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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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42 王都近郊の森の中で

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 抜けるように青い空が、森の木々の向こうに見える。こんな日は草原に寝転んで、雲一つないこの美しい空はオパールと二人で見たいものだ。


 地面に目を落としたジャスパーは、スヴァルトル辺境伯領で領地を守っている兄オブシディアンのことを思った。父と兄は、この反乱の責任者としてこの場にいる。クリスタルは臨月で動けない。母とクリスタルと領地をオブシディアンに任せ、ジャスパーはオパールを救い出すという任務のために、王都近郊のこの森に他の領主たちと潜んでいる。


 ふと、地面に影が走ったように見えて、ジャスパーは空を見上げた。と、一羽のオオワシが飛び込んできた。斬ろうとした者もいたが、何かを探すようにこちらを見ているオオワシの足に手紙を見つけたジャスパーは、オオワシに呼びかけた。


「手紙を持ってきてくれたのか?」


 オオワシはジャスパーのすぐそばに降りてきたが、首をかしげてジャスパーを見ている。


「僕はジャスパーだ。もしかしてオパールの手紙なのか?」


 オオワシは「キャッ」と甲高い声をあげると、足をジャスパーに差し出した。


「おいおい、ジャスパーは鳥と話せるのか?」


 傍にいた父、スヴァルトル辺境伯が不思議そうに言った。


「それができるのはオパールですよ。もしオパールの使いとしてここに来た動物だったなら、僕の名前を教えられているはずだから名乗ってみただけです」


 オオワシは足から手紙を外されると、近くの木の上に舞い上がった。そしてそのままジャスパーの様子を見ている。ジャスパーは手紙を開いた。


「は?」


 理解できない言葉に、ジャスパーの頭がフリーズした。


「どうした、ジャスパー。貸してみろ」


 固まったまま動かないジャスパーの手から、オニキスが細くたたまれた跡を今一度丁寧に開いてその手紙を読み始めると共に、眉間の皴が一気に深くなった。


「バリシア王妹が王城を掌握。王は既に崩御された模様。オーブ様はバリシアの魔術師でそちらを攻撃する準備中」


 インクは異様に濃いのにかすれている。だが、文字は間違いなくオパールだと分かる。


「オブシディアンがバリシアの魔術師って、どういうことなんだ?」


 オニキスも訳が分からないといった様子で手紙を父スヴァルトル辺境伯に見せた。スヴァルトル辺境伯はその手紙を見ると、最近持ち歩いているペンダントルーペを胸元から取り出して手紙を読み始めた。


 父の目は、遠くの異変を見つけることができる目だったはず。その父にも老眼の影響が出始めたのだろうかとジャスパーが思った時、スヴァルトル辺境伯は手紙からルーペを離し、オニキスとジャスパーの名を呼んだ。


「この手紙には嘘偽りは書かれていない」

「どうしてそんなことが分かるのですか?」


 ジャスパーの問いかけに、スヴァルトル辺境伯はルーペを見せた。


「このルーペは、カンババが作ってくれた魔道具なんだ」

「カンババ先生が?」

「詳しい仕組みはよくわからないが、書き手の悪意や作為は文字に現れるらしい。嘘偽りが書かれた場所には乱れがあるそうでな、その乱れがあればその場所が嘘偽りであると分かるのだ。この手紙には、乱れがない。つまり真実ということになる。オパールの署名にも乱れはなかったから、オパールが書いたことも証明される」

「ですが、オブシディアンが裏切ったなど、信じられません」

「いや、疑問はあった」


 絞り出すように言ったオニキスに、スヴァルトル辺境伯は静かに言った。


「まだ先代の辺境伯がご存命の頃、王の命令で一年間海軍を持つ領主の元で海軍の知識を技術を学ぶよう命じられた。帰って来た時にはオーブがいた。月数が合わないことには気づいていたが、辺境伯夫人(あれ)は誠実な女だ。どこかでおかしいと思いながらずっと育ててきたが、カンババがこのルーペをくれた後、オーブが提出した報告書を読んでいたところ、オーブのサインが乱れていたのだよ」


 オニキスとジャスパーははっとした。ルーペで浮かび上がる文字の乱れは、嘘偽り。


「他の者が署名したという意味での嘘偽りではなく?」

「存在そのものが嘘偽りであるとルーペは教えてくれた」


 しんと静まり返った。少し離れたところから馬のいななきや鳥の鳴き声が聞こえるが、その音が随分遠く感じられる。


「カンババに、間違いではないのかと尋ね、ルーペを再度調整してもらった。だが、カンババがいくら調整しても、他の書類のサインを見ても、文字の乱れが続いた。原因は分からないが、とにかくオーブが何らかの形で『嘘偽り』の存在であることは分かっていたのだよ。最悪の想像が当たっていなかったことだけが救いだな」


