第24話 オルグレンの弟子
嵐の後始末が一段落した頃、オルグレンがカイの執務室を訪ねてきた。
宮廷魔術師長が調和官の部屋に来るのは、初めてのことだった。
「邪魔するよ」
「オルグレン卿。どうぞ」
カイの執務室は、以前の書記官棟の一室をそのまま使っている。広くはないが、壁に王国の地図が貼られ、通信塔の配置図が横に並んでいる。机の上にはエリスが淹れたお茶の跡があった。
オルグレンは部屋を見回し、ひとつ頷いた。
「前と変わらんな。もう少し偉そうな部屋をもらってもいいだろうに」
「この部屋で十分です」
「相変わらずだ」
老魔術師は椅子に腰を下ろし、杖を膝に立てかけた。
「嵐の対応、聞いたよ。レンとファルケンがよくやったそうだな」
「はい。特にファルケン殿は、魔術師としての判断が的確でした。わたしには出せない判断をしてくれました」
「ファルケンか。あいつはわたしの弟子の中で一番頑固な男だ。融通が利かんし、上には従順だが横には厳しい。――だが、腕は確かだ」
「存じています。彼がいなければ、自動化の実装はできませんでした」
「そのことで話がある」
オルグレンは真っ直ぐカイの目を見た。
「カイ。わたしの弟子たちを、もっと使ってくれ」
「……はい?」
「魔術師の塔には、若い魔術師が二十人いる。そのうち、通信塔の運用に関わっているのはファルケンを含めて五人だけだ。残りは学術研究と魔法の鍛錬に明け暮れている。優秀だが、使い道がない」
「使い道がない、とは?」
「魔術師が魔法を磨くだけの時代は終わりつつある。お前がこの国に示したのは、魔法は『使う力』ではなく『仕組みに組み込む力』として活きるということだ。わたしの弟子たちにも、それを学ばせたい」
カイは驚いた。オルグレンの口からそんな言葉が出るとは思っていなかった。
「卿。それは、魔術師の在り方を変えるということですか」
「大げさに言えば、そうなる。わたしは四十年、魔法の力こそが価値だと信じてきた。だが嵐の夜に、ファルケンとレンが並んで通信塔を守る姿を見て——いや、見てはいないが、報告を読んで——考えが変わった」
「魔法の力は、それ単体では意味がない。仕組みの中に位置づけられて初めて、力は最大化される。お前が六年前から言っていたことを、わたしはようやく理解した」
「六年前に理解していただきたかった——というのは、言いません」
「言え。そのくらいの嫌味は受ける」
「では。六年前に理解していただきたかったです」
オルグレンは低く笑った。
「お前、少し変わったな。以前は嫌味すら言えなかっただろう」
「人と接する時間が増えたからかもしれません」
「結構なことだ。――で、頼みだ。若い魔術師たちに、お前の仕組みの設計を教えてやってくれ。数式のことではない。全体を見る目を養うということだ。魔法の力を持ちながら、全体を設計できる人間。それがこの国に必要な次世代の魔術師だ」
「わたしが魔術師を育てるのですか。魔法が使えないわたしが」
「だからこそ意味がある。お前は魔法が使えないから、魔法に頼らない設計ができる。魔法に頼らない設計を学んだ上で魔法を使える人間が育てば、それはお前を超える人材になる」
「わたしを超える——」
「嫌か?」
カイは少し考えた。
「いいえ。むしろ——それこそ、わたしが目指していたことです。わたしがいなくても回る仕組み。わたしを超える人間。それができれば、わたしの仕事は本当の意味で完成します」
「では引き受けるか」
「引き受けます。ただし、一つ条件があります」
「何だ」
「若い魔術師たちには、わたしの設計を鵜呑みにさせないでください。疑い、改良し、必要ならば壊して作り直す。それができる人間を育てたい」
「当然だ。鵜呑みにするような弟子は、わたしの塔にはいない」
オルグレンは立ち上がり、杖を手に取った。
「カイ。わたしは六年前、お前を拒絶した。あのとき受け入れていれば、今頃はこの国の魔術行政はもっと先に進んでいただろう。失った六年は取り戻せない」
「取り戻す必要はありません。その六年があったから、わたしもオルグレン卿も、今ここにいる。遠回りの六年でしたが、無駄ではなかったと思います」
「お前は——本当に怒らない人間だな」
「怒らないのではなく、怒る代わりに考える癖がついているだけです。感情で動くのが苦手なんです」
「それは長所だ。だが、時には怒った方がいい。わたしのような頑固者には、怒りの方が伝わることもある」
オルグレンは扉の前で振り返った。
「来週から、弟子を三人送る。好きに使え」
老魔術師は杖の音を響かせながら去っていった。
カイはひとり執務室に残り、冷めたお茶を飲んだ。
六年前、オルグレンに拒絶されたとき、カイは確かに怒っていた。表には出さなかったが、手記に書いた文章には、静かな怒りが滲んでいた。
あの怒りが、今日の会話に繋がっている。
怒りも、拒絶も、遠回りも、すべてが経路の一部だった。
通信塔の迂回経路のように。最短ではないが、確かにつながっている。




