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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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8 未知の病

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

「そうそう、いい調子だよ!」


 オパールはカンババとジャスパー、それに新たにカンババの養子になったリオナイト……普段は長いなら「リオナ」と呼んでいるが……に声をかけられながら、自分の手に集中した。 リオナは、オニキスとクリスタルが連れ帰ったバリシアの見習い魔術師だ。まだ8歳だというのに火魔法が使えると言うだけでバリシアの魔術師に目をつけられ、王家の魔術師団に連れ去られて訓練させられていたらしい。


 もう誰も魔法を使えとは無理強いしない、ただ火魔法は使い方によっては危険だから同じ火魔法が使えるおじさんのところで話を聞いてもらおう、そうクリスタルが言うと、小さくうなずいたのだそうだ。


 駐屯地でおなかいっぱいに食べたリオナは泥のように眠り、それからクリスタルの後をついて離れなくなった。どうやらオニキスが怖かったらしい。


 カンババのところに来た時は、最初こそクリスタルの後ろに隠れていたが、カンババが火を出して見せれば「すごい!」と感心し、カンババもバリシアのやり方が嫌いで逃げてきたと言うとカンババに抱きつき、わんわんと声を上げて泣き出した。


 親のところに帰れば、また村の人が魔術師団に連絡してしまうかもしれないから、親のところには帰りたくないという言葉に、その場にいた全員が思わず涙をこぼした。


「じゃ、おじさんの子になるか?」

「うん」


 カンババの言葉にも驚いたが、リオナが即答したことにもみなで驚いた。誰よりもカンババが一番驚いていた。


「いいのか? おじさんだぞ?」

「おじさんなら、火魔法のことも教えてくれるでしょう? それに、魔法をお勉強しているお兄ちゃんとお姉ちゃんもいるし、ここなら楽しそうだもん」


 ということで、リオナはカンババの娘となったのだ。オパールは駐屯地から帰って来たクリスタルからリオナの事情を聞いていたこともあり、小さな妹ができたような気持になって世話を焼いた。ジャスパーも優しいお兄ちゃんとして接しているため、まるで三兄弟のようだ。カンババの「巣穴」からは毎日子どもの明るい笑い声が響くようになり、城内からは「巣穴」ではなく「託児所」という別名で呼ばれ始めているらしい。


 オパールは、ジャスパーのやさしさにも救われていた。ジャスパーもオパールの穏やかな言動に癒されていたことなど知る由もないが、二人は親しい友人として、信頼を日々深めている。 


「もう少し。出し過ぎないように注意するんだよ」


 今、オパールが取り組んでいるのは、魔力のコントロール。リオナも最初は苦しんだが、今では炎を手の上で大きくしたり小さくしたり自在にできるようになった。


 オパールはまだそれがうまくできない。魔力を出したい時には自由に出せるようにはなったが出せる量が不安定なため、カンババがオパールの魔力について調べようとしても調査中に魔力が出せなくなったり、出し過ぎて暴風が吹き荒れたりすることもある。


 今日の訓練を終えてカンババの亜空間からカンババの部屋に戻ると、今日の反省会が始まった。


「それでなんだけどさ。オパールの魔力のことで、今の段階で分かったことがあるんだ。ちょっと重い話になるけど、いいかな」


 この三ヶ月の間、カンババが地道にオパールの魔力について調査を積み重ねてきた結果分かったこと。


 まずは、オパールの魔力の「色」だ。


 オパールの魔力は、カンババやリオナの赤、ジャスパーの青と違い、宝石オパールのような白い光の中に遊色がきらめく。その遊色を調べたところ、赤、青、黄色とそれらが入り交じった紫、緑、橙などもあり、まさに虹の光を閉じ込めたように見える。


「そもそも白い光は、すべての色を含んだ時にしか現れないはずなんだよ。つまりオパールは全属性の魔力ということになる。それは確定だねぇ」

「全属性?」

「火、水、風、土、光、闇の六つが、この世界に存在する力だって言われているんだ。これはリオナも習ったかな?」

「うん、習った。全部の属性の魔力も見たことあるけど、オパールお姉ちゃんの魔力みたいな色は見たことないよ。全部混ぜた感じだもん」

「やっぱり、リオナもそう思う?」

「うん」

「先生、それではオパールが薬を作れなかった理由は、闇魔法によるものなのでしょうか?」


 ジャスパーの問いかけに、カンババは「一つの可能性ではあるんだよねぇ」と答えた。


「闇の魔力には、奪う、見えなくするといったものもあるからさ。こういう時だけは、バリシアの魔術図書館に行きたくなるよ。ああ、でも禁書庫に入れられているかもしれないなぁ」

「どうして禁書庫にある可能性があるんですか?」


 オパールの言葉に、カンババは「全員、ここから先の言葉は口外無用だ」と厳しい顔で言った。


「オパールの魔力を調べるために、その魔力を浴びるだろう? でオパールとジャスパーが帰ってから確認すると、いつも小傷が治っているのに気付いたんだ。今日は……喉の痛みが消えた」

