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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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45 逃げない

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 オパールは鍵付きの薬品庫から『竜の涙』をそっと取り出した。


「すぐに飲むか?」


 オンファスの言葉に、オパールは首を横に振った。


「何かあった時のために取っておくわ」


 ポケットには母の魂が入っているらしい小さな容器があるが、『竜の涙』も袋ごと同じポケットに入れた。


「あいつらが言っていた『あの御方』は王妹殿下だ。お前は以前、ブロシャンの王と直接話し合うと言っていたが、本物がいない以上は王妹殿下と対峙することになる。あの御方自身も強力な魔術師だ。お前だけではどうにもならない。逃げるなら今だ」

「ううん、今逃げても一生追いかけられるだけになる。それに、あのスヴァルトル辺境伯家にも気づいていないだけでたくさんバリシアの魔術師たちは入っていた」


 ふと、オパールは思った。


「どうしてカンババ先生はそのことに気づかなかったのかしら」

「わからない。本当にバリシアのことに興味がなかっただけかもしれないし、彼自身が陽動スパイだった可能性も否定できない」

「カンババ先生もスパイ?」

「可能性はあるぞ。オパールの魔術指南をしていたと言ったが、話を聞き、お前の技量を見た上で言わせてもらえば、ちゃんと指導していたとはいいがたい」

「え……」

「自分の指導で初めて火を出したと言っていただろう?」

「でもカンババ先生は風の魔術しか使えないからって」

「だが、オパール。お前は風だってそよ風を起こすレベルではないか。確かに一つひとつの要素に対するお前の魔力量は多くない。だが、だからこそ、組み合わせで対抗する術を教えるべきだった」

「カンババ先生にそのアイディアが浮かばなかったとしたら?」

「……」

「そよ風だって、出せるようになるまでには時間がかかったんです」

「今は彼のことは横に置いておこう。決めるべきはオパールが今すぐ逃げるか、利用されることになったとしても王妹殿下と話をするか、どちらを選ぶかという問題だ」


 そうだった。


 オパールは一つ深呼吸した。


「王妹殿下って、そんなにすごい魔術師なんですか?」

「そうだな。バリシアの陛下の次に魔力量が多く、使える魔術も多い」

「もしかしてバリシアの王位って、魔力量で決まるとか?」

「その通り。だから王妹殿下は玉座を手に入れられなかった。権力を手に入れられなかったからこそ、ご自身が永遠に権力者となるために動いてきた。王妹殿下の魔力量だけでは陛下に勝てないからこそ、それを補う存在として『紫のイリス』の力を得て不老不死になろうとしているのだろう」

「でも、私、不老不死なんてどうすればいいかわからないし、もし知っていたとしても、そんな人に与えたくはないわ」

「そうだな。まだ完全覚醒していないことを利用するしかない。そして、覚醒したらすぐに利用されるかもしれない。それでも対峙するのか?」

「するわ」


 オパールはスカートの右ポケットに触れた。


「バリシアを欺いて逃げ出したお母さんもいるし、『竜の涙』を私が飲めば、もしかしたら覚醒するかもしれないんでしょう? 覚醒したら、王妹殿下なんてあっというまにやっつけられるほど強くなっちゃうかもしれないわ」

「では、飲むのか?」

「『お父さん』」

「なんだ?」


 自分を襲った実の父(と思われる人物)が隣の部屋で拘束されているのに、お父さんというのは不思議な気持ちになったが、今のオパールにとって、父はオンファスだ。


「私が一晩隠れられる場所ってないかしら。安全なところで飲みたいの。」

 

 オンファスが厳しい顔で考え込んだ。


「自分の魔力で隠したところで、王妹殿下には太刀打ちできないだろうし……」


 二人は薬品庫を出た。まだ父と魔術師たちは伸びている。


 窓から外を見ると、青い蝶が何かを探すように飛んでいる。


「ジャスパーの蝶だわ」


 急いで窓を開けると、青い蝶は一直線にオパールのところに飛んできた。そしてジャスパーのメッセージを伝えた。


『明日、王城に攻め入る準備ができた。もう近くにいるから。オパールはどこにいる?』


 オパールの掌で青い蝶が光に溶けた。オパールは決めた。


「『お父さん』、私、ジャスパー様たちの所に行きます。彼らと一緒に、明日、王妹殿下と対峙しようと思います」

「わかった」


 オンファスはオパールの手を取った。


「明日、会おう」


 オンファスのつぶやきと同時にオパールを光が包んだ。ぐにゃりと空間が歪んで、オパールはめまいを起こしたようになって吐き気に口を覆う。


 ドサッという音と共に、歪んだ区間から森の中に放り出されたオパールは、そのまま地面に倒れ込んだ。


「おい、バリシアの魔術師じゃないか?」


 見張りの兵に剣先を向けられるが、まだ吐き気が収まらないオパールは目を空けられない。


「待て」


 耳になじんだ声が聞こえる。


「オパールじゃないか!」

「ジャスパー様?」

「ああ、オパールだ!」


 目を空けられないものの、オパールにはその声と香りでわかる。


「明日、バリシアの王妹殿下が、ブロシャンの新王となるためにやってきます。私も利用するつもりです。明日、殿下と対峙するために、あの人が私を逃してくれたの」


 それだけ言うと、オパールは力が抜けた。周りの皆が何か言っているのは聞こえたが、理解できない。体も動かない。そのままオパールは意識を失った……眠ったのか気絶したのか、オパールにはわからなかった。


読んでくださってありがとうございました。

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