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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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7 バリシアの襲撃(side:クリスタル)

読みに来てくださってありがとうございます。

オパールサイドに戻る予定でしたが、順番を入れかえた方が話がスムーズかと思い直し、もう一話クリスタルサイドを続けます。

よろしくお願いいたします。

 駐屯地での生活も終わりを迎える頃、クリスタルはオニキスに連れられて斥候隊の後ろについていた。


「薬師が斥候隊に帯同するんですか?」

「斥候という仕事がどんなものか、お前も知るとよい」

「他の薬師も帯同しているんですか?」

「……しない」

「それなら、どうして私を連れていくんですか? 私だって暇ではないのですが」

「応急処置が必要になる、そんな気がする」

「それなら衛生兵で十分なのでは?」

「……どういう状態で負傷するのかを知れば、薬師の業務をよりよくする一助になると思った」

「そういうことですか。かしこまりました」


 オニキスの周囲の人間がほっと胸をなでおろした。みんな分かっている。オニキスはクリスタルを傍に置いておきたいだけだ。そしてクリスタルがそれに少しも、微塵も気づいていないということを。


 だから、この攻防がクリスタルの勝利であれば、オニキスの機嫌は地の底にまで落ちる。クリスタルが一緒なら、オニキスの機嫌は天をも駆け上る……ごくわずかな表情の変化では、普通の人間にはわからないだろう。だが、四六時中傍にいる彼らにはわかる。分かるのだ。


 馬に乗れないクリスタルは、輜重隊がいれば輜重を積んだ荷車に乗せてもらうこともある。だが、今回は斥候ということもあり、輜重隊は帯同しない。クリスタルは薬草探しの時に身に着ける裾がひらひらしない作業着に着替え、救急箱を持って仕込み杖を腰に佩びると、既にオニキスたちは準備ができていた。


「クリスタル、こっちだ」


 オニキスに手招きされて、クリスタルはオニキスの馬に近づいた。救急箱をオニキスの馬の腰の方に下げた荷物入れに入れると、オニキスはひらりと馬に飛び乗る。


(足が長いのね)


 そんなことを思っていると、馬上からオニキスの声が降って来た。


「手を出せ」


 クリスタルが言われたとおりに手を出した瞬間、ふわりと体が持ちあげられ、オニキスの前にぽすりと嵌った。


「二人用の鞍だ。前には持ち手もあるだろう?」


 確かに鞍の前に、両手で握れるようになった部分がある。


「急ぐ時にはお前を後ろに載せるが、この姿勢の方が安全だ。お前が普段の格好で来たならば後ろに載せるしかなかったが、山歩き用の作業着なら横座りしなくてもいいだろう?」


 普段は薬師の制服であるブラウスにロングスカート、そして白衣という服装だから、馬に乗るなら確かに横座りしかできない。


「横座りはバランスが悪い。馬にも負担だ」

「そうですか」


 納得である。それに、手綱を持ったオニキスの両腕にすっぽりと挟まれて、確かに落ちにくそうだ。


「出発するぞ」


 30分ほど前に、斥候隊は出発済みだという。一行は山に向かって進み始めた。


★★

 

 クリスタルを抱き込むようにしているオニキスの腕にわずかな力みを感じてはっとしたクリスタルは、前方を進んでいるはずの斥候隊がなかなか見えないことに気づき、周囲の騎士たちの様子をうかがった。どうやら皆同じように感じ取っていたらしい。


