46 母の夢
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オパールは夢を見ていた。眠っている暇などない、早く起きなければと思うのに、体が動かない。
「オパール」
知らない声のはずなのに、なぜか懐かしく、安心できる。声のする方を見やると、オパールによく似た、だが気の強そうな顔をした、オパールよりも10歳くらい年上に見える女性がいた。
「オパールは本当に私によく似たわね」
「お母さん?」
「ええ、そうよ」
父が、オパールは母によく似ていると言っていたが、本当だったらしい。
「ごめんね。オパールの所に帰れなくて」
「ううん、お母さんは戻るつもりだったんでしょう? バリシアの人たちの妨害にあったんだから仕方がないよ」
「それなら、私がバリシアの人間だってことも知っているのね?」
「上級魔術師をたくさん輩出している家の出身だってことと、魔力がないように見せかけて追放されたこと、それから、『竜の涙』を食べて魔力を取り戻したことは聞いたよ」
「そうよ。私は、バリシアの人たちから逃げたの。私が持っていた能力を悪用されたくなかったから」
「お母さんが持っていた能力?」
「オパール、ごめんね」
夢に現れた母は再びオパールに謝った。
「本当は私が『紫のイリス』だったの」
「えっ!」
「私の中には、『紫のイリス』の記憶があった。『紫のイリス』としてどんなことができるのか、もちろん知っていたし、その力を使うこともできた。でもね、私にはもう一つの力があったの。それは魔術ではなかった。夢の中で未来を見たり、他人の夢に入ったりすることができる、不思議な夢の力だったの」
母の語る言葉を、オパールはただ目を丸くしながら聞いた。
「夢で見た未来の大半は、お父様が私の能力に気づくとすぐに私をバリシアの王家に売り飛ばし、王家にいいように『紫のイリス』の持つ力を利用されるというものだったわ。多くの人がつらい思いをする世界しか見えなかった」
オパールの母は悲しそうに言った。
多くの人が他国との戦争に駆り出され、『紫のイリス』の持つ力の一つである「治癒」の力で瀕死の重傷を負ってもすぐに回復させられ、その場でまた戦場に送り返される。死んでいなければ回復できてしまうために、多くの人が何度も死んだような苦しみを味わった。相手国から見れば、無限の兵がいるように見えるほど。
こうしてバリシアが世界の帝国となり、魔力至上主義の恐怖政治が始まった。王族は『紫のイリス』の治癒によって守られ、魔力の強い者は強制的に王族に囲われ、王族の持つ魔力は代を増すごとに強大なものとなった。
「でもね、所詮人は人なのよ。神様になろうとしても、なれるわけがないの」
どれだけ体を物理的に鍛え、魔術で保護しても、強力すぎる魔力は人間の体を蝕んでいくようになった。体が器として耐え切れなかったのだ。
初めは内臓疾患を持つ王族が増え始めただけだった。やがて脳に異常がみられるようになった。そのうちに、思い通りにならないと感情の揺れと共に魔力が爆発的に放出される、いわゆる魔力暴走が頻発するようになった。体外に排出された魔力は周囲を巻き込んで国一つ崩壊させるほど暴発することもあったし、体外にうまく排出しきれなかった魔力が、空気を入れすぎた風船のように肉体を弾けさせてしまうこともあった。
疑心暗鬼になった王族たちが互いに殺し合い、王族の魔力が大爆発を起こして滅亡するまで1000年。その滅亡に世界が巻き込まれた。世界の生きとし生けるものすべてが灰となり、この世界は死んだ。
母の言葉に、オパールは知らず涙が流れた。
そんな夢を見続けた母の苦しみはどれほどのものだっただろう。
そんな世界に生きなければならなかった人々の絶望は計り知れない。
「夢の中で『紫のイリス』の力を悪用されない方法を何年もかけて探したわ。やっと見つけた唯一の方法。それが、オパール、あなたに『紫のイリス』の力を委ねることだったの」
「どうして私に? クリスタルの方が冷静で、賢くて……」
「クリスタルに『紫のイリス』の力を委ねた未来も、もちろん見たわ。でもね、あの子は辺境伯夫人になるでしょう? 治癒魔法を使いすぎて早死にする未来しかなかったわ。責任感が強いのもほどほどにってことよね」
オパールは、確かにクリスタルならやりかねないと思った。
「あなたなら世界を混沌と破滅に向かわせない。ただし、どうやって未来を紡いでいくか、どうしても見えなかった」
「どういうこと?」
「あなたがどう頑張ってバリシアの暴走を止めたのか、どうしても見えないの。見えたのはオパールが『紫のイリス』の力とうまく折り合いをつけながら、穏やかに老後を暮らしている姿だけ」
行動の指針がもらえるのではないかと期待していたオパールは、少しだけがっかりした。少しだけ。
「オパール。まだオパールの中の『紫のイリス』の力が完全に覚醒していないのは、私がまだ一部を持ったままだから。そうしないと、オパールに負担がかかりすぎるほど、大きな魔力なの」
既に覚醒した分だけでも膨大な魔力なのに、それほどの魔力なのかとオパールは恐ろしささえ感じる。
「そう、正しいわ。魔力は恐ろしい力。だからこそ適切に使わなければならないの」
「お母さん、一つだけ教えて。お父さんはどうしてお母さんを生き返らせたいの?」
「それはね」
母は寂しそうに微笑んだ。
「私はあの人のことを愛したけれど、あの人は私の持っていた薬学の知識や技術、それに上流階級の人たちとの接し方が必要だったの。良くも悪くもお金持ちの庶民でしかなかったゴシェナイトの家が売り上げを伸ばすためには、必然的に上流階級との商売が必要だった。彼らが求めるような希少で高額の素材を扱える薬師は高給を要求したし、リューコよりも上という立場になるのがあの人には許せなかったのね。それに、そんな薬を作れても、間に貴族相手の薬局を挟めば利益が減るでしょう? 直接取引できれば御用達の名も手に入る。私ならただで働かせることができて、貴族事情にも明るい。私がいた時には商売もうまくいっていた。だから、かつての栄光を取り戻すために、私が必要だった」
「お母さんに会いたかったからではなく、お金のためってこと?」
「そうね、そうなるわ」
悲しいけれど、と母は言った。
「だからね、あなたがお父さんの目を覚まさせてあげてね」
「お母さん?」
「オパールも、クリスタルも、愛しているわ。ずっと見守っている。どうか『紫のイリス』の力を、みんなが幸せになるために使って」
「お母さん、待って、もっと聞きたいことがあるの!」
母の姿がぼやけていく。手を伸ばそうとしたが、体は動かない。
「お母さん!」
泣きながら目が覚めた。夢だった。
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