとき、正直、何言ってんだこの人って思いましたけど。——今は、少しわかります」
「本当ですか?」
「ええ。嵐の中で、通信が途切れそうになって、でも迂回経路が繋がったとき——あれは確かに、音楽に似ている。ひとつの旋律が消えても、別の旋律が補う。全体として、調和が保たれる」
レンは水晶板の前に立った。
「カイさんの仕事は、この調和を設計することだったんですね。そして俺の仕事は、この調和を守ること」
「レン。あなたはもう、わたしに教わる側ではありません。一緒に守る側です」
レンは少し照れたように頭を掻いた。
「そういう不器用な褒め方、やっぱりカイさんらしいです」
二人は並んで、水晶板の光を見ていた。
嵐は過ぎた。塔はまだ完全ではない。だが、光は戻っている。
それで十分だと、カイは思った。