「それってまさか」

「すべての魔力を併せ持つことで、伝説の『治癒魔法』もオパールは持っている可能性があるってこと」

「でも、それなら、どうして薬が……」

「これはあくまで仮説なんだけどさ、薬というのはその人、その時の状態によっては毒にもなるだろ? 薬と思って作られたその状態を、オパールの魔力が『毒』と見なして解毒していた可能性があるんじゃないかって思うんだ」

「解毒……だから薬効0なんていう薬ができた可能性があるということですか?」

「もう一回言うけど、あくまで仮説だよ? とはいえ、その可能性がほんのちょっとでもある以上、治癒魔法のことは絶対に誰にも言わない方がいい」

「どうしてですか、病気やけがをした人の役に立てるじゃないですか!」

「治癒魔力持ちはこれまで見つかっていないって言われているよね。だけど、それが真実とは限らないじゃん」


 オパール、ジャスパー、リオナは困惑して互いの顔を見つめた。


「本当は見つかっていたのにさ、人々から隠されていた可能性だってあるとは思わないかい?」

オパールとジャスパーの顔がさっと青ざめた。リオナだけはまだ分からないようなので、カンババはリオナに向けて言った。

「じゃあリオナ。リオナが権力も財力もある立場であったとしようか。そしてリオナが不治の病を得て余命宣告まで受けていた状態だとする。そんな時に治癒魔力持ちを見つけら、どうする?」

「……たくさんお金を払って、治してもらう」

「そうだね。またいつか大けがをしたり重い病気になったりするかもしれないと思ったら、リオナはその治癒魔力持ちさんをどうしたいと思うかな?」

「ずっと一緒にいて、いつでも治してほしいと思う」

「うん、そうだよね」

「あ」


 リオナも気づいたらしい。


「閉じこめてしまえば、使いたい放題ってこと……バリシアの魔術師みたいに」

「その可能性はゼロじゃない。大事にしてもらえるならまだいい。相手の同意もあるならさらにいい。だけどね、それが当たりまえになれば扱いは雑になるかもしれない。ひどい病気の時だけならいい、ちょっとしたことでも治癒魔力を使わせたり、場合によってはたくさんの人を治すように命じられて治すまではご飯も食べさせてもらえなかったりしたらどうなる?」

「……死んじゃう」

「その通り。それにね、もしリオナの所にバリシアの魔術師が来て、村のお父さんとお母さんの命を助けてほしかったらオパールを連れてこいって言われたどうする?」

「え……」


 リオナは涙目になった。


「え、でも、でも」

「うん、意地悪なことを聞いてごめんね。でも、現実に起こるかもしれないことなんだ。バリシアの魔術師ならやりかねないって、リオナならわかるだろう?」

「うん」

「だからこのことを知るのはおいらたちだけにしよう」

「待ってください」


 ジャスパーが声を上げた。


「ここから先、オパールを守る必要があるってことでしょう? だったら、父上に話をしておくべきだと思います」

「辺境伯閣下に? 喜んでオパールの力を使いそうなんだけど」

「どうしてもという時はあるかもしれません。でも、オパールについては何も知らせないリスクの方が大きい。オパールを狙って国の内外を問わず、侵入や攻撃が起きる可能性だって高いんです。そういう事態に備え、オパールたちの警備体制を整えるべきです」

「オパールはどうしたい?」


 カンババはオパールの顔を見た。


「私の存在が火種になる可能性があるのなら、辺境伯閣下にも知っていただいた方がいいと思います。情報を知る人は制限していただいて……」

「うん。情報って言うのは、知る人が少なければ少ないほど守れる。それを分かった上で行動しないとね」


 カンババは静かに言った。


「今日はこのまま辺境伯閣下の所に行きなさい。今日中に対応なんて無理だろうから、警備体制が整うまでは城内にいたほうがいいだろうし」

「はい。オパール、一回部屋に戻ろう。父上に時間をいただいて……ゴシェナイト氏とクリスタルのことも含めて、相談しよう」

「カンババ先生」

「なんだい?」

「私、役に立ちたいんです」

「うん」

「だから、どうしたらいいか、私も考えます。それから、明日からは何か一つ、護身術みたいに使える魔法を教えていただけませんか?」

「護身術ねえ」


 カンババはリオナを見た。


「オパール。明日から火魔法の練習をしようか。リオナも身を守るために使える魔法を一緒に勉強しよう」

「はい!」

「よろしくおねがいします」


 廊下を歩きながら、オパールは斜め前を歩くジャスパーに思い切って声をかけた。


「ジャスパー様。治癒魔力に関する本を買っていただけませんか」

「父上に相談しよう。きっと普通に探しても見つからないだろうから」

「……そう、ですよね」

「それから、オパール」

「はい。今の僕じゃ、頼りないよね。ごめん」

「ジャスパー様?」

「オパールは少しずつ努力して、人を救うために何ができるだろうって、先のことを考えている。でも、僕には今、オパールをどうやって守ろうかってそれしか考えられない。それに、オパールを守れるだけの力もない。僕が傍にいるから大丈夫って言えなくて、ごめん」

