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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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39 従兄

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 オパールが連れていかれたのは、国王の私室だった。バリシアの魔術師たちも一緒だ。二人っきりにされなかったことに安心すべきなのか、警戒すべきなのか、今の段階では判断できない。部屋に入ると、バサルトに成りすましている男がオパールの前に跪いた。他の魔術師たちもそれに倣い、一斉に跪いた。


「オパール、当世の『紫のイリス』よ。お前の力で我々を導き、我々の願いをかなえるのだ」


 バサルトに成りすました男の言葉に、オパールはどう答えるべきかと考えた。本当のブロシャンの国王をどうしたのだと聞きたかったし、成り代わっていることを知っていると大声で叫びたかった。だが、オパールは思いとどまった。国王の成り代わりに気づいていないふりをすると決め、オパールは口を開いた。


「陛下。陛下は私がまだ覚醒していないことをご存じでしょう? どうして私が『紫のイリス』であると信じているのですか? それに、どうしてブロシャンの者たちが捕らえられ、バリシアの魔術師たちと一緒にいらっしゃるのですか? おかしいと思うのですが」

「なぜバリシアの魔術師と一緒にいるのか、だって? ああ、それはね」


 ブロシャンの王になりかわっていいた男が微笑みながら顔を上げた。


「我々全員、バリシアの者だからだよ」


 ブロシャンの王に成りすましていた男の姿がぐにゃりと溶け、別人になっていく。オパールの目が、驚愕に大きく見開かれた。姿を変えたその人物が目を開けた時、オパールは思わず「どうして」とつぶやいた。


「どうして、あなたが……」


 オパールが震える声でようやくそれだけ言うと、その人物は口角を上げた。


「覚えていたんだ」

「当たり前です、どうしてオーブ様が」


 オパールはショックを受けて床に座り込んでしまった。そこにいたのはまぎれもなくスヴァルトル辺境伯家の次男、オブシディアンだったのだ。


「どうして、オーブ様はいつだって辺境伯家の皆さんを……」

「産んでもいない人間を我が子だと信じるように、あの夫妻を洗脳するのは確かに大変だったよ。だがね、我らの仲間はあの地にたくさん潜入している。協力者もいる。少しずつ時間を掛けていけば、魔力のない人間をコントロールするくらい、それほど難しくないのだよ」

「産んでもいないって、まさか、あなたは本当にあの家とは全く関係がない人だっていうの?」

「そういうことさ。そもそも俺の名前はオブシディアンじゃないからな」


 オンファスが以前教えてくれたとおり、この「オブシディアン」だとオパールが信じていた魔術師は、真名は教えないつもりのようだ。しばらくは「オブシディアン」と認識する他ない。


 オブシディアンが指をパチンと鳴らすと、傍に置かれていたカートの湯沸かし用のポットから湯気が噴き出した。湯沸かしポットは空中に浮かび上がると、ティーポットに湯を注ぎ入れた。ティーポットから、リンゴに似たカモミールの香りが立ち昇った。


 オパールははっとしてティーポットを見つめた。


 間違いない、この香りは、この王城の中庭にある薬草園のカモミールと全く同じだ。そして、スヴァルトル辺境伯家の城や騎士団の部屋の中で、オブシディアンが好んで飲んでいたのがカモミールティーだったことを思い出した。


 そうだ、どこかで嗅いだことがあると思ったが、オブシディアンの周辺にいつも漂っていた香りだったのだとオパールは気付いた。


 どこにでもあるものだからこそ、見落としてしまった。いや、オブシディアンがスヴァルトル辺境伯家を裏切っているなんて、考えてもみなかった。いつも飄々として、でも強くて、女性の団員たちからも人気があって、オパールの護衛騎士の一人ガレナが片想いする相手で……。


「どうして裏切ったの?」

「どうしてって? 先程も言ったが俺はあの家の人間ではないからさ」

「上級魔術師なの?」

「もちろんさ」


 オブシディアンは立派なソファに深々と座ると、靴のままソファに足を乗せた。


「まあ、俺がバリシア側の者だってことは、スヴァルトル辺境伯家がどうなっているか、お前も想像くらいできるだろう?」


 オパールの顔から、一気に血の気が引いていく。スヴァルトル辺境伯家の内情を誰よりもよく知る一人がバリシア側の魔術師なのだとすれば、クーデター計画だってバリシアの王妹を通じてブロシャンの国王に筒抜けになっていたはずだ。


「ジャスパー様たちが危ない」

「そうだよ。だがお前が彼らのことを心配する必要はない。お前はただ、『紫のイリス』として正しく覚醒し、我らの役に立ってくれればいい」

「嫌です」


 オパールはオブシディアンに向かって静かに、だがはっきりと言った。


「私はまだ覚醒していないし、覚醒するつもりもない」

「いや、お前は必ず覚醒する。覚醒しなければと思うはずだ。そうしなければ、郊外に集結している連中は全員、死ぬことになるからな」


 オブシディアンとは、スヴァルトル辺境伯家の人々の中で一番交流がなかった。ジャスパーはずっと一緒だった。クリスタルに会いに行こうとすれば必然的に傍にオニキスがいたし、辺境伯夫人はマナーの先生でもあったし、辺境伯閣下ともほぼ毎朝、将来の家族としてとして挨拶をしてきた。会おうとしなければ会えなかったのがオブシディアンだったことに、オパールは気付いた。それは、意図的にそうされた……オブシディアンからは観察できるが、オパール側からはあまり意識しない環境が作られていたのかもしれない、とも。


(つまり、私がスヴァルトル辺境伯家に行くことになる何年も前から、入念に準備され、誘導されたということ?)


 そうだとしたら……


 オパールは、まだ王都にいた頃、オパールが悩み苦しんでいた「薬が作れない薬師一族の娘」という風評も、意図的に強められていたのかもしれないと思った。


 それも、バリシアの人間によって。


「お前はカンババから魔術師として基礎的な訓練を受けていたから、魔力の使い方は知っているはずだ。カンババも俺に気づかず、呑気なものだったよな。だが、あとはお前の中にあるものを引きずり出すだけ。『バリシアの黒い薔薇』がお前を欲しているのだ。あの御方のために必ず役に立たねば、カルノー家の血が流れる者として恥ずかしいのだよ、オパール」

「カルノー家?」

「ああ。俺はお前の従兄だ。せいぜい頑張ってくれ、我が従妹よ」


 こんな男と血縁関係があるなんて信じたくはないが、今は少しでも情報を得るべきだ。オパールは粟立つ肌を必死に元に戻そうと腕をさすりながらそう考えた。そして、ジャスパーたちを助けるためにも、オンファスが言っていた『竜の涙』を一刻も早く手に入れなければと考えた。


読んでくださってありがとうございました。

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