「副団長」


 斜め右にいた騎士が馬を近づけた。


「我らだけなら様子を見に行けますが、ゴシェナイト所長のお嬢さんがいるならば、二手に別れますか?」


 クリスタルを戦闘に巻き込まないために半数を駐屯地に帰そうかということだろう、クリスタルはそう理解した。オニキスは一瞬考えているようだった。


「クリスタル、戻ろう」

「このまま進んでください」

「だが、危険だ」

「斥候隊の皆さんが戦闘に巻き込まれているなら、直ちに応急処置が必要です。いったん駐屯地に戻ってからでは間に合わない可能性もあります」

「わかった。できる限り守るが、断言できん」

「構いません。騎士団に入れと言われた時から、覚悟はしています」

「そうか、腹が据わっているな」

「そんなことありませんよ」


 オニキスの口角がまた上がっている。


「行くぞ。周囲に注意しろ」


 馬の歩みを緩め、斥候隊がつけていった後を追うと、一キロほど進んだところで斥候隊の一人と思われるものが引き返してきたのに出くわした。


「報告します! 第三斥候隊はこの先2キロ付近でバリシアの斥候隊と思われると遭遇、ただいま交戦状態にあります」

「敵の数は?」

「詳細は不明ですが、一小隊(約30~60人)程度かと思われます」

「バリシアと判断した根拠は?」

「魔術師がいました」

「魔術師だと?」


 オニキスの顔が一気に険しくなった。


「はい。まだ子どもでしたが、手から出した火の玉のようなものをいくつも投げてきました。投擲力がないのであたりはしないのですが、山火事になる恐れもあります」

「まずいな」

「ただ、泣きながら打ってきましたのでおそらく無理強いされているかと」

「行きましょう」


 クリスタルはオニキスに言った。


「火傷も心配ですし、山火事はできるだけ早く収束させなければ大変なことになります。それに、その魔術師と思われる子どもを助けたい」

「それは」

「お願いします。子どもを戦闘員として参加させるなんて、許されません」

「クリスタル」

「はい」

「お前、意外と頑固だな」

「よく言われます」

「疲れているところ悪いが、案内してくれ」

「は、こちらです」

 一行は現場に急いだ。


★★


 斥候隊どうしの衝突は終わっていた。バリシアの斥候隊が退却していったのだという。


「まだこちらの様子をうかがっているかもしれぬ。用心しろ」


 クリスタルは衛生兵と共にその場で火傷や切り傷、擦過傷の応急処置を施していた。


「来るぞ!」


 誰かの声が聞こえてはっと顔を上げたクリスタルは、馬に負傷兵を乗せているところに向かって焦げ茶色の一団が向かっていくのを見た。急いで仕込み杖のロックを解除して周囲を見回す。オニキスがクリスタルの方に駆け寄ってくるのが見えた。同時に、オニキスめがけて後ろから矢が放たれた。


「危ない!」


 クリスタルは仕込み杖を変形させた短槍で矢を薙ぎ払うと、オニキスの背後を睨んだ。


「お前、そんなものを持っていたのか!?」

「薬草を取りに行けば獣に襲われることもありますし、王都ではオパールに危害を加えようとする者もいましたので、10歳頃から護身のために習っていたのです」

「いいぞ」


 叫び声があちこちから聞こえた。子どもの鳴く声が聞こえ、火の玉が確かに無茶苦茶なところに飛んでいく。想像できないところに飛んでいくから、却って危ない。斥候兵と一対一で戦う自信はないが、あの子どもを解放してやりたいと考えたクリスタルは、一人離れた場所から火の玉を打っている子どもの背後にオニキスと共に忍び寄った。オニキスが後ろからトンとその首に手刀を打ち込むと、子どもは気絶して倒れ込んだ。支えを失ったマリオネットのようになった子どもをオニキスが抱え上げえると、二人は急いでその場を離れた。


「報告します! 制圧しました!」

「死んだ者は持ち物を調べてから埋めてやれ。生き残った者は?」

「おりません。捕らえた後、自害しました」

「そうか」


 つまり、生き残ったのはこの子だけと言うことになる。


「カンババに預けるか」

「辺境伯家の魔術師殿ですか?」

「ああ。あいつのバリシアからの亡命者で火魔法使いだから、この子の気持ちもくみ取ってくれるだろう」

 

 かわいそうだとは思ったが、自害させぬために猿轡をかませ、手の動きを封じた。駐屯地に戻る途中、オニキスはクリスタルの仕込み杖のことを、そして王都で受けた短槍の訓練のことをしつこく尋ねた。最後にはまたくつくつと笑いだし、クリスタルの耳元にささやいた。


「実に面白い。お前は俺のことを何とも思っていないようだが、俺はお前が気に入った」

「はあ。これからもしっかりお仕えしますよ?」

「そうじゃない。俺の女にならんかということだ」

「愛人、妾はお断りです」

「もちろん違う。俺の妻になれ」

「私は貴族ではありません」

「心配するな、手はいくらでもある。それに俺は貴族からはお断り物件だからな。美しく薬師としての才能があり、更に度胸もある武人でもあるとなれば認めぬという奴はこのスヴァルトル辺境伯領にはいまいよ」

「ちょっと、本気ですか?」

「ああ、本気だ。本気で口説くからな」

「し、知りませんから!」


 クリスタルは知らない。クリスタルがいかに前を向いていても、その耳の赤さはすぐ後ろにいるオニキスからは丸見えだということを。


 クリスタルは知らない。脈無しではなさそうだとオニキスの機嫌がよくなっていたことを。


 そして、クリスタルは知らない。二人の会話に聞き耳を立てていた騎士たちが、みな「副団長の春だ!」と内心声援を送っていたことを。


読んでくださってありがとうございました。

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