「ジャスパー様。ジャスパー様が私に魔法のことを教えてくれなかったら、私にこんな力があることなんて永遠にわからないままだったはずです。ジャスパー様のおかげで、私は歩き始められたんです。ジャスパー様が、私の手を引いてくれているんです。今、その手を離されたら、それこそ私、どうしたらいいのかわかりません」

「オパール……」

「だから、私の手を離さないでくださいね」

「ああ、もちろんだ」


 そう言うと、ジャスパーはオパールの手を握った。


「行こうか」

「はい」


★★


 緊急性を要する内容だと伝えてもらったからだろうか、一時間後には辺境伯からの迎えがオパールの部屋の扉をたたいた。


「……ということで、オパールが今後力を完全に使いこなせなかったとしても、オパールを狙う者が現れると思われます。そこで、オパールをこれまでとは違う形で保護していただきたいのです」


 ジャスパーの説明を聞いたスヴァルトル辺境伯は「治癒魔力」という言葉を耳にした瞬間だけ瞳孔が開いたが、それ以外は落ち着き払っているようにオパールには見えた。


「オパール。君を急に保護するとなると余計な詮索を招く可能性がある。だが、違う名目でなら、護衛を増やしたり城内に住んだりすることができるようになる」

「はい」

「では、我が家の息子の誰かと婚約しなさい」

「父上!」


 大声を上げたジャスパーを制して、辺境伯はオパールに言った。


「我が家の息子の婚約者となれば、我が家が保護するのは当然だ。その家族もな。どうだ?」


 オパールは思いがけない提案に頭が真っ白になった。


「オパール?」

「あの……偽装の婚約ということでしょうか」

「違う。本当に結婚してもらう。そうすれば、全力を持って我が家が守れる。それに何かあった時にも役立つだろう」 

「父上、オパールの気持ちも聞いてやってください!」

「たとえ特殊な能力を持った存在であったとしても、貴族が特定の平民に肩入れするのはやりすぎだと言われる。ゴシェナイト家を受け入れたことだって、悪くいう者はいるのだよ。だが、薬を作り、薬師を育成してもらうという重要な任務があるからこそ、彼らは受け入れられた。オパールに特殊な能力があるから我が家が抱え込んだと言われたくないなら、オパールがうちの息子の中から、結婚してもいいと思える相手を選べばいい。我が家に益もある話なら、政略結婚と変わらない」

「父上!」


 オパールはジャスパーが辺境伯に猛然と噛みついているのを見て、冷静になって来た。同時に、婚約は白紙になることだってあることを思い出した。


「閣下。確認させてください」

「なんだ?」

「もし、将来的にこの婚約をどうしても受け入れられないということになった場合、白紙撤回という形にしていただけますか?」

「我が家にとって損することは何もないが、オパールにとっては白紙では不都合なこともあるかもしれないぞ?」

「構いません。もう一つ、三人の御子息の中から選んでもよいとおっしゃいましたが、御子息の御意向を確認してからにしていただけませんか?」

「貴族の結婚など、親が決めるものだ」

「それでも、平民と一時的にでも婚約するなどということは、本来辺境伯家ほどの御家ではありえないはずです。裏を探られることもあるでしょう。それに、婚約中は何かあれば私が隣に立つことになります。それが嫌だという方のお隣には、さすがの私でも立てません」

「それもそうだな」


 辺境伯はうなずいた。


「三人の中の誰かと婚約するということには同意してくれるのだな」

「はい。父への説得は、閣下からお願いできませんか」

「はは、事情が事情だからな」

「その、父へ説明する時には、私の治癒魔力の件は伏せていただきたいのです」

「なぜだ?」


 ジャスパーも驚いている。


「父は……秘密を守れる人ではありません。悪い人ではないのですが、聞かれると正直に答えてしまいます。私に薬が作れないことをしゃべってしまったのも父でしたし……」

「そういうことか。分かった。明日までにそちらの方については策を立てる。それでよいか」

「わかりました。何卒よろしくお願いいたします」

「ああ。それで、息子の婚約者殿」


 頭を下げたオパールは、びくりと肩を揺らして頭を上げた。


「実は、得体の知れない病が発生したという報告が上がった。場合によっては働いてもらうかもしれん。覚悟しておいてくれ」


 オパールは息をのんだ。カンババに言われたことの一つが、現実としてオパールの目の前に突き付けられたのだった。


読んでくださってありがとうございました。

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