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薬師一家の落ちこぼれ  作者: 香田紗季


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37 重いもの

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

「どうやらバサルト陛下が消されたようだ」


 朝、いつもより来るのが遅かったオンファスは、いつもどおりゴシェナイト氏の姿でオパールの部屋に入ってお付の者たちに製薬の材料を置かせて部屋から出すと、防音の魔法をかけてからそう言った。


「宰相アマンとして陛下に呼ばれたんだが、雑な『コピー』の魔術を使った痕跡があった。自分は『コピー』を使う時、臭いを消して他の人物との違いに気づかれないようにしているが、それを隠そうともしていなかった」


 オパールは、オンファスが父の姿で現れた当初、ハウラに「匂いがないから本物かどうか判別できない」と言われたことを思い出した。


「でも、気づかれないのね」

「ああ。バサルト陛下の姿はあるからな。人は目に見える情報に頼りがちだ。違和感があっても、正常性バイアスをかけて今日は調子が悪いんだろうとか、そんな日もあると理由をつけて、小さな違和感を見逃しがちだ」

「正常性バイアス?」


 一瞬混乱したオパールだったが、オンファスに説明されて納得した。


「ただ、問題は何者かがバサルト陛下になりすましたということではない。その結果、何者かがブロシャンを乗っ取ったということだ。そして『コピー』が使えるのは、バリシアの上級魔術師しかいない」

「バリシアに乗っ取られたって言うこと?」

「失われた命はたった一つとはいえ、これは戦争と同じだ。自分の元に、バリシアの王から連絡はない。ということは、王妹殿下側の者が動いたのだろうな」

「本当の王様は? どうなったのかしら」

「王妹殿下はリスクを嫌う。だからバサルト陛下を生かしておくとは思えない」

「暗殺?」

「ああ、間違いない。誰も気にしていない所を見ると、おそらく何か小さなものに『コピー』して部屋から出したんだろうな」

「他人を変化させることもできるの?」


 オパールの目に、好奇心と恐怖という、矛盾した感情が見える。


「上級魔術師の中でも、特に力を持った魔術師ならば難しいものではない。自分がイメージした生き物に姿を変えることだって可能だ」

「そんなことしたら、何が、誰が、本物なのかなんて信用できない」

「そうだね。だからバリシアでも本当に証明が必要な時には魔力サインをつけるんだ」

「魔力サイン?」

「魔力の性質は、指紋のように他と一致する可能性が限りなく低い。それを利用して、正式な書類には己の魔力をしみ込ませるのさ。魔力サインの上書きはできない仕組みだから、後からこっそりすり替えても無駄だし、別人が成りすましたところで登録されている魔力と照合すれば不正など一発で見抜かれる」

「魔力を、いいことに使えばいいのに」

「そうだな」


 オパールを見ながら、オンファスもうなずいた。


「魔力だけじゃない。武力だって、知力だって、何だって同じなのだよ。強い者、優れた者がそれを世のため人のために使えば善行として認められ、尊ばれる。だが、それを己の邪な欲望のために使えば、いつかは己もより強い者、優れた者から理不尽に虐げられることになる。たとえそれが生きている間に起きなかったとしても」

「『お父さん』」

「まあ、お前にしたことを考えれば、自分が言えた立場ではないのだが」


 外見は父であっても、中身はやはりオンファスだ。もし父と同じことを話し合ったとして、父は何というだろうか。いや、きっと父は「難しいな」と笑って誤魔化してしまったはずだ。父よりも父親らしいオンファスに、オパールは少しずつ心を開き始めていた。


「父親って、何なんでしょうね」

「ん?」

「親と言う存在がそうなのかもしれないけれど、近くにいても理解できない存在。なんだかそんなふうに感じられて」

「それは、遠ざかった今は理解できると言うことか?」

「いいえ。遠ざかったらますます理解できなくなったわ」


 オパールは外が見えない窓の方を見た。オパールの魔力で部分的に薄くはなっているが、認識阻害の魔力が常にかけられているために、すりガラスにしかみえない。カーテンが開いているだけ、この部屋は連れてこられた当初よりは明るく過ごしやすいものになっている。


「お互いを理解しあえるだけの言葉を尽くさなければ、誰も理解できない。他人に対してはそう理解していても、親になると甘えがあったんじゃないかって」

「甘え?」

「親だから当然分かってくれるはずなんて思っていた私はなんて幼かったのだろうと、今はただそう思うの」

「そうだな。魔術師に未だできないことはいくつもあるが、その一つに言葉を介さずに相手の心を覗くとか、相手の考えが分かる、というものがある」

「そんなことができたら、お互いを傷つけあわなくなるのかしら?」

「そういう使い方ができる人ばかりならば、この世界はもっと生きやすいだろうな」

「そんな世界になってほしいし、少なくとも私はそうでありたい」

「オパール……」


 オンファスはそっとオパールの頭を撫でた。


「世界は欲と利害に満ち溢れている。お前自身もこれまでの人生で自他問わず欲や利害に苦しめられてきただろう。だが、お前はまだ世界に目を向け、見知らぬ人の幸せを願う心を持っている。それを大切にしてくれ」

「『お父さん』?」


 オンファスが何かを言おうとした時、窓の向こうに青い蝶の姿が見えた。


「ジャスパーからのメッセージだわ」


 くるりとオンファスに背を向けて窓に駆け寄ったオパールは、窓越しに青い蝶に触れた。


『オパール』


 ジャスパーの声に、心が震える。


『カンババとリオナが魔力照合を行って、ルチルが魔術師であると判明した。ルチルはやはりバリシアの魔術師で、王妹殿下の手の者だった』


 オンファスが言っていた通りだ。


『ただ、地下牢に閉じ込めていたのに、いつの間にかいなくなっていた。転移魔法の痕跡はないということで、カンババは他の小さなものに姿を変えて逃走したとみている。母上はショックを受けている。母上が危険にさらされていたことがはっきりしたことで、父上はバリシアの王妹殿下と、彼女と結託していたブロシャン王家に激怒している。これまで念入りに準備してきたが、そう遠くないうちにオパールを助けに行けるはずだ。だからそれまでは無事でいてほしい。一日も早く、オパールに会いたい』


 青い蝶はそのまま空気に溶けた。オパールからジャスパーにメッセージを届けるには、オンファスの手を通さねばならない。当たり障りのないメッセージしか伝えられないのがもどかしい。


「スヴァルトル辺境伯家からはなんと?」

「お母様の侍女に成りすましていたバリシアの魔術師が逃亡したって」

「内情をよく知る人物か。こちらも注意しなければな」


 何か暗く重いものが近づいているのは、間違いないようだ。


読んでくださってありがとうございました。

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