40 カルノーという男
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バリシアで上級魔術師を一番多く輩出している家といえば、それは王家だ。二番目はとなれば、それはカメレ家だと誰もが言うだろう。そのカメレ家の次男として生まれたのが、カルノーだった。
兄のドーソンとは5歳離れており、ドーソンは既に魔術師としての頭角を現していた。弟のカルノーにも、それは求められた。カルノーもまた5歳になる頃には、下級魔術師を従えられるほどの才能を見せた。10歳で攻撃的な魔法が得意だと判定されると、カルノーはそのまま軍部に引き抜かれた。
泥まみれになりながら、そして命の危機を感じながらの生活に、カルノーの心がすさんでいったのは仕方のないことだっただろう。
生家への忠誠心も、生まれに対するプライドも、どちらも捨てた。強い魔力で相手を圧倒することだけが正義であり、年齢差も生まれも関係なかった。
そんなカルノーの心に差し込んだ一筋の光。それがのちに「バリシアの黒い薔薇」と呼ばれるユタ王女との出会いだった。週に一度、軍部にやって来ては訓練場で戦闘訓練を行い、自分より3歳しか違わない少女。その少女が一小隊を片手でひねりつぶし、涼しい顔で訓練場に巨大な穴をいくつも開けていく様子に、彼女こそが己の主だと思い定めた。
ユタ王女は、カルノーのように己に陶酔する者たちを集め、己の派閥を作っていった。平和主義者の兄王子(現バリシア王)と対立し、我こそ女王になろうとするユタ王女を支えたが、兄王子とユタ王女の王太子の座をかけた戦いにユタ王女が負けた。兄王子は平和主義者だったが、己と対立する者には躊躇なく鉄槌を下すタイプだったのだ。妹に対するものとは思えぬほどに徹底的にやり込められたユタ王女は、王と、王太子となった兄に二人から降嫁を命じられた。
カルノーの兄ドーソンがその相手だと知った時、カルノーは魔力暴走を起こした。
どうして変身系魔法しか使えないような兄が、「バリシアの黒い薔薇」と称される、美しく強いユタ王女の夫となるのか。
どうしてそれが、常にユタ王女の側近と誰からも認められている自分ではないのか。
感情をコントロールできずに魔力暴走を起こしたカルノーを止めたのは、ユタ王女だった。魔力を無理やり体内に押し戻されたカルノーは、体内で魔力が暴れる苦しみに悶える中、ユタ王女からこう告げられた。
「お前は勘違いしている」
ユタ王女の顔は、至極まじめだった。
「妾はお前の兄の『妻』になどならぬ。お前の兄が持つ変身魔法は、『唯一魔法』。つまり、この世でそれを使えるのはお前の兄しかおらぬ。妾はその変身魔法を手に入れたいが、『唯一魔法』発現後三代までその家の者にしかその魔法の使用は許されぬ。これは王族である妾であっても守らねばならぬ掟である。
妾はのう、既に確立している『コピー』を掛け合わせた新しい魔術を作りたい。それが妾の願いを叶えるために重要な意味を持つと考えるから。カメレ家の者ではない妾が変身魔法を手に入れるためには、妾がカメレ家の者にならねばならない」
分かるな、と念押ししたユタ王女に、カルノーは涙ながらにうなずいた。
「それでよい。妾は変身魔法をカメレ家三親等までの者すべてに習得させる。習得できたものは妾の手足として重要な任務に就くことを許す。そなたもだよ、カルノー。期待している」
カルノーの心に、喜びがあふれた。ユタ王女に期待されている、それだけで一生頑張れると思った。
ドーソンに降嫁したユタ王女は、その日から変身魔法を習得するために積極的にドーソンから教えを乞うた。カルノーら選ばれたカメレ家の三親等内の魔術師たちも同時にドーソンから変身魔法を学んだ。「唯一魔法」の伝授は相続とみなされる。三代までその魔法を独占使用することで、そこから得られる経済的利益をも享受できるからだ。
変身魔法を習得したカメレ家の魔術師たちは、「変身」と「コピー」を組み合わせて架空の人物や動物に変身できるようになった。「コピー」はいずれ本人に気づかれる可能性があるが、「変身」はこの世に存在しない新たな人物を作り出せる。戸籍を追われても調べはつかないし、必要ならユタが裏から手を回して架空の戸籍を作り上げた。存在しない人間が起こした犯罪は裁けない。こうしてユタ王女たち一派は反対する者を静かに葬り去り、仲間を増やしながらここまでやって来た。
ユタ王女の派閥の力は、兄王と拮抗するところまで来た。さらなる力を得るために、ユタ王女は「原子の乙女」の力を欲した。記録には残されていないが、超常的な力であったことだけは伝えられている。中でも「紫のイリス」にユタ王女は興味を示した。暴走した黒龍を鎮めるほどの力を持っていたことは間違いないが、「紫のイリス」にはその魔力で不老長寿になったという伝説もあった。ユタは、不老長寿を欲するようになっていたのだ。
至高の存在にはいつまでも美しくあってほしいし、王よりも若いまま長生きできるとなれば、アドバンテージになる。そう考えたカルノーは、「紫のイリス」の生まれ変わりを探した。
それ以前からカルノーは、ブロシャン王国征服への足掛かりとして、スヴァルトル辺境伯家にもぐりこみ、辺境伯家の人々の記憶を改ざんして「次男 オブシディアン」を作り上げた。まさかそこに、魔力無しとして追放された叔母の娘がやってきて、「紫のイリス」の生まれ変わりである可能性を示すなどとは思っていなかった。
運が向いてきた。
カルノーより後からやって来たカンババに自分がバリシアの魔術師であることを気取られぬように注意しながら生活し、ようやくオパールを手に入れることができた。ブロシャン王バサルトは消して、まずはユタ王女にブロシャンを献上した。これで兄王の治めるバリシアとの全面戦争になっても対抗できるだけの富と権力をユタ王女が持てたことになる。
あとは、「紫のイリス」が覚醒するだけ。
カルノーはこの時、まだ知らなかった。冴えない宰相アマンが、変身魔法を学んだ「ドーソンから三親等内」の存在であるオンファスであることを。
そして、オンファスがバリシア王の側の人間であり、オパールを娘のようにかわいがり、守ると決めていたことを。
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