44 薬品庫
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「それ以上はならん」
助手だったはずの男に制せられたことで、ゴシェナイト氏の怒りに火が付いた。
「どけ、お前など!」
だが、その場から弾き飛ばされたのは助手ではなく、ゴシェナイト氏だった。
「お、父、さん!」
「オパール、お前の父親ではあるが、お前を殺そうとした男だ。自分はこの男を許さない」
助手の姿のまま、オンファスはそう言い切った。そして椅子のスイッチに触れた。動かせなかった体が突然自由になり、オパールは慌てて立ち上がった。
「なんだ、面白い実験を見られそうだったのに」
見張りを兼ねてオパールについてきた魔術師たちは、少々残念という顔をしている。
「お前たち、オパールに何かあったら、お前たちが処罰されるとは思わなかったのか?」
「俺たちは、この嬢ちゃんがどうなろうったって知らねえ。あのお方が明日には到着なさるっていうのに完全に目覚めてねぇなら、何らかの刺激があった方がいいだろうって思ったまでのことさ」
「それを命じられていたのか?」
「いいや」
「ならば、お前たちがしたことは規律違反に問われるだろうな」
「うるせえ奴だな。おい、痛い目を見せてやれ」
オパールの監視役の魔術師たちが、オパールと助手姿のオンファスに向かい合った。他の助手たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
「ちょうどいい」
オンファスはその背にオパールを隠すように立った。
「三対一でも不利なのに、魔術師相手に何する気だ?」
オンファスは挑発に乗らず、オパールに小声で言った。
「この部屋にいるノミ、ダニ、ネズミ、クモなんかに、あいつらを襲えと命じられるか?」
「やってみる」
とはいえ、虫も動物も見えない。天井にクモの巣がかかっているのを見つけたオパールは、巣にいるであろうクモに向かって「あいつらに噛みついて! お友達にも頼んで!」と呼びかけた。
クモは即座に動いた。天井にいたのでよく見えなかったが、ジョロウグモと思われるクモがそのままの勢いで降って来て、魔術師の顔にペタッと張り付いた。
「ギャー、気持ちわりぃ!」
同時に彼らの足元にネズミが走り寄ってかみついた。
「痛ぇ!」
クモやネズミを振り払ったが、今度は体のあちこちをかゆがり始めた。手の届かない所に手を伸ばしながら「痛い、かゆい!」と叫んでいる。
次いで窓を破ってカラスたちが大量に飛び込んでくると、魔術師たちの目を狙って嘴でつつき始めた。魔術師たちは魔術で追い払おうとしているようだが、次から次へと現れる動物たちを追い払うのに精いっぱい。
何かの足音が聞こえると思ったら、扉が蹴破られた。
「馬?!」
部屋に入って来た馬は一人ずつ魔術師を後ろ足で蹴り飛ばした。放物線を描いて部屋の壁に激突した魔術師たちは、そのまま床に落下した。
「今だな」
オンファスはポケットから手錠のようなものを取り出すと、意識を失っている魔術師たちにはめた。
「それは?」
「魔力封じだ。自分が魔力を流さない限り解錠されない」
動物たちがじっとオパールを見ているのに気付き、オパールは「みんな、ありがとう」と呼びかけた。小さな昆虫たちの中には踏みつぶされて犠牲となった者もいるだろうが、オパールの目では確認できない。
「みんなのおかげで助かったわ」
クモは天井へ、馬は厩へ、カラスは窓の外へ、それぞれ帰っていく。ノミやダニたちも、きっと外に出て行ってくれたはずだ。
「さて、こいつらはとりあえず記憶を一部書き換えてから放すとしよう」
「どうして?」
「自分がオパールの味方だということを知られるのはまずい」
「そういえば、どうして助手の姿になっていたの?」
「お前に『竜の涙』を届けたかったからだ」
「宰相様の姿で命令すればよかったのでは?」
「無理だ。お前の父親は、『竜の涙』を全て自分の研究とお前のマリア復活のために使うつもりでいた。それに、もうほとんどない」
「実験のために使ったの?」
「おそらく。あるいは、お前の父が以前とは違ってしまっていることと何か関係があるのかもしれない」
未だ気絶している父に、魔術師たちに付けたのと同じ魔封じの手錠が嵌められた。その首からぶら下げられた鍵2つを取ると、オパールに渡した。
「どうして、という顔をしているな」
オパールの表情を読んだように、オンファスは言った。
「この男が本当にリューコ・ゴシェナイトであるかどうかは、調べなければ分からないからだ」
「『コピー』?」
「『コピー』も『変身』も、使える魔術師の裾野が急速に広がっている。今は全てを疑わねばならん」
「でも、オンファスはわかる。その指輪を取られないで」
「ああ、このことは他の誰にも言うな」
うなずいたオパールに、オンファスは告げた。
「奥に薬品庫がある。その中に、ほんのわずかだが『竜の涙』があるのを確認した。お前に渡した鍵が、その薬品庫の鍵だ。行こう」
「はい」
オパールは、母の魂が入っているという入れ物を拾い上げた。なんとなく、父の傍に置いていきたくなかった。
オンファスに連れられて奥に繋がる扉を開けると、そこには様々な薬品や薬草が所狭しと並べられた薬品庫になっていた。知識としては持っていても、実物を見るのは初めてという薬草がたくさんあり、オパールの心は高鳴った。オパールが薬草に見とれていると、オンファスは内側から鍵をかけた。
「時間稼ぎだ」
オンファスは奥にある金庫のようなものの前に立った。鍵付きの薬品庫には、危険な物や貴重なものが収められている。薬師ならば誰もが知っていることだ。
「オパールが開けてみなさい」
鍵穴に鍵を差し込み、ぐるりと回す。ガチャリ、という重たい音がして、扉が開いた。
「あった」
そこには確かに、あの『竜の涙』の花びらが一枚、保管されていた。
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