38 オンファスとの別れ
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ブロシャンの王宮に激震が走ったのは、それから数日後のことだった。突然バリシアの魔術師たちが王宮内にあらわれたのだ。近衛兵たちは、全く役に立たなかった。魔術師たちに近づくことさえできずに次々に拘束され、文官や女官たちも次々に部屋に押し込められていった。
その時、尖塔の上にいたオパールはオンファスから火魔法の手ほどきを受けていた。外部からの情報を遮断した部屋ではあるが、オンファスは「宰相アマン」としても活動しているため、情報を遮断した空間でも外部と連絡が取れるようにしてある。
「その赤いランプは?」
「敵襲だ。おそらくバリシアの王妹殿下側の者たちだろう」
「王様になりすましている人が引き入れたのしら」
「転移のための魔方陣を敷いた可能性はあるだろうな」
オパールは不安になった。人が死ぬところは見たくない。苦しむところも嫌だ。オンファスはそんなオパールの様子を見て、ぐっと一言飲み込んでから告げた。
「おそらく、狙いはオパールだろうな」
オパールはうなだれた。
「私には、向こうの人たちが思うような力なんてないのに」
「いや、お前の中に眠っているだけで、それがいつ出てくるかは分からない。そもそも、その力を引き出すために、今日だって訓練していたのだろう?」
「それはそうなんだろうけれど」
「自分の価値を低く見積もるな。価値があると思わせられなければ、お前の命など簡単に奪われるぞ」
オパールはぐっと唇をかみしめた。
「絶対に守り通せるとは言わない。だから、お前が選べ。逃げたいならば、自分の力で少しくらいの時間は稼ごう。もし奴らと真正面からぶつかって、奴らの野望をぶち壊したいなら……正面から行くぞ」
オパールはオンファスを見上げた。絶対に守ると言いきらないところに、オンファスの誠実さが見える。逃げられるものなら逃げたいというのが正直なところだが、もしオパールが逃げれば、オンファスはその時間を稼ぐために戦い、そして死ぬことになるだろう。
死なせたくない、とオパールは思った。スヴァルトル辺境伯家の人々同様、オンファスとも長い付き合いをしたい。カンババの不得意分野を補う魔術の先生になってもらうのもいい。第二の「お父さん」のままでいてほしい。
オパールは決めた。
「私、戦いたい。己の欲だけを満たそうとするような人に、私の力を使わせたくない」
「わかった」
オンファスは静かに言った。
「スヴァルトル辺境伯たちが動くと数日前に連絡があっただろう? きっと王都に接近しているはずだ。それに、王妹殿下たちのスパイが王宮内にいたならば、お前がまだ『紫のイリス』として覚醒しきっていないことも知っているはず。その日を迎えるために、時間の猶予は必ずある」
「覚醒していないからこそ、猶予がある?」
「そうだ。そう考えれば、できないと嘆く必要はなくなるだろう」
「『お父さん』」
「なんだ?」
「ありがとう」
オパールはオンファスの目をまっすぐに見て言った。
「私はオンファスという人物が、私の『お父さん』であることに感謝しています」
「オパール……」
オンファスはだが首を横に振った。
「自分はお前を人体実験の材料にしようとしたことのある男だ。決して自分に心を許すな」
「いいえ、あなたはこの尖塔に閉じ込められた私と過ごす中で、私のことを本当の娘のように思ってくれていたでしょう? あなたは私の母を監視対象だったと言っていたけれど、本当は母のことを見守っていたのでしょう?」
オンファスは何も言えず、オパールを見つめた。
「私はあなたのことを信じています」
魔力無しとして追放されたオパールの母、マリア。それが実はバリシアから出るための手段だったと気づいたのは、マリアが『竜の涙』を食べた時だ。『竜の涙』を食べた後、マリアから魔力があふれ出した。あれは封印していた魔力を解放するために必要だったのだろう。
(封印した魔力を解放する?)
オンファスははっとした。
「オパール。『竜の涙』だ」
オンファスは、バリシアの魔術師たちがここに向かっているのを感じながら言った。
「『竜の涙』を食べたお前の母親は、封じていた魔力を解放した。お前の中にある『紫のイリス』の力も、『竜の涙』を食べることで解放されるかもしれない。もし自分と引き離された状況で覚醒しないなら殺されるかもしれないと感じたら、何としてもお前の父親の所に行って『竜の涙』を手に入れろ。分かったか?」
「いや、分からないわ!」
「誰の助けも得られないとなった時の保険だ。いいな、今は覚えておくだけでいい」
「……助けてくれるんじゃなかったの?」
「言っただろう、絶対に助けてやりたいが、そう簡単に負けてくれる相手じゃないんだ。様子を見て動け。自分はこれから『宰相のアマン』になる。騒ぎを聞きつけてお前がいるかどうか確認に来た、そういうことにするんだ。いいな?」
「わかったわ」
「いい子だ」
オンファスはオパールの目の前でぐにゃりとその姿を変えて、背の低い初老の宰相アマンになった。
「ついでにいうと、これは架空の人物の姿だ。本当にアマンという人物がいたのではないからな」
「ちょっと安心したわ」
扉が乱暴に開かれた。この黒装束たちは、間違いなくバリシアの魔術師だ。
「何者だ?!」
バリシアの魔術師の中から、ブロシャン王バサルトに成りすましている男が姿を現した。
「陛下!」
わざとらしく「宰相アマン」がブロシャン王に近づこうとしたが、排除された。
「ここに『紫のイリス』を宿す者が秘匿されているとのことだが、その娘か?」
ある魔術師の問いに、ブロシャン王の姿をした者が「そうだ」と答えた。
「オパール、来い。お前に仕事をしてもらう」
「私はこれまでも、ここでずっと魔法薬を作り続けてきました。他に何があると?」
「いいから来い!」
「陛下、お待ちください!」
「アマン。お前には別の仕事がある。ただちに王都郊外に集結している国内貴族たちの反乱を鎮めよ」
「かしこまりました」
アマンの姿をしたオンファスがちらっとオパールを見、そして部屋から出ていった。
「さあ、参りましょう。『紫のイリス』よ」
魔術師に促されて部屋を出る時、オパールははっとした。あのカモミールの香りがした。
(誰なの?)
オンファスとこの情報を共有しておきたかったとオパールは思った。もしかしたら、オパールよりも魔術師たちの近くにいたから、オンファスの方が先に気づいていたかもしれないとも思った。
(カモミールの香りがする人を、まず特定しないと)
そのためにも生き延びなければならない。オパールは階段を下りながら、そのことだけを考え続けた。




