6 その頃北の前線駐屯地では(side:クリスタル)
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なんとか解熱しました。
よろしくお願いいたします。
前線駐屯地は、二ヶ月交替の勤務らしい。
らしい、というのは、クリスタルも出発してから聞かされたからだ。
「二ヶ月、ですか」
「問題あるか?」
「二ヶ月と知っていたらオパールが家のことを一人でできるように教えておけました。市場の行き方も教えられましたのに」
「14歳だろう? その年になればそのくらい」
「閣下。私どもは、まだこの地に来たばかりです。友達もいない中で、あの子にどうやって一人暮らせと?」
「父親がいるだろう」
「父は研究馬鹿ですから、気がついたら夜中ということもある人です。帰宅すれば私たちをかわいがってくれますが、仕事中は私たちのことなど頭からすっかり抜け落ちています。あの子を二ヶ月もそんな状態にするなんて」
「我が家を頼ればいい」
「辺境伯夫人に『市場への行き方を教えてください』と申し上げろと?」
「……すまない。配慮が足りなかったようだ」
クリスタルは、オニキスという男が庶民の生活を知らず不器用なだけで、部下のこともこの地のことも真面目に考える男だということをこの数日で理解し始めていた。
「とにかく、説明不足です。言葉足らずは夫婦関係にも悪影響を及ぼしますよ」
「……相手がいない」
「あら、ご婚約者様はまだお定めではいらっしゃらないのですか」
「10回縁組みを申し込んだが、すべて『娘は体が弱いために、辺境の地ではお役に立てない』と言われた」
「あら、随分な理由でございますね。辺境伯家からの縁談を断るなんて、たいした度胸ですこと」
「何かあっても今後一切力は貸さないと通告してある」
「それでも断るのですね」
「わが辺境伯領には優雅さの欠片もないからな。王都の貴族令嬢には厳しいだろう。そして、同じような辺境の地の領主の家には適齢の相手がいない」
「貴族って大変ですね」
よく考えたら、次期辺境伯となるオニキスとこんなに砕けて話をして良いのかと思うが、出勤したその日から騎士団内の案内、雇用契約のサイン、研修、そのすべてにオニキスが隣にいた。なぜか。説明もなく。担当官が引きつった笑みで説明してくれるので、クリスタルは担当官に申し訳なくて、「閣下がいなくても大丈夫です」と言ったのだが、「俺が気にする」と言う謎の一言で押し切られた。
今だってそうだ。前線の駐屯地で他の薬師たちと補充用の薬草探しに出ようとしたところ、「薬師だけでは敵襲に対応できぬ」と言われ、オニキスが同行することになった。オニキスが来ると言うことは、当然ながらその護衛やら近侍やらもついてくるわけで、却って人目につくのではないかとクリスタルは思うのだが、どうやらそういうことではないらしい。
止血剤になるもの、熱さましになるもの、解毒効果があるものなどを積み、ついでに見つけたミントは根こそぎ掘り起こした。
「どうしてそれは根こそぎ持ち帰るのだ?」
「ミントは繁殖力が強いので、森の他の植物を枯らしてしまう可能性があります。自生していのではなく、おそらく靴の裏などに種が付着するなどして持ち込まれたものでしょう。それに、多岐に渡る効能がありますから、駐屯地にたくさんあっても困りません」
「ほう、どんな効能がある?」
ミントを大きな袋に入れながら、クリスタルは勢いよく説明を始めた。
「まずは、消化器系。腹痛、下痢、胃もたれ、馬車酔い、馬酔い、二日酔いを緩和します。皮膚にはかゆみ止めと痛み止め、炎症止めにもなります。頭痛の緩和もしますし、熱が出た時、ミント液をごくわずかに加えた水を含ませたタオルを額に載せると、実際には体温は下がりませんが、冷たさを感じて体が少し楽になります。殺菌効果もあるので薄めた液は傷口を洗う時にも使えますし、お風呂に入れない場所ではミント水で清拭すれば衛生的です。カビの繁殖も抑えられるので糧食の保管場所にも役立ちますね。ダニ除けアリ除けの効果もありますから、みなさんのベッドに定期的に散布すれば、ダニに噛まれることもなくなります。ハーブティーとして引用すればリフレッシュ効果があり、また口臭予防にもなります」
クリスタルが息継ぎを兼ねてオニキスを見上げると、オニキスの目が点になっている。クリスタルが首をかしげると、くつくつと笑い始めた。
「何か?」
「いや、立て板に水という表現の意味が、初めて理解できた」
オニキスはゆったりとした話し方をする。低めのテノールということもあり、聞きやすく、耳にやさしい声だ。
「しゃべりすぎましたか」
「いや、いい。クリスタルにはそんな一面もあるのだと思った」
「平民の娘は、みんなこんなものですよ。オパールは小さい声ですが、ゆっくり話すのでちゃんと聞き取れますよ」
「そうか」
駐屯地に戻ると、オニキスが騎士に呼ばれて本部に戻っていった。
「ねえ、クリスタルさん。副団長閣下、ずいぶんクリスタルさんのこと気にしているんだねえ」
一緒に薬草探しに行った薬師の一人がクリスタルに小声で話しかけてきた。
「そうですか?」
「ああ、だって、副団長閣下の笑った顔なんて、誰も見たことなかったよ」
「あら、そうなんですか」
「いつも閣下のすぐそばにいる騎士たちが、みんな目を点にしていたの、見ただろう?」
「見ていませんでした」
「クリスタルさん、君さあ、本当に閣下に興味ないんだね」
「興味、ですか?」
「次期辺境伯で、このブロシャン国一の武人で、あんなに顔のいい男だよ? 若い女の子ならみんな……って、そっか、男が惚れるような男を女が好むとは限らないんだよな」
「そうみたいですね。閣下も、縁談が10回も流れたっておっしゃっていました」
「ん?」
「変な理屈までつけて辺境伯家に盾突くわけですから、いい度胸ですよね」
「んん?」
「貴族は大変なんだなって思いました」
「ブフッ」
同僚の薬師は噴きだした。
「何ですか?」
「いや、伝わってないんだなって思って」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」
クリスタルは訳が分からず、同僚の傍を離れてミントを植えに行った。
同僚は穴を掘っているクリスタルを見ながら思った。きれいで賢い子だと思うし、製薬技術も高い。オニキスを怖がる様子もない。ただ、オニキスがどうして張り付いているのか理解できないようだ。
これから閣下がクリスタルをどうやって攻略するのか、見ものだな。
同僚は自分の仕事をしに衛生部に戻ろうとしてぎょっとした。オニキスが二階の窓からじっとクリスタルを見ているのだ。そしてその口にはかすかな微笑みが浮かんでいる。
「ありゃ、本気だな」
次の瞬間、オニキスの視線が同僚に飛んできた。目で射殺さんばかりのその視線に、同僚は慌てて衛生部に駆け込んだ。
「本気どころか、話しただけであの嫉妬かよ。こりゃ本格的に面白くなりそうだ」
怖い目にあったにもかかわらず、同僚薬師は楽しみの少ない駐屯地生活に楽しみができたと浮かれながら自分の仕事に戻って行った。
読んでくださってありがとうございました。
次回はオパールサイドに戻ります。
一つ事件が起こりますよ。
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