 ジャスパーはスヴァルトル辺境伯の顔を見た。きっと、母の不貞を疑っていたのだろう。母を愛している父にとって、それはつらいことだったに違いない。


「オブシディアンがバリシアの魔術師であったということであれば、その者は赤ん坊の時から魔術が使える魔術師だったのでしょうか」

「いや、違うでしょう。『コピー』で赤ん坊と入れ替わったんじゃないでしょうか」

「最近、嫌な魔術の存在を耳にした」


 スヴァルトル辺境伯は小声で言った。


「『コピー』には原本となる者が存在するが、原本を必要とせず、なりたいものになれる『変身』魔術が、バリシアのごく一部の魔術師たちの中で広がっていると」


 先程以上の沈黙が降りた。


「もしオブシディアンが本当にバリシアの魔術師だったなら、我々の情報は筒抜けだ」


 スヴァルトル辺境伯の言葉に、ジャスパーははっとした。


「母上やクリスタル姉上は? スヴァルトルは?」


 スヴァルトル辺境伯とオニキスの顔が一瞬蒼白となり、次いで怒りで赤くなった。


「オブシディアンの心酔している者たちもいたな」

「はい。女性騎士に多かったようですが」

「オニキス、お前は兵を半分連れてすぐにスヴァルトルに戻れ。なんとしてもスヴァルトルと家族を守れ」

「すぐに出発します」


 オニキスは副官を呼んでスヴァルトルに戻す隊に命じ、1時間後にはスヴァルトルに向けて出発した。時間がかかることも考えて糧食を多めに手配してあったことも幸いした。


 出発する時、不思議なことが起きた。オニキスの馬の傍に先程のオオワシが近づいてきたのだ。はっと空を見上げると、様々な鳥たちが上空にいる。オニキスの馬が声高くいななくと、アマツバメとイヌワシがスヴァルトルの方向へと飛び始めた。大型の猛禽たちもそれについていく。


「アマツバメとイヌワシ……速く飛べる鳥だ」


 ジャスパーの声に、スヴァルトル辺境伯は気付いた。


「彼らが先に行ってくれるということか。では他の鳥たちは……」

「一緒に行ってくれるのでしょう」


 気づけばあのオオワシがオニキスの肩に止まっている。


 そうか、とジャスパーは思った。


 きっとオパールが、鳥たちに助力を願ってくれたのだ。先に飛んでいった鳥たちは、先駆けの者たちとともに危機を知らせ、もしかしたらスヴァルトルにいる鳥たちをみな仲間に付けてくれるのかもしれない。


「鳥まで参加する戦か」

「後の世に語られるものになるかもしれませんね」

「ああ。それに、どうやらこちらにも助力があるようだ」


 見渡せば、一定の距離を保ったまま、森の動物たちがこちらを見ていた。凶暴なはずのクマもオオカミも、いつもならそんな肉食獣たちに狩られる草食獣たちも、並んでこちらを見ている。


「バリシアは、動物たちにまで拒否されているのですね」

「いいな。その一節は、是非後の世に残すとしよう」


 スヴァルトル辺境領のことが気がかりではあるが、きっとオニキスや鳥たちが何とかしてくれるはず。スヴァルトル辺境伯は一緒に森に潜んでいる領主たちを集め、オパールが知らせて来た内容を伝えた。王が暗殺されてバリシアの魔術師が王に成りすましていると聞くと、バリシアの魔術師という言葉に領主たちの顔色が変わった。


「だがな、バリシアの者たちは、この国の動物たちにも嫌われているようでな。クマやオオカミたちも、我らに加勢してくれるそうだ」


 森の動物たちが、スヴァルトル辺境伯の声に応じて咆哮した。


「我らは、ブロシャンの動物たちからも認められた存在だ。彼らを同胞として城に攻め込むが、対魔術師戦となる。バリシアの魔術師に対抗できるのは、スヴァルトルとフェルグソンだけだ。我らが前面に出るので、打ち合わせ通りに後方支援と、魔力封じをつけた魔術師たちの監視を頼みたい」

「大丈夫なのか?」


 別の領主が心配そうに尋ねた。確か、海軍を有する侯爵だ。


「お任せください。常々バリシアの魔術師たちと戦ってきた者たちばかりですから」


 部下たちに対する強い信頼を見た侯爵は、満足そうにうなずいた。


「見張りはスヴァルトル兵とフェルグソン兵に交代。その上で、明日、王都に入る。よろしいか」

「よかろう」

「では準備を」


 父の背はいつでも大きいものだが、今日ほどその背の大きさを感じたことはなかった。これが辺境伯として領民の命を預かり、日々戦っている者の覚悟なのだろうと思った。同時に、部下を信じられる、任せられる、そう言い切れるだけの関係をしっかりと築いてきた父に恥じぬよう、ジャスパー自身も小さな関係にとどまらずに生きなければと思った。


 それが、守りたい人を守るための「手段」ともなることを、父が教えてくれたのだから。


 領主たちが散った後、ジャスパーは動物たちの所に行った。もちろん、餌になりそうなものを手にして。


「明日、王都に入る。みんな、よろしくお願いします」


 ジャスパーには彼らの言葉は分からないが、彼らはジャスパーの言葉を理解してくれたようだ。


「オパール、待っていて。必ず助けに行くから」


 魔力で作った青い蝶にそうメッセージを託すと、空に飛ばした。小鳥が一羽、寄り添うように飛んでいく。動物たちもまた同じ場所に生きる仲間なのだと、ジャスパーはその後ろ姿を見送りながら思った。


読んでくださってありがとうございました。

明日はまたオパールサイドに戻ります。

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