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第16話 追跡

 タラン地方。


 王都から南東に馬で五日。穀倉地帯を抜け、丘陵を越えた先にある、小さな農村が点在する地域だ。


 カイの手記に記されていた座標は、タラン地方のラーテ村という場所を示していた。人口二百人ほどの、地図にも載らないような村だ。


 わたしは馬を降り、村の入り口に立った。


 麦畑が風に揺れている。遠くに水車小屋が見える。のどかな風景だった。宮廷の喧騒とは別の世界だ。


 村の中を歩くと、すぐに村人たちの視線を感じた。余所者が珍しいのだろう。


 一人の老婆に声をかけた。


「すみません。この村に、最近来た——痩せた男を知りませんか? 眼鏡をかけていて、あまり喋らない——」


「ああ、カイさんのことかい?」


 老婆はあっさり答えた。どうやらカイは本名のまま暮らしているらしい。隠れるつもりはないのか。


「カイさんなら、村の外れの小屋にいるよ。水路のそばの。最近来た人でね、あんまり喋らないけど、水路の修繕を手伝ってくれてるんだ。ありがたいことだよ」


──水路の修繕?


「この村の水路はもう三十年も使ってるからね。あちこちガタが来てる。カイさんが来てから、流れが良くなったよ。何か計算してるみたいでね、どこをどう直せばいいか、紙に書いて教えてくれるんだ」


 水路の最適化。規模は違えど、やっていることは宮廷にいた頃と同じだ。


 わたしは老婆に礼を言い、村の外れへ向かった。


 麦畑の間を抜け、小さな水路に沿って歩くと、古びた小屋が見えてきた。壁は木と土で作られ、屋根は藁葺きだ。質素だが、手入れはされている。


 小屋の前に、男が座っていた。


 膝の上に紙を広げ、何かを書いている。痩せた身体。眼鏡の奥の真剣な目。日に焼けた肌は、以前より健康的に見えた。


 彼はわたしの足音に気づき、顔を上げた。


「——どなたですか?」


 カイ・ソーマ。


 王国のすべてを回していた男は、辺境の村で水路の計算をしていた